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第13話 津軽じょんから節

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 親父さん『真田正雄さなだまさお』は
南警察署内の留置場に1週間拘留、
検察でも取り調べがあったが、すべて自分が悪いと認め
終始大人しかった。

馴染みの弁護士は圧力が掛かったらしく忙しいと断られていた。
国選弁護士も忙しいらしく面会に来ない。
親父さんの身内の面会は一切なく、すっかり観念した。
 
 南警察から検察に上がった書類には逮捕に至った経緯が細々こまごまと書かれていたが
『証拠不十分』と報告されていた。

 そして結局、真田は不起訴となって、無罪放免になった。

犯罪の証拠は、ちゃんとあった、なんだったら
永久に刑務所から出られなくなるほど過去に遡る犯罪の証明だって
南署には可能だった。
本来であれば10年や20年食らっても不思議ではなく、
舎弟も家族もめちゃくちゃになるはずだった。

 放免の日、組員が迎えに来ていたが、車は見慣れない軽四だった。
頼りないエンジン音が響く・・・

「おい、車どうしたんだ?」

「はい、それが・・・あの日、俺たちの車も全部
これ女の車です」

「えー、ホントかそれ、みんなか?」

「はい、おシャカです。大騒ぎですよ、この間、事務所に札幌から東京の言いつけだとかで、正式な破門状持ってきて、
で、隠してあった金とチャカなんか、みんな持って行かれました」

「そうか、すげぇな、あの

「一体どういう事になってるんです?なんか殺し屋もきましたよ事務所に3人、変わった拳銃持って、俺ら脅されましたよ」
そのヒットマンとは、興信所の厳道、力道、戒道の三人だった。

「で、だれか殺られたのか?」

「それがヒロキの奴がいきがっちゃって、左手の指全部折られました。
それで、3人ヒロキとノブとテツ、居なくなりました、逃げたんじゃないですかね・・・探してないけど」

「そうか・・・かわいそうなことしたな・・・あとで家行ってみるか」

「そんなことより、これからどうすんです?組長の家だって、
もうブルトーザーで更地になってますよ、もう仕事になりませんよ」

「仕事?あんなのもういいよ、それでな、ちょっとおかしな事になってるんだ、とりあえず事務所行け」

あねさんたちは、いいんですか?」

「ん、今、実家だから・・・明日でもいい」

残った組関係者が集まった。
荒れ果てた組事務所で真田は組員達に言う。
「このまま組は無くなる、こんな俺だが、まだ付いて来たい者だけ残ってくれ。
俺はカタギになって料理人になる。そして、店をやる事になりそうなんだ、もう、今までのようなヤクザな生活からは足を洗い、時には警察の手先となって、正々堂々と生きていくつもりだ。

生活も派手な事とは無縁となって、平和に地道に生活になる。

俺としては、このまま、みんな一緒に笑って居たいと思っている。
しかし、そんなのが嫌なら今すぐ出て行って自由にしてくれ・・・」

 結局、残った元組員7名と真田は署長に厳しく説教され、北条グループと南警察が後ろ盾となり
正式に憧れの『かたぎ』になった。
 
 北条建設の手によって短時間で大きいアパートがパネル工法で、
あっという間に新築され、そこに元組員たちは、まとまって全員無償で住むことになり、彼らの家族も女も優遇された。

「これから、どうなる事か・・・」

真田は女房と子供と晩飯を食っていると例のヒットマンが訪ねてきて、
どっさりと現金を置いていった。

「署長から支度金だ、きっちり、みんなで分けるんだぞ」
「ええっー?」
「おまえら、うちの署長は、期待しているぞ、しっかりやれ」
念を押してヒットマンは帰った。金額は5千万円あった。

 そして北条ホテルの高級レストランに全員修行に行くことになった。

 北条ホテルのレストラン厨房は、常時20人ほどのコックがいて、
忙しい時は応援も含め30人ほどで回される、大きな施設だった。

 ここの総料理長は厳しいことで知られており、彼の弟子たちは何人も国の重要施設にスカウトされ旅立って行った。

 この北条ホテルは日本で最も保安上、安全なホテルとして世界各国の首脳、財閥に知れ渡っており、重要な極秘の会議などに使用され大変重宝されていた。
 
 真田は、元組員7名と、右も左も分からぬ状態だが半年間だけの約束で修行にはいった。
 
 料理長は、特に使と、に厳しい人だった。
 
 それでも、一緒に働く下のものたちは彼らに優しく接してくれた。

一凜ひめさまの、お願いですから」
細かい物の置き場所や清掃の仕方、洗った器具や皿の保管方法などを親切に、そっと教えてくれたりした。

 半端者の8人は最初の一ヶ月、洗い物や先輩たちの制服の洗濯、
床清掃と雑務ばかりさせられていたが、二ヶ月目には玉ねぎとジャガイモの皮むきを延々何時間も作業する日々だった。

その後、洗い物や清掃をしていて、毎日がキツく、真田メンバーのひとりが、ある日、少しサボって勤務時間中に隠れてタバコを吸ったのがバレ、料理長の鉄拳とカミナリが落ちた。

「おい、お前、明日から来なくていいぞ」

怒られた、その元組員は謝ることもなく、その場を去ろうとした。

「帰っちゃダメです」
小さな声で修行二年目の若いコックが彼に声をかけた。

すると料理長が走り寄ってきて、その若いコックにビンタを食らわし
「生意気な事いうな、おまえもクビになりたいか」と言うが早いか

元組長・真田が躍り出て冷たいコンクリ床に手をつき頭をおしつけて
コック長に土下座をした。

「申し訳ありません、内の者が迷惑おかけしまして、どうか、その親切なコックさん、許してください、悪いのはウチのものですから」
 ほかの調理師たちは何事もないかの如く、背中でやり取りを感じながらも忙しく作業を進めている。

 料理長は土下座する真田の胸ぐらを掴み上げ、思い切り殴り倒した。

「生意気言うなっ!!」

―ゴツンと鈍い音がして、真田は倒れこみ、鼻から血を出した。

料理長が言う
「おいこれでも、お前、何か言う事はないのか?
みんな、お前のせいで、こんなことになってるんだぞ。

いいか、俺たちの仕事は人様の口に入るものを作っているんだ。

中には毎月一度だけ贅沢をしに来る覚悟でいらっしゃる老夫婦や
外国からのVIP、一生に一度の結婚式や、
みんな、ここの料理を楽しみにして、
心に刻んでいる大事な、お客様なんだ。
ちょっとした気の緩みで料理の味が変わってしまう。
肉!魚!野菜!スープ!牛乳を始め材料によってもだっ!

たったひとりの気の緩みでボツリヌスやサルモネラ、アニサキスで、食中毒が起こるんだっ!

お前の知らないところで、ここにいるは細心の注意を払い
で食材と向き合い調理しているんだ。
お前には、それが解らないのかっ!!それが命懸けの仕事人というものだっ!!」

 呆然と立ち尽くす、タバコ野郎の前に、あたふたと元・組員が飛び出して真田と仲間6人が無言で土下座した。

 調理場は静まり返り、沸騰したナベやフライパンで調理する音だけが聞こえる。

やがて、当のタバコ野郎、中野は・・・

「うわあーっ!」と泣きながら叫び声をあげて、料理長のズボンの裾にすがって泣き崩れた。

 今まで、本気で怒鳴ったり殴ったりしてまで自分たちを叱ってくれる人など、彼らには、どこにもいなかった・・・・

 その日から8人は人が変わったようになり、誰よりも早く出勤してタオルの片付けやオーブンレンジ・排水口の掃除をしたり、一所懸命になった。

 この元組員の8人は脱落者を出すこともなく短期間集中で修行を進め
本来であれば短期間で包丁は握れないのだが
特例で持たせてもらい、包丁もペティナイフから刺身包丁、牛刀と使い方を習い、
お客様には提供できないが、ほかの調理師たちの
『まかない』を任されフレンチには程遠いが和食・洋食・中華・イタリアンのスタンダードをなんとか作れるようになってきた。

 そして8人はフォークとナイフ・スプーンだけの食事が皆、初めてだった。

スプーン一つとっても何種類もあり、フォークの背にライスを載せて食べた時は、皆に笑われた。

正確にはハンバーグなど食べてはいたが、正式な西洋料理の食事作法にのっとって、目の前に何種類ものフォークやナイフが両脇にずらりと並んでるなんて見たこともなかった。

 それを親切な先輩に優しく教わり、ついで和食の常識や中華の常識も習い料理の奥深さを知った。

 総料理長は北条のやんちゃな一凜が大好きで、できることなら
彼女のわがままは全部叶えてやりたいと思っている。

 半年間の修行の間に、ホテル真向かいの土地には居酒屋が新築されていたが、それは真田率いる一家のための物件だった。
 
 そうして『居酒屋さなだ』のオープンとなった。

 各種契約や営業許可の関係から、前科者たちははぶかれてしまい
この店のオーナーは北条一凜となっていた。

だが、実質の経営者は元組長・真田正雄のようなものだった。 
会社設立から火災保険契約、税理士、経営コンサルタントなどは署長の手配でなされており、当人たちは、ただ一所懸命に働けば良かった。

 調理場は元組員たちが入り、店員は家族と仲間が集められて順調な船出となり
店には北条ホテルの従業員や調理場の者たち、北条不動産・北条銀行の社員、北条総合病院職員たち
南警察署の面々などグループの者たちが代わる代わる来店してくれており一般のお客様も含め店は、いつも満員だった。

 ただ、開店祝いと称して花と大金を届けてくれてはいたものの
あの南警察署・署長の一凜だけは、店に姿を現さなかった。
 
 店がオープンして二ヶ月経った頃、一凜はミキと十字街の健一にも声をかけ、森・林しんりん刑事を従え、更に興信所の三人とと一緒に

「カラオケをしに行こう」と居酒屋さなだにドッキリのごとく、突然姿を現した。

「オーナー様が来た!」ということで、調理場には緊張が走り
店員たちにも気合が入った。

「いらっしゃいませー!」
 
 その日の一凜は、和服姿で現れて、来店していた北条グループの客たちが、すぐに、ざわざわしだした。
グループの人間でも噂だけで、生身の一凜を初めて見るものたちも多く

「姫様!!」と声がかかるほど、店内は、ざわつき始めた。

 厨房にいた元組員の調理師たちは、ヒットマンが一凜署長と一緒に来店してきた事に驚いていた。

 一凛たちはテーブルに着くと、みんなで乾杯し駆けつけ三杯を飲み干したあと、おもむろに店の中央にある小さな舞台に向かった。
 予めの打ち合わせ通り、ミキと健一が舞台準備を始め、森刑事が三味線を持ち、林刑事が太鼓の準備を始めた。
 
 一凜は、舞台に上がりマイクを手にとった。

「みんなあー、飲んでますかぁー、さなだぁーっ!良かったねぇー」
一凜は若く綺麗で正確な年齢を知る者はなく、どう見ても20代くらいにしか見えない。

「うおーい」と客たちが反応していて、グループの女性たちが森と林刑事を見ながら
「あのイケメンは誰なのか」とか「カッコイイ」と興奮している。

上機嫌の一凜ひめがマイクでアピール。
「今日わぁ遅くなったけどぉー、このお店の開店祝いに唄いまぁーす」

ニコニコした署長がカワイイ・・・興信所の3人と透明ナムサンの3人も拍手喝采。

「うわーいっ」と男も女も大人も子供も、場は盛り上がり、偶然居合わせた一般の客も拍手を送った。
「はぁーあっ!」一凜の掛け声とともに、私服の森林刑事は三味線と太鼓を鳴らし始めた。

―ベベン、ジャンジャンジャンベベベンジャンジャンジャン
トン・トトトン、トロロントロロンベンベンジャンジャンジャンジャジャジャジャン、ベンンベンべべベン、ベンベンベン

「はっ!」と森刑事が合図を出す。

華やかな着物姿の一凜がマイクを持つ

「はあーあーーーーんあーーーーあーあーーーーーーーーーーー!
こよおーいーっさなだあーのかいーてんいーわいにぃー

ベンベンベンジャジャジャントコジャンジャン、ドンドン!

さぁさあーこれーよおーりーいじょんがあーらあーぶーしーいーをおーおー
うたいーますうーるよぉーーおききなぁーさーあーーーーーいーーーっ

ベンベベベンジャンジャンジャジャジャジャンッ!

はあんーーーーーーあーーーーあーああーんあーーーーーーーーーーーーーーっ

こどもおーごころおーのおーおさなあーいこおーろーおーにぃ

ははぁーのおーせなあーかーでぇーおぼえたあーうーーーたーーがーーーーこれがあーーつがるのおーーーーじょんかーあらーぶーしいーよーおー」

生まれて初めて生で民謡を聞いた子どたちは真剣な表情で固まり、その場にいた客たちも鳥肌が立ってじっと聞き入った。

合間に声がかかる
「うわー姫さまあーっ!」「イエーーーーッ!」「キャーッ!!」

 場の盛り上がりは最高潮になった。

 みんなが拍手をして楽しんでいる。
 
 調理場の従業員も店員の女房や子供たちも、みんな最高の笑顔。
自分の店がこんなに華やかな空気に包まれている。

 その光景を見ながら真田は、この半年間を流れるように思い出し

めちゃくちゃな日々を過ごしてきた
舎弟たちにも良くしてもらい

一凜署長の、ふところの大きさに

調理人・真田正雄は人目もはばからず、生まれて初めて大声で

 『おいおい』と泣いた・・・
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