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第一章

13 玉鋼の剣

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「エーデル。明日街に行くぞ」

 街!? 異世界の街だと!
 でもエーデルの記憶では一度しか行ったことがないようだ。それも友達と一緒にではなくカルラと二人でだ。
 そんなに遠くはないはずなのに、何故一度しか行ったことがないんだろう? まあ、とにかく一度クラウスとカルラに話してみよう。

 鍛錬を後にし、家に帰る頃にはテーブルに夕食が並んでいる。日本人の転生者は皆思うだろうが……お米が食べたい!
 パンは個人的に好きだ。でも腹持ちが悪い。鍛錬を始めてからかなり身体を動かしている僕はとにかくお腹が空きやすい! 寧ろ少し痩せたとも言える。
 ……やめよう。せっかくカルラが毎日愛情を込めて作ってくれたご飯なんだ。これは当たり前ではない、ありがたく感謝の気持ちを込めて頂こう。

 クラウスも仕事から帰宅し、家族が揃ったところでテーブルに付き食卓を前にして「いただきます」という。この文化は日本と同じだ。一つ違う点をあげると、手を合わせることがないというだけだ。
「パパ、ママ。明日アレクと街に行くよ」

 顎が外れるのでは? と思うほど口を縦に開けて吃驚していた。

「エーデル……大丈夫なのか?」
「ん?何が?」

 クラウスは心配をして言っているようだ。街に出るという事はそこまで心配をすることなのだろうか。あるとすれば魔物に出くわすとか? そこは心配ない、最強のアレクも一緒だからだ。
 ……あ、もしかして「昔のこと」と関係があるのか?
 あの記憶は今は見ることができないから何があったかわからない。気にはなるが、ここで二人に聞くのもエーデルが嫌がるだろう。ここは二人を安心させよう。
「全然大丈夫だよ。アレクが一緒だし」

 それを聞いた二人は涙を流しそうな勢いでいる。
「そうね……エーデルは乗り越えられたのね。でも無理はしないでちょうだい。ママはまだ心配よ」

「待て。アレクと一緒にと言ったか?」
「そうだよ、どうかしたの?」
「それってデートだよな?」
「デートよね?」
 クラウスとカルラは声を合わせて言うと目を輝かせて変な圧を感じた。

 初めて僕とアレクが実践をした日、女性だということを隠しているつもりはないと言っていたアレクは僕の家族にも伝えると言い、本人がいいならと家族に一緒に話をした。そこでも両親は吃驚し、クラウスは土下座をする勢いだった。
 ここでひとつの疑問が上がる。一方でアルメリアはショックを受け、二日寝込んだ後アレクを睨むようになった。
 ――全く、感情豊かな家族だ。
 
 そんな僕の家族を「仲睦まじい一家だな、お前がどれほど愛されて育ったかありありとわかるよ」とアレクは悲しく微笑みながら言っていた。

「デートじゃないよ、僕とアレクは友達だから」

「いいか、エーデル。男女に友情なんでないんだ」
 ……何を言っているんだこの父親は。僕はまだ十三歳だ、夢を壊すこと言うんじゃないよ。

「良く聞け、パパとママだってな?元々仲のいい友達だったんだ。ところがだ! あれは雨の日の夜だった……一線を越え……」
 急いでアルメリアの耳を塞いだ。僕の耳も遮断した。
 親のあれやこれやを聞きたい子共がどこにいるんだよ! と怒ってやりたいところだ。

「友情はあるよ。僕とアレクが証明してみせるよ」

 そして翌日。
 今日はデートではなく友達と街に出掛ける日だ。
 別に普段通りの服装だし、香水なんてつけてない。
 ただ街に行くのは初めてだから髪をセットして、おろしたての服を着て、父が使っているボディーソープを借りただけだ。
 別に意識しているわけではない。ただ、たまたまそこにあったものを使っただけだ。

「……よし!」

「おはようエーデル。おお気合い入ってるな~」
 ウザい。クラウスがさっそく茶化してきた。
 クラウスが僕の腕を引っ張り匂いを嗅いできた。
「お前! パパのボディーソープ使っただろ?」
「す、少し借りただけだよ! 目の前にあったから!」
「フフッ、エーデルったら可愛いわね」
 二人してニヤニヤしながら僕を見ているのが気に入らない。
 ――そろそろ怒るぞ。

 あれからアルメリアは少し冷たい。
これはもしかしたらヤキモチなのかもしれない! 楽観的に考えすぎかもしれないが、もしそうなら可愛すぎないか?
「アル、お土産は何がいい?」
「……キラキラしたもの」
 キラキラしたものってなんだ? 宝石か? そんなもの僕のお小遣いで買えるだろうか? まあアレクにも聞いてみよう。
「わかったよ。楽しみにしてて」
「うん!」
 アルメリアはやっといつもの笑顔に戻った。お土産効果は抜群だった。

 そうしているうちにドアをノックする音が四回鳴った。
 ――来た。
 ドアを開けると、そこには黒いローブを着ていつも通りの姿でアレクがいた。
 ――僕は恥ずかしかった。僕だけが浮かれていたのかもしれない。父の言うことを間に受けたわけではない、ただほんの少し期待をしていたのだろう。
 お互いに目を合わせず何が言おうとすると、何を言えばいいのかわからず下を向く。いつものホワホワした空気とは違う。 これを空気感をどう定義したらいいのかわからない――

「なんだなんだ? 新郎新婦の登場か?」
 (この親父! アレクが困っているだろう!)
 見かねて、またクラウスが茶化してきた。でもおかげで場が和んだ。

「行きましょう、アレク」
 アレクの背中を押し、ドアを閉めた。

 町まで徒歩で20分、短いようで長い。
 僕は今までこういう空気を経験したことがない。とはいえ口を開かないわけにもいかないし……困ったな。
 
 父のことは気にしないでください……アレクは髪意外と長いんですね……駄目だ。何を話題にしても気まずくなりそうだ……
 それにしても今日も天気がいい。本当にデート日和だな……
 そう考えているうちに街に着いてしまった。
 
 僕にとって初めての街だ! 異世界の街だ! 胸が躍った。
 エーデルの記憶で少し見たことはあるが、実際に来るとのでは全然違う。

「うわあ~!」
 僕は心の底から感動している。人も多いし、色々なお店がある! 出店には林檎やジャガイモ、人参も並んでる!
 まさに! そのまさに! 想像していた異世界の街だ!

「フッ、そんなに嬉しいか?」
「もちろんですよ! 初めて来たののでワクワクしてます!」
「初めて? 一度来たことがあるとカルラから聞いたが?」

(しまった、あれこれ聞かれると面倒だ。上手く誤魔化そう)
「あぁ~、いや、小さい頃なので覚えていなくて……」

「そうか。今日は刀剣を買いに行く」
「刀剣ですか? 刀剣って鉄の?!」
「それ以外に何がある。まさかこれからも木刀で戦うつもりか?」

 確かにクラウスがいつも使っているは剣だ。これから生きていくのに使うのは木刀ではなく、刀剣だ。

「ここに入るぞ」
 アレクに連れられ入ったのはこじんまりとした素朴な店だった。中には刀剣や大斧が沢山飾ってあって、お客さんは誰もいない。
 すると横でキラリ何かが光った。目に入ったのは一本の剣だった、まるで外国の剣つるぎのようだ。グリップの部分が金色で細かい模様があり、刃は少し青みがかった綺麗な色をしていて、十字架の様な形をしている。僕はそれに魅了され少しずつ近づいた。もっとよく見てみたい、触れてみたい感情に駆られ、剣を指で触ろうとした。

「おい何をやっている」
 アレクの声に驚いて僕はビクッとなる。
「……この剣が気になって」
「無闇に触れるな。怪我をする」
 
 心配してくれたのか……アレクは優しいな。
 アレクは店主とも顔馴染みのようで、前回の依頼がどうとか何やら僕のわからない話をしている。たまに険しい顔をしたりと思ったら笑ったり表情が豊かだった。多分アレクと店主は長い付き合いなのかもしれない。それと同時に僕ももっとアレクと仲良くなりたいと思ったら。

「エーデル。お前が使うのはこの剣だ」
 ……もう決まったの? こういうのって僕が選ぶんじゃないの? 僕の相棒になることだろう……?
 ……アレクが選んだ剣は、僕がさっき触れたいと見ていた剣だ。

「触れてもいい?」
「もちろんだ」
 
 初めて剣を待った感想は、重たいだ。
 だがそれ以上にグッと来るものがある。日本にいたらこの剣とは出会う経験だとなかっただろう。この剣は僕が魅了され、師匠であるアレクが選んでくれた。これから僕や僕の大切な人たちを守ってくれる、僕の友達であり相棒になる剣。

「これからよろしくな」
「何を剣に話しかけている? 怖いぞ」
 アレクは僕を不思議な生き物でも見るような目で見ていた。
「そうですけど! いいでしょ別に! 色々な思いがあるんです」
 それに僕は少し怒った。
 アレクはそれにフッと笑って返した。

「兄ちゃん、そいつが気に入ったのかい?」
 突然店主が話しかけてきた。
「ええ。すごく綺麗で……」
(それになんか強そうだ)

「そいつはな、その形では珍しいんだが玉鋼で出来ている。折れづらく、錆びにくく、そしてよく切れる珍しい剣だ。だからちゃんと手入れはしてやってくれ」

「はい、わかりました」
 いつもクラウスがしている様に、剣には手入れが必要だ。クラウスはよく言っていた、剣にご飯をあげる様なものだと。

「玉鋼たまはがねか……珍しいな。誰が作った?」
 アレクが店主に聞く。
「誰だったか……あまり覚えていないんだ。ただこの剣をべた褒めして売っていったよ。後日そいつの剣を買い取った客からすごい評判が良くてよ。また作ってくれと言ったんだが、もう作らないと断られちまったきりだ。そいつが最後の一本だ」

 不思議だな、玉鋼って昔授業で習ったことがある……玉鋼で作られる刀剣て日本刀じゃないか? 誰が置いて行ったのか気になるな。

「そんな大事な剣を僕が貰っていいんですか?」
「おいおい、ただで貰う気か? ちゃんと金は払ってくれよ?」
 僕が聞いたのはそう言うことではない。そんな貴重な最後の一本を僕が買ってもいいのかという意味だったんだが。
「おいくらですか?」
「金貨一枚だ」
 
 ……待てよ。そういえば忘れていた、お金の存在。
 金貨っていくらだよ? そもそもお金持っていないし、買えないじゃないか! 
 するとアレクはカウンターに金色の丸い物を一枚出した。見ただけでわかったこれが金貨だ。
「アレク、これは?」
「私が出そう」
「いえ、それは駄目です」
「いいんだ。私がお前に贈りたいんだ」
「ありがとうございますアレク……ずっと大切にします」
 すごく嬉しかった。僕は剣を優しく抱きしめた。

 アレクがそこまで言うなら、貰わないのは逆に失礼になる。
 ありがたく剣を頂こう。そして金貨一枚とはどれほどの価値になるのか――
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