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不良息子に悩む父
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「この度はうちの慎介がご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした。相手のお子さんの怪我の具合は……?」
「幸い大した怪我はありません。相手の親御さんも、子ども同士の喧嘩だから大事にするつもりはないとのことです。その点はご安心ください」
「でも、うちの子が手を上げてしまったことに変わりはありませんから、直接お詫びしたいと思います。慎介を連れて先方のご自宅に伺っても構いませんか」
「ハァ!? なんで俺が! つかアンタも、なんであんな奴の家にわざわざ、」
「慎介、黙ってなさい」
ピシャリと言い放つと、慎介は一瞬面食らったように口をぽかんと開け、顔を歪めてそっぽを向く。叱る時でもきつい言い方にならぬよう普段は気を付けているのだが、つい語気が強くなってしまった。傷ついた様子の慎介に胸がツキンと疼く。
「朝倉さん、慎介君の問題行動は今回に始まったことではありません。無断欠席に遅刻、反抗的な言動、喧嘩、喫煙……細かいものまで挙げればキリがありません」
「ええ……重々承知しております。慎介には何度も言い聞かせているのですが……」
「こんなことを言うのもなんですが、」
担任の先生は重々しい口調で続ける。
「きちんと慎介君と向き合っていらっしゃいますか? 朝倉さんのご家庭は、その……少々特殊な環境ですよね。父子家庭だとお子さんと一緒にいる時間もなかなか取れないんじゃないですか? 朝倉さんもまだお若いのに、ひとりで慎介君をお育てになったのは大変素晴らしいことだとは思いますがね、……やはり母親のような、保護者としていつも見守ってあげられる存在が必要なのでは? 来年は高校受験も控えています。大事な時期なんですよ。まさかこのご時世、お子さんを中卒で社会に放り出すおつもりで?」
「そ、んなこと、……」
「うっせぇな、テメェには関係ねぇだろッ!」
ガタンッと大きな音を立てて慎介の座っていた椅子が倒れた。俺が止める間もなく、慎介は机越しに座る先生の胸ぐらを掴んで捻り上げる。
「ぐ、ぅっ、なにを……!」
「慎介、やめなさいっ!」
慌てて慎介に飛びついて止めに入る。
最近メキメキと背が伸び、体格も良くなってきた。誰に似たんだか、平均的な中学2年生の身長よりも頭一つ飛び抜けている。自分よりも大きな体を押さえつけるのは一苦労だが、ただのポーズだったのか、慎介はすぐに先生から手を離した。
先生は乱れた襟元を正しながら、憤慨したように鼻を鳴らす。
「まったく……どういう育て方をなさってるんですかね!」
「本当に申し訳ありません……!」
「よく知りもしねぇくせに、テメーが適当なことズケズケ抜かすからだろうが!」
「慎介、いい加減にしなさいっ」
「アンタだって、こんなクソ野郎に馬鹿にされてムカつかねぇのかよ!」
「慎介っ……」
「……っ!」
涙を堪え必死に訴えかけると、慎介はようやく大人しくなった。しかしその顔は依然として怒りをたたえ、同時に苦しげにも見えた。
慎介は胸の裡に抱える苦悩を決して俺に打ち明けようとしない。14年間ずっと共に生きてきた息子の気持ちを理解してやれず、もどかしさと遣る瀬無さばかりが募る。込み上げる感情が決壊し、むなしく頬を伝い落ちた。
*
「はぁー……」
「朝倉主任、どうしたんすか。それ、今日12回目ですよ」
「え?」
「溜息ですよ」
「……人の溜息数える余裕あったら仕事しろよなー」
小松は学生然とした態度が抜けきれないところもあるが、観察力が鋭く気の利く男だ。上司や取引先からの評判も上々で、信頼のおける優秀な部下だった。
「自分の仕事はちゃんとやってますよ。主任こそ、決裁溜まってますよ」
「う゛……そうだな……」
「大丈夫ですか? なんか疲れてる顔してますよ。悩みごとですか?」
「うん……ちょっとな」
「俺でよければ話聞きましょうか?」
小松はまだ二十代……もしかしたら、彼なら思春期真っ盛りの慎介の気持ちをわかってやれるかもしれない。誰にも相談できず困り果てていた俺は、藁にもすがる思いで深々と頷いた。
「幸い大した怪我はありません。相手の親御さんも、子ども同士の喧嘩だから大事にするつもりはないとのことです。その点はご安心ください」
「でも、うちの子が手を上げてしまったことに変わりはありませんから、直接お詫びしたいと思います。慎介を連れて先方のご自宅に伺っても構いませんか」
「ハァ!? なんで俺が! つかアンタも、なんであんな奴の家にわざわざ、」
「慎介、黙ってなさい」
ピシャリと言い放つと、慎介は一瞬面食らったように口をぽかんと開け、顔を歪めてそっぽを向く。叱る時でもきつい言い方にならぬよう普段は気を付けているのだが、つい語気が強くなってしまった。傷ついた様子の慎介に胸がツキンと疼く。
「朝倉さん、慎介君の問題行動は今回に始まったことではありません。無断欠席に遅刻、反抗的な言動、喧嘩、喫煙……細かいものまで挙げればキリがありません」
「ええ……重々承知しております。慎介には何度も言い聞かせているのですが……」
「こんなことを言うのもなんですが、」
担任の先生は重々しい口調で続ける。
「きちんと慎介君と向き合っていらっしゃいますか? 朝倉さんのご家庭は、その……少々特殊な環境ですよね。父子家庭だとお子さんと一緒にいる時間もなかなか取れないんじゃないですか? 朝倉さんもまだお若いのに、ひとりで慎介君をお育てになったのは大変素晴らしいことだとは思いますがね、……やはり母親のような、保護者としていつも見守ってあげられる存在が必要なのでは? 来年は高校受験も控えています。大事な時期なんですよ。まさかこのご時世、お子さんを中卒で社会に放り出すおつもりで?」
「そ、んなこと、……」
「うっせぇな、テメェには関係ねぇだろッ!」
ガタンッと大きな音を立てて慎介の座っていた椅子が倒れた。俺が止める間もなく、慎介は机越しに座る先生の胸ぐらを掴んで捻り上げる。
「ぐ、ぅっ、なにを……!」
「慎介、やめなさいっ!」
慌てて慎介に飛びついて止めに入る。
最近メキメキと背が伸び、体格も良くなってきた。誰に似たんだか、平均的な中学2年生の身長よりも頭一つ飛び抜けている。自分よりも大きな体を押さえつけるのは一苦労だが、ただのポーズだったのか、慎介はすぐに先生から手を離した。
先生は乱れた襟元を正しながら、憤慨したように鼻を鳴らす。
「まったく……どういう育て方をなさってるんですかね!」
「本当に申し訳ありません……!」
「よく知りもしねぇくせに、テメーが適当なことズケズケ抜かすからだろうが!」
「慎介、いい加減にしなさいっ」
「アンタだって、こんなクソ野郎に馬鹿にされてムカつかねぇのかよ!」
「慎介っ……」
「……っ!」
涙を堪え必死に訴えかけると、慎介はようやく大人しくなった。しかしその顔は依然として怒りをたたえ、同時に苦しげにも見えた。
慎介は胸の裡に抱える苦悩を決して俺に打ち明けようとしない。14年間ずっと共に生きてきた息子の気持ちを理解してやれず、もどかしさと遣る瀬無さばかりが募る。込み上げる感情が決壊し、むなしく頬を伝い落ちた。
*
「はぁー……」
「朝倉主任、どうしたんすか。それ、今日12回目ですよ」
「え?」
「溜息ですよ」
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「自分の仕事はちゃんとやってますよ。主任こそ、決裁溜まってますよ」
「う゛……そうだな……」
「大丈夫ですか? なんか疲れてる顔してますよ。悩みごとですか?」
「うん……ちょっとな」
「俺でよければ話聞きましょうか?」
小松はまだ二十代……もしかしたら、彼なら思春期真っ盛りの慎介の気持ちをわかってやれるかもしれない。誰にも相談できず困り果てていた俺は、藁にもすがる思いで深々と頷いた。
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