臭いモノには花

植澄 紗

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第三章【疑念】

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 翌日、この日は雨だった。

 本来折尾の元へ訪ねる計画を立てていた私たちであったが、バケツをひっくり返したような大雨には流石に予定を変更せざるを得なかった。少女は当然のように私の部屋に居座っている。

 私はテレビ番組に時折目を傾け、窓の外の光景を他人事のように眺めていた。昨日の曇り空は今日の天候をも指していたのか。



「…明日は動ける程度になると良いのだが。」



「なりますよ。」

「え?」


 ポツリと独り言のように呟いたそれに、間髪入れず答えた彼女。返ってくるとも思わなかったが、その暇さえ与えぬ返答に思わず聞き返した。


「西の空を見上げるのですよ。ほら、あそこ。遠くに雲が見えるでしょう。でも比較的少なく感じませんか?」


「そう、だね。そう言われるとそう見えなくもない。」


「風が雲を西から東へ運ぶ。と言ってもただ西風が吹くことを想定しているものなので外れることも多いのですが。それでも明日、今私たちが居る上空へ、あの西の雲が来るんです。来ると信じましょう。そうすれば雲が少ないということが明日晴れる確率が高いという根拠になるかと。」

 私は唖然とした。


 賢かったのか?はたまた偶然か?否今まで鍵の使い方や服の着方、店の概念などはさっぱり判っていなかった少女。まさかこんなにもさらりと論破されるとは思わなかったのだ。

 …本当は、彼女は頭が良いのであろうか。

 いや、生きてきた環境が違うから自然と養われた能力なのかもしれない。雲や風、つまりは天候といった自然環境の知識が勝手に身に付いていた可能性がある。



 少なくとも私には備わっていない動体視力と思考能力を持つことには間違いなかった。



「…君は一体、」



「え、あの、あくまで可能性の話ですよ?」


「ああ。いや、それでも良いんだ。」


 彼女が空を見上げ、風と雲を読む姿はまるで別人のようだった。

 ただの山から降りてきた、どこかネジの外れた人間だと勝手に決めつけていた。しかしいざ語らえば根拠のある推理をさらりとやってのけた。だがこうして思考の時間が終わったと思えば、ケロリと私の知る彼女へ戻る。

 謎だらけだ。
 彼女のことはまだまだ判らないことが多過ぎる。


 だけどロシェのことをまた一つ知った。
 知らないロシェの一面に触れた。
 その事実がただ単純に嬉しかった。


 そうだ。例え今判らなくても知らないことはこれから知っていけば良いじゃないか。まだ沢山時間はある。この人間の常識を全く知らない彼女にしてみれば『ヒトの生活』を完璧にこなすことなんてまだずっと遠い先のように思われるのだから。これからが本番だ。彼女は今後もきっと隣室で暮らし続ける。私と少女は『ヒトの生活』を続けていくのだ。



 嗚呼、まただ。

 また知らない感覚だ。



 彼女の成長を見ていたはずが、自分の方が変化をしている。つい先日までもう死のうと考えていたのだ。最期だから、と言い訳を付けて何もかも投げ出そうとしていたのだ。生と死の狭間で彷徨っていたはずだろう?もう人間として暮らさなくて良かったはずだろう?どうやら人間を辞めたい私は、人間を知らない彼女に人間の良さを教わっているらしい。一度独りではない安心感を知ってしまうと、もう人は戻れない。厄介者と考えた少女との生活を私はすっかりお気に召しているようだ。人間らしく私たちはどんどん成長していく。


「…ようし、腹が減っただろう。今日はもう昼食にしてしまおうか。」

「はい。双橋様。あ、そうだ。一昨日お衣装を頂いたお礼に私が作りますよ。」

「おや、本当かい。君、料理が出来たのだね。」

「やだ。私を見くびって貰っては困りますよ、双橋様。これでも洗濯の腕なんかは母様にいつも褒められていたのですよ?」

「ほう。」

 上がる期待値。そうだった。彼女はこう見えても山で生活をしていたのだっけ。山羊との暮らしは未だ信じていないが、例え嘘偽りの言葉であっても、先程の一件もある。人は見かけじゃ判らない。頭が弱いと勝手に決めつけていたが、雲の動きを観察し見事に推理したのだ。あの洞察力。人は見た目で判断しない方が良いとしかと学んだ。彼女も家事だって出来て当然か。私の心配は他所に、少女は台所へトコトコと向かった。山羊は置いておいても山育ちなのであれば自炊をしていたのだろう。彼女は台所へ立つとこちらに振り向き、笑顔を見せた。なんだ。私の杞憂であったか。




「…ところで、この尖った金属板は何ですか?」


 彼女は包丁を掲げた。



 デジャヴだ。

 つい先日も全く同じ事があったような気がする。その時と同じように大きくため息をついた。





「料理が出来るなんて嘘じゃあないか…。」

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