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第71歩 ピンチダイビング

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 大工のKさんは飛び込みで入ってくる仕事は危険だと話す。

Kさんが、あるクロス屋さんから聞いた話。

 クロス屋さんが仕事をしていると社長から連絡が入り、あるアパートの見積もりをしてほしいという。
「急で悪いけど大体でいいから行って見てきてくれ」
「はー、わかりました」
住所を聞いて車を運転しアパートに到着。

季節が冬だったので靴に雪がくっついていた。

 指示された部屋に向かい鍵のかかっていないドアを開けると
小さな玄関がある。

さて屋内に入ろうかと下を見ると上がりかまちの下に
隙間があり

そこから長い髪の毛が束になってはみ出している。

『えっ?』
しゃがんでよく見ても、やっぱり髪の毛だ。

『な、なんだよこれ・・・』

すると靴に付いていた雪が溶け出して玄関に少し広がった。

溶けた雪が真っ赤になって、どう見ても玄関床が血で染まっている。

『うっわぁ気持ちわりぃ・・・』
とてもじゃないがアパートの中に入ったり玄関の板を開けてみたりなど
恐ろしくて、できるわけがない。

 すると天井がぐるぐる回る感じがしてきて具合が悪くなってきた。

すぐに社長に状況を報告しなきゃと、めまいに負けず、
その場で電話した。

「社長っ!この現場、無理だ無理だよどうすんの、えぇー?
玄関の、こ、この髪の毛、床下に死体なんか、なんか、
ないでしょうねぇ、えぇー?、
玄関も血で真っ赤だよどうすんのこれぇーーー無理無理ぃー」

半狂乱になってまくしし立てると

「なぁーにぃーっ! いい、解った断るから、すぐ引き上げろっ!」と指示が出た。

 聞けば飛び込みで入ってきた依頼だった。

 だが普通、大家さんも不動産屋もそんな状態を見逃して工事を発注するものだろうか。

自分の見たものは現実だったのだろうか、そこが疑問で社長に聞いてみたのだが

「知らん、いいか、あそこは忘れろ」

そのアパートは、いつの間にか取り壊され綺麗な更地になっていたという。
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