百物語 箱館「怪談」散歩(一話完結・短編集)

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)

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第63歩 前乗り

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麗夜たちと戦った公園、家族の思い出があった公園。
 そこから作戦は始まった。

「僕の能力で遠くから見守るってことでいいんだよね」

「あぁ、マリーの奴には傷ついてるフリをしてもらう事になってる」

 事前に幹部達へと正確な場所を伝え、数十分が経過していた。
 亮人たちの影から無線機代わりのマリーのコウモリが顔を出し、周りの様子を伺っていた。
 深夜の東京。
 公園の修理は追いつかず、遊具は壊れたままの状態。
 公園を照らすのは月夜の光だけ。
 物陰に隠れるようにマリーは蹲っているような素振りを続ける。
 空を見上げる亮人は小さく息を吐く。
 白く靄が掛かるように飛んでいく白い息は次第に霧散し、消えていく。
 体に羽織っているコートは皮膚を刺すような冷たい空気から身を守る。
 袖から出る手へと伸ばされた礼火の小さな手に自然と握られる。

「寒いね……」

「そうだね」

 見上げた空、その光景はこれから戦うとは思えない程に綺麗なものだった。

『これから戦うと思うと緊張するわね』

『シャーリーもドキドキしてきたよ』

「みんなで帰るからね」

「『『うん』』」

 四人で空を見上げている、静かな時間は終わる。

「来たっ!!」

 守護の視線の先、建物の屋上を駆けるように黒いマントの三人組がマリーのいる公園へと飛んでいく。

「俺らの出番はまだ後だ……今はマリーを信じて、後をつけるぞ」

 亮人ら五人は麗夜の後についていく。
 黒いマントの三人組が向かっていく方向へ。

  ♂     ×     ?

『お父様……必ず助けますわ』

 静寂の中で口にする言葉は暖かくも、一瞬にして消え去る。
 深夜の寒空の下、数十分の中で考え、思い出していた過去。
 初めは残酷で哀しむしかなかった記憶。誰も信じられなかった十年間は心が常に冷たいような感覚があった。
 城から投げ出された時の父親の表情。優しく微笑みかけた姿を鮮明に思い出すと目尻から一滴に涙が頬を伝っていく。
大きく呼吸を吸い、大粒の涙を拭うマリーは亮人たちが待機している方向へと視線を向ける。ただ、振り向いた時の表情は悲しげなものではなく、力強く不安を感じさせないものに変化していた。

『今日で終わらせますわ……』

 胸の前で握り込まれる拳から流れる血は地面を濡らす。

「来たっ!!」

 耳元から聞こえる守護の言葉に顔を上げる。

『やっと来ましたわね…………』

 手のひらから滴る血は一瞬にして止まり、傷も瞬時に治る。

『お父様を返してもらいますわ……』

 街灯もない公園の中、マリーの足元に広がる闇は形を持つように揺らめく。
 足を引きずるような動作をしながら、歩く度に地面の影は水面のように波紋を広げていく。
 物音が一切しない公園の中、それは唐突に始まる。
 一瞬にしてマリーの横に現れた巨漢の男はマリーへ一振りの拳を入れた。

『ガッハっ!!』

 予想以上の衝撃と共にマリーの体は地面を数回バウンドし、壁へとヒビを入れるほどに衝突する。
 連続するように一瞬にして距離を詰めてくる巨漢は再び、マリーの顔面へと拳を叩き込む。
 恐ろしい程の速度と威力に辛うじて避けたマリーは自分の影の中へと逃げ込み、一度距離を離した。
 視線の先、マリーがいた壁はたった一振りの拳によって粉砕されていた。

「中々……すばしっこいな」

 首の骨を鳴らす巨漢は大きく深呼吸をし、動きを止める。

『何を……休んでるんですの』

「……………………」

 フードで見えない巨漢の表情。だが、息一つとして乱していない様子はマリーが想定していた以上のものであった。

 油断してるつもりはなかったですけど…………ちょっとまずいかもしれませんわね。

 胸を右手で押さえれば、肋骨が折れているのが分かる程だった。

「っつ!!」

「よそ見をしている暇はないですよ」

『っ!!』

 耳元で囁かれた声と同時に、マリーの腕からは激痛が走る。
 背中から翼を生やし、空へと逃げる。
 視線を左手へと向ければ、爛れている皮膚がそこあった。まるで強酸で溶かされたかのように爛れた腕は痛々しい状態となっていた。
 マリーの後ろに突如現れたガスマスクの男の腕は粘液が垂れるかのようにぶら下がっている。

「普通なら、これだけで踠き苦しむんですが…………いやはや、さすが貴族とでも言っておきますか、最後のヴァンパイア」

 俯いていたガスマスクの男は勢いよくマリーへと視線を向ければ、液状の腕を勢いよく振り回し、液体を飛ばす。
 散弾のように放たれた水滴を避けていくマリーだが、動かしていた翼は時間が止まったかのように動かなくなった。そして、マリーの体自体も空中で留まり続ける。

『なんで、動けないんですのっ!?』

 驚愕が襲うと同時に動かない的となったマリーの体は細かい水滴が幾つも付着していき、皮膚を溶かしていく。
 苦痛で歪む表情は声を押し殺す為に唇を噛み締める。

「空を飛べるのが貴方だけだと…………思わないでください」

 箒に跨る女はマリーの首へと手を掛け、力を込める。
 異常に細い女の腕に込められる力は見かけとは掛け離れた力がある。

『あんた達…………何なのよ』

「私たちは怪物たちを殺す者だよ」

「我々の悲願にお前が必要」

「だから、私たちは…………貴方を連れて行かないといけないの」

 女は小さく何かを呟くと、巨漢がいる足元から鉄製の十字架が現れる。
 身動きが取れないマリーは何かに固定されたように十字架へ磔はりつけられる。
 巨漢は100kgを超えるであろう十字架を担げば、重さを感じさせない動きで走り去っていく。
 三人は再び、静寂に包まれた闇夜の街へと消えていく。
 ただ、マリーが不敵に笑っていることを知らずに。
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