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第90歩 深刻の日々

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 Fさんが28歳の時、件の駐車場には苦労しながらも真面目に塗装会社で勤務していた。

 毎週日曜日は休みのはずだったが、その週は「出社してくれ」と頼まれ休みが無くなった。

働くのは苦にならない休みがなくとも平気なはずのFさんだったが
この時ばかりは、なぜか嫌だなと思った。

 日曜日の朝に出向くと
「ほかの会社の工場にある鉄骨を塗装してくれ」と言われた。

先輩と二人で出かけたが先輩は、ほかの現場があり
Fさんは一人で、ほかの会社の工場内にある鉄骨を塗装することになった。
「夕方には迎えに来るから」先輩は行ってしまった。

「あーあ・・・」

鉄骨は大きくジャッキやクレーン無しでは動かすこともできない。

 無人の工場で一人、塗装作業をしていると
換気のため開け放っていた扉から強い風が吹いて
Fさんのそばに立てかけてあった何トンもの重さがある鉄骨が
Fさんに向かって、ゆっくりと倒れてきた。
「ん?」
気付くのが遅れFさんは足を鉄骨に挟まれ身動き出来なくなった。
しかも鉄骨は重さで何度もバウンドした。

――ドーンッ、ドカン、ドンドンドン・・・

「あっ、うわぁーーーぐ・・・・・」

やがて足に激痛が走り大怪我しているのが解った。

助けを求めたくとも工場は無人で出血もしており
目が回り意識が朦朧もうろうとなった。

 それから三時間も経ってから先輩が迎えに来た。

「おーい終わったか、おい、お前、何寝てんのよ・・・オイッ!!」

何も知らない先輩が事故に気が付き救急車が手配され、
何がどうなったのか・・・

 Fさんは気が付くと病院に居て輸血だの緊急手術だの遠くから聞こえてきた。
左足のくるぶしから上の部分がやられてしまい
非常に難しい手術になった。

手術後も白血球の数値がどうので熱が下がらず命が危ない時もあった。

 結局、手術は七回にも及び三年間、入院生活することになった。
 
 Fさんは病院で辛く面白くない事も色々あったが、
やがて主のようになり
車椅子で病院中を行き交い、そして元から趣味だった絵を書く事を病室ではじめた。

 アニメキャラクターの絵を書いたり切り絵にしたりして
小児病棟へ行き入院している子供たちに無償で絵を配り歩いた。

 たちまち子どもたちの間で評判になり
「うちの子にも、お願いできませんでしょうか」見慣れないお母さんが頼みに来ることもあった。

「あ、いいですよ、どんなの書きましょうか?」

 Fさんは病院で毎日、絵を書くことが生きがいになっていた。

何より、幼いのに重病で入院している子供たちの喜ぶ姿が
Fさんには嬉しかった。

 車椅子のおじさんが来ないと子供たちはパジャマ姿で
Fさんの病室を探し回りFさんを見つけると
『ひょこっ』笑顔で病室を覗きにくる。

 その姿は『天使』のようだった。

 ある日、切り絵を作成していると子供たちが数人Fさんの病室に訪ねてきた。

切り絵など見たことがないという子供たちは、まるで手品を見るように見入っていた。

しかしナースさんに見つかり皆、自分の病室にしぶしぶ帰った。

「おじさん、またねー」

気が付くと一人だけ仲の良い男の子が残っていた。

ベットの前に立ち、だまって作成中の切り絵を見つめている。

「ん、どした?戻らないと看護婦さんにおこられちゃうよ」
話かけたが何も答えない。

「よーし、そしたら、この絵が出来たら、お兄ちゃんにあげるから
今日はもう帰りな」
Fさんは手を止めて顔を上げた。

 そこには誰もいなかった。

 その日の朝方、眠っていると
『グイッ』と布団を引っ張られた。

Fさんは目を覚まし引っ張られた布団と周囲を確認したが誰もいない。
『あれ・・・なんだ?・・・』

目を覚ましたFさんは、ちょっと嫌な予感がして
早朝だったが車椅子に乗ってナースセンターに向かうと
昨日の男の子の事を聞いた。

 すると昨日、危篤になって今朝、亡くなったのだと聞かされてしまった。

Fさんは、ご両親に挨拶をして【約束の切り絵】を渡した。

 Fさんは・・・ショックだった。
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