隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる

立川ありす

文字の大きさ
上 下
9 / 30
第2章 SAMURAI FIST ~選ばれし者の証

新たな仲間、彼女の秘密

しおりを挟む
「うわぁぁぁぁ!」
 俺は拳を握りしめて走る。

 そして念じる。
 俺はヒーローなんだ。
 誰かを救える力があるんだ、と。

――主ヨ、殺セ。汝ノ敵ヲ殺セ。

 俺の叫びに、想いに答えるように、握りしめた拳が灼熱の業火に包まれる。
 俺の拳に宿る異能力【火霊武器ファイヤーサムライ】。

 けれど相手は3匹、俺は1人。
 勝てるのか?
 今回は舞奈も明日香もいないのに。

 そう思って弱気になった途端、俺は気づいた。
 ガードマンとは別種の男たちが、俺と同じように襲撃者に走り寄っていたことに!

 筋骨隆々とした巨漢がプロレスの構えをとる。
 すると、その肉体が燐光に包まれ、肥大した筋肉でさらに膨れあがる。

 肉体を強化する異能力!?
 それを、あんな鍛えあげられた巨漢が使うなんて!

「あんたたちは下がりな! 薄汚い怪異どもの相手は俺たちの役目だ!」
 巨漢はガードマンの前に立ちふさがる。
「【機関】の執行人エージェントか!? すまない!」
 ガードマンたちは傷をかばいながら撤退する。

 屍虫は新たな目標を巨漢に定め、カギ爪を振りかざして襲いかかる。
 カギ爪が巨漢の肩にめりこむ。だが、

「そんなちゃちな攻撃が、効くかよ!」
 異能力で強化された屈強な肉体はビクともしない。

「屍虫まで進行するなんて珍しいな! だが、やることは同じだ! 貴様ら脂虫がどれだけ罪深い存在か、貴様ら自身の死と苦痛で思い知らせてやる!」
 逆に巨漢は丸太のような腕を振るって屍虫を殴り飛ばす。
 先ほどとは逆に、今度は脂虫がコンクリートの地面に叩きつけられて苦痛に叫ぶ。

 残る2匹は巨漢を迂回し、逃げたガードマンを追う。
 逃げる者を、弱い者を襲おうとするその思考に反吐が出た。

 俺は2匹を追おうとする。
 だが、そうする前に2匹の頭上から矢が降り注いだ。

 見やると、太った少年が、文字通りに飛んで来ていた。
 すごい絵面だ。
 空飛ぶ太っちょは2匹に向けてボウガンを構えて、撃つ。

 空中からの援護射撃が屍虫を足止めする間に、別の方向からも援軍が来た。
 今度は2人組だ。
 2人とも高等部指定の学ランを着ている。

「てめぇの相手は、この俺だ!」
 ひとりが組み立て式の槍を構えると、その穂先に稲妻が宿った。
 俺の異能力と似た、武器に宿らせる異能だ。

「貴方は私がお相手させていただきます」
 もうひとりはハンドミキサーを構える。
 彼が何の異能力を持つのかはわからないが、無慈悲なモーター音とともに幾枚もの鋼鉄の刃が回転する。

 ハンドミキサーの少年は防御など考えぬかのように突撃する。
 屍虫の鋭いカギ爪が、前に構えた腕を切り裂く――!

 ――だが少年は無傷。
 衝撃に軽くよろめいただけだ。
 学ランすら傷ついていない。
 防御系の異能力?

 渾身の打撃を防がれてバランスを崩した屍虫に、ハンドミキサーで斬りかかる。
 回転する無数の刃が、薄汚い色の背広をぐちゃぐちゃに斬り刻む。

 その横から、稲妻の槍が鋭く突く。
 なるほど1匹づつ仕留めようという算段か。

 そう思った俺の目前で、フリーになっていたはずの1匹が『爆ぜた』。

「な……!?」
 思わず目を見開く。

 爆ぜた怪異の側に、虚空からにじみでるように少年があらわれた。
 着こんでいるのは俺と同じ中等部の学ラン。
 手にしたナイフがギラリと光る。
 異能力で透明になって、爆発するような凄まじい勢いの斬撃を喰らわせたのだろう。

「すごい! こんなにたくさんの異能力者が!」
 俺は驚く。
 これだけの異能力者が集まれば、たった3匹の屍虫なんて敵でもない!

「ぐおっ」
 先ほどの巨漢を見やると、油断したかカギ爪の猛攻に押されていた。

 おおっと、のんびり見ている場合じゃない!
 俺だって異能力者なんだ。加勢しないと!

 俺は燃え盛る右手を構えて走る。
 狙うは巨漢と向かい合った屍虫の背中。
 後ろから殴るなんて気が引けるが、相手は人を襲うバケモノだ!

「おい、あんた、ここは危険だ……異能力者か!?」
 俺を見やって驚く巨漢。
 驚いて集中を欠いた巨漢に跳びかかろうと身をかがめる屍虫。

 その背中に、俺の拳がめりこむ。

 薄汚い背広の背中に煮えたぎる孔が開く。
 俺が異能力に目覚めた、あの時と同じように。

 そしてバケモノは、ゆっくりと崩れ落ちた。

「たすかったよ。あんた、やるじゃないか」
 巨漢は俺に笑いかける。
 俺も高揚と安堵がごちゃまぜになった笑みを返す。

「にしても見ない顔だな。新入りか?」
 その問いに、どう答えたものなのか悩む。
 新入りというか、俺はまだ彼らの仲間に入っていない。

 視界の端で、短剣家の少年に倒された屍虫が崩れ落ちる。
 少年はこちらを見やって笑う。

 そして高等部の2人組が相手していた最後の1匹が――

 ――雄叫びとともに、ひとまわり大きくなった。
 背中の傷が、脇腹の傷が拭い去るように消える。

「まさか……大屍虫って奴!?」
 俺は思わず叫ぶ。

「大屍虫だと!? そんなレアな大物が出てくるなんて、どうなってやがる!?」
 巨漢も驚きつつ、だが2人に加勢するべく走る。

 放電する槍と、唸りをあげるハンドミキサーが大屍虫に挑みかかる。
 だが大屍虫のパワーは屍虫とは段違いだ。
 両腕のカギ爪で少年たちの得物を受け止め、弾き飛ばす。

 さらにカギ爪をひとふりすると、巨漢までもが血をふいて吹き飛ばされる。
 大屍虫にまで進行した怪異の身体能力は、異能力すら凌駕するらしい。

 空中からは、太った少年がボウガンを連射する。
 だが太矢は大屍虫に傷ひとつつけられない。

 短剣家の少年は得物を構えたまま攻めあぐねる。
 無理もない。
 相手は3人の異能力者を瞬時に倒した大屍虫だ。

 だが大屍虫のヤニ色の瞳は短剣家に向けられている。
 後の俺には気づいていない。

 俺は先ほどと同じように、大屍虫の背後から一撃を喰らわせようと走る。
 奴が振り返るより速く、背広の背中に灼熱の拳を叩きつける。だが、

「効いてない!?」
 必殺の拳は大屍虫の背広を焦がすのみ。
 コンクリート壁を殴った感触がした。

 驚愕する。
 屍虫を一撃で穿った俺の【火霊武器ファイヤーサムライ】も、強化された大屍虫には通用しない。

 あの時、舞奈は、こんなのを相手してたってのか!?

 俺は後ずさり、思わず両腕で頭をかばいながら狼狽する。
 怪異は俺に向き直ってカギ爪を振り上げる。

 まみれた血の色にギラリと光るカギ爪を前に、下半身が力を失う。
 腰が抜けたのだ。
 激情が薄れ、そのせいで忘れていた大屍虫の悪臭にむせる。その時、

「斬り刻め! 羽毛ある蛇ケツァルコアトル!」
 叫びとともに、風が吹いた。

 見やると、カギ爪を生やした大屍虫の腕が宙を舞っていた。
 そして塵と化し、風に溶けた。

 他にも異能力者がいた?

 いや、これは魔法だ。そんな気がする。
 男にしか使えない異能力の、ある意味で対極にある力。

 そんなことを考えてる間に、逆上した大屍虫が逆の手のカギ爪を振りかざして襲いかかってきた。しまった!

 やられる――!?

 だが振り下ろされた一撃を、輝く何かが受け止めた。

 同時に、目の前にセーラー服の背中が立ちふさがる。
 その背中ははっとするほど華奢だった。

 指先から光のカギ爪を生やした少女が、大屍虫のカギ爪を受け止めていた。

 大屍虫の猛攻を防がんと、少女は身を低くして地面を踏みしめる。
 少女が穿いていた高等部指定のスカートがひるがえる。
 中身が見えそうになって、慌てて視線を上げて後頭部を見やる。
 セミロングの髪型に既視感を覚えつつ、俺の視線は少女の頭からのびた大ぶりな猫耳に釘づけになった。

「なぜ……猫耳!?」
「かの者を運べ、羽毛ある蛇ケツァルコアトル!」
 俺が戸惑う間に、少女は怪異のカギ爪を防ぎながら叫ぶ。
 それに応じて空気がざわめく。

「あっ」
 俺の身体が、大屍虫から遠ざかるように宙を舞う。
 そうしながら彼女の声が、何処か聞き覚えのある気がしていた。

「デスメーカー、来てくださったんですね! 回復と補助を!」
 言いつつナイフの少年も、猫耳のカチューシャを取り出して身に着ける。

「……ええ」
 少女は素早く拳銃オブレゴン・ピストルを抜く。

「かの者を癒せ! 命を命で補え! 皮を剥かれた王シペ・トテク!」
 叫びつつ、先ほど俺が倒した屍虫めがけて撃つ。
 撃たれた屍虫の身体は、分解されて黒いもやになる。

 もやは倒れ伏してうめく3人の異能力者を包みこむ。
 すると彼らの傷は癒え、少年たちは何事もなかったかのように立ち上がる。

「援護します! 準備を!」
 その言葉に応じて3人も猫耳をつける。

「我らに力を与えよ! 山の心臓テペヨロトル!」
 少女は左手のカギ爪で大屍虫の一撃を凌ぎつつ、右手で撃つ。
 次なる目標は短剣家が屠った屍虫。
 撃たれた屍虫は、先ほどと同じようにもやとなる。

 今度のもやは、立ち上がった少年を含む異能力者全員を包みこむ。
 その中には俺もいた。

「何だ!? この力は!?」
 俺の身体の内側から、力がみなぎってくる。
 これも魔法の力なのか!?

――呪術ニヨル援護ダ。主ヨ、コノ力ヲ使ッテ殺セ!

 ああ、わかってるとも!

「貪り喰らえ、トルコ石の蛇シウコアトル!」
 少女の叫びとともに、爆発。
 鮮血を思わせるような真紅の炎が大屍虫を吹き飛ばす。

 その隙に、俺は立ち上がって走る。
 体勢を立て直そうとする大屍虫めがけて、燃える拳を振り上げる。

 体が軽い。
 ただ走るだけで、身体能力が上昇していることを感じる。
 まるで急に子供から大人へと成長した気分だ。

 回復した3人の異能力者たちも走る。

 そして稲妻の槍が、ハンドミキサーが唸る。
 巨漢は先ほどよりさらに肥大した筋肉で、大屍虫を殴りつける。

 パワーアップした今度の攻撃を、さすがの大屍虫も防ぐことはできない。

 さらに短剣家の少年が姿を消し、次の瞬間に大屍虫が爆ぜる。
 先ほどと同じステルス状態からの超攻撃だ。

 そして俺の拳がとどめになった。

 大屍虫はバラバラになって飛び散った。
 あたり一面に臭い飛沫がまき散らされるんじゃないかと焦る俺だが、今回の怪異は塵になって跡形もなく消えた。

「君、たすけてくれてありがとう」
 俺は魔法で皆を援護してくれた少女に笑いかける。

「ええ。……え?」
 礼を言われたのに戸惑いながら、少女もゆっくりと振り返る。そして、

「えっ、小夜子……?」
「陽介君……!?」
 圧倒的な力で俺たちを援護してくれた魔道士メイジ
 彼女はなんと、バイト中のはずの幼馴染、如月小夜子だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハズレ召喚として追放されたボクは、拡大縮小カメラアプリで異世界無双

さこゼロ
ファンタジー
突然、異世界に転生召喚された4人の少年少女たち。儀式を行った者たちに言われるがまま、手に持っていたスマホのアプリを起動させる。 ある者は聖騎士の剣と盾、 ある者は聖女のローブ、 それぞれのスマホからアイテムが出現する。 そんな中、ひとりの少年のスマホには、画面にカメラアプリが起動しただけ。 ハズレ者として追放されたこの少年は、これからどうなるのでしょうか… if分岐の続編として、 「帰還した勇者を護るため、今度は私が転移します!」を公開しています(^^)

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...