百物語 箱館「怪談」散歩(一話完結・短編集)

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)

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第10歩 夕方のおつかい

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現在僕は、ロイ兄さんたちが剣術の練習場を、お茶を啜り、ふかふかの椅子に腰掛けながら眺めている。
確かに遠くても良いと言ったが、流石に少し遠すぎるんじゃ無いだろうか。

「ねぇ、僕もう少し近くで見たいな、ここからじゃロイ兄さん、よく見えないよ……?」

そう言うと、隣に座っていたローレンツ兄さんが即座に眉をひそめた。

「……ダメだ。もしノエルの身に何かあったらどうするんだ?」

この距離を譲らないことは変わりないらしい。僕は口を尖らせたが、すぐに別の提案を思いつく。

「じゃあね、ロイ兄さんのかっこいいところ見せて!そしたらここでちゃんと座ってる!」

ローレンツ兄さんは少し呆れた顔をしたものの、僕の提案を飲む代わりに軽く頭を撫でた。

「それぐらい容易いよ。」

そう言うと、僕の額にキスを落とし、ぎゅっと抱きしめてから軽く回転しつつ立ち上がる。そして練習場へ向かって歩き出した。

「……おぇえ……マジでなんで俺はロイのこんな所見なきゃなんないの……甘すぎて砂糖吐けそう。」

ジラルデさんが腹を押さえながら大袈裟に身をよじると、ローレンツ兄さんがその後頭部を軽く小突いた。

「いって!なにすんだよ!」

「うるさい。さっさと練習に行け。」

「はいはい。」

そう返事をし、手をひらひらと振りながら、ジラルデとローレンツは練習場へと向かって行った。

そんなわけで、僕は椅子に深く座り直し、お茶を飲みながらロイ兄さんたちの練習を眺めている。さっきから何度もロイ兄さんと目が合っている気がするけど……気のせいだよね?だってこの距離だもん。

あ、ロイ兄さんが誰かに頭を叩かれた。

なんだか、いつもと違うロイ兄さんの姿が見られてちょっと嬉しくて、思わず笑ってしまった。

でも、剣を握ると急に真剣な顔になる。やっぱり兄さんたちはすごくかっこいい。僕もいつかはロイ兄さんみたいに筋肉をつけて、剣を扱えるようになるのかな?

そんなことを考えていると、不意に左から聞き慣れない声がした。

「見慣れないお客さんだね。良ければ名前を教えてくれるかな?」

振り向くと、そこには柔らかい笑みを浮かべた一人の青年が立っていた。年はルー兄さんやロイ兄さんとそう変わらないか、少し下くらいだろうか?

「えっと、僕はノ……」

名乗ろうとした瞬間、練習場から大きな声が響いた。

「おいハンス!お前、何度言ったら遅刻せずに来れるんだよ。そろそろ本気で退学の相談に行くか?」

声の主はローレンツ兄さんだった。彼に怒鳴られると、ハンスと呼ばれた少年は、僕に向けていた視線を外し、苦笑いしながらそちらに向かって歩き始めた。

「ごめんなさーい。どうしても行かないでってアンネが……」

「アンネ?先週はロゼだかローズだか言ってなかったか、この野郎……」

「その子たちとはもう終わったよ。」

「……やってられない。」

ローレンツ兄さんは呆れたように額を押さえた。ローレンツ兄さんは僕に目を向けると、先程青年に向けたのとは打って変わって明るい声で言った。

「ノエル、向こうでこいつ以外と昼食を取ろう。今日はサンドイッチがあるよ。」

「サンドイッチ!僕、大好きだよ!」

「へぇ……ノエルって言うのか……」

ハンスさんがまた話しかけようとしたところで、ローレンツ兄さんが「黙れ。」と鋭く遮った。

僕はなんとなく「えっと……ハンスさん?一緒にお昼ご飯、食べないの?」とロイ兄さんに尋ねた。

「ノエルくん、誘ってくれるの?ありがとう。」

そう言って、ハンスさんがノエルの手の甲に軽くキスを落とした。その瞬間、ローレンツ兄さんの顔が一気に険しくなった。

「……お前、後で腕立て、腹筋、500回ずつ、ランニングな。」

「職権乱用ですよ!?マジ勘弁してください!」

ハンスさんは苦笑いしながら反論していたけど、ローレンツは取り合わない。その代わり、呆れ顔のまま僕を片腕でひょいと抱き上げると、昼食が用意された場所へ向かって歩き出した。
「あの…ロイ兄さん、ハンスさんはいいの……?」

「ノエルは優しいな。でも、あんなのは放っておいて問題ないよ。」

ローレンツ兄さんの声はいつも通り冷静だったけど、どこか釘を刺すような響きがあった。僕は項垂れるハンスさんのほうをロイ兄さんの肩越しに見つめた。
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