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3.Ω嫌いのαと、Ωになることを受け入れたβ編

3-2:Ω嫌いのαと、Ωになることを受け入れたβ編2

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 覆い被さってくる籠理さんに色めいた様子はなく、憔悴した表情で囁いてくる。
 そして俺の胸に顔を埋め、力加減を知らない子供のように抱き締めてきた。

「私が調べたところ、強姦などでは例外なくΩ転換はしなかったそうです」

 俺と離れている間、籠理さんも自分でΩ転換症状について調べていたらしい。
 α独自の情報を辿り、専門機関の文書を閲覧して事件情報を知ったという。

「じゃあ俺は、結局なにが原因で転換したの」
「貴方にΩになって欲しいという、私の願望です」

 籠理さんは俺の頬を撫でながら、微笑みとも泣き顔ともつかない表情で告白する。
 いくつもの感情は複雑に絡み合っているようで、正確な感情が読み取れない。

「どんなにαの精を受けても、強い執着心がなければ転換はしないと聞きました」
「じゃあ籠理さん、俺がΩになってほしいってずっと思ってたんだ」

 瞬発的な感情で転換が発生するなら、もっと症例が知れ渡ってるはずだ。
 逆説的に籠理さんは、Ω転換の願いを長期間抱えていたことになる。

「心の底で、望んでいなかったと言えば嘘になります。……本当にごめんなさい」
「βのままじゃ、ダメだったの? そっちの方が面倒ないでしょ」

 心底申し訳なさそうに籠理さんが項垂れているが、俺は怒っているわけじゃない。
 けれど毛嫌いしている体質に、わざわざ変質させる理由が見つからなかった。

 ――しかしその答えは、首の後ろを撫でられることで理解する。

「貴方と、どうしても番になりたかったから。βのままではダメだったんです」
(確かにαとβは、どうやっても番えない。そっか、一番単純な理由だったのか)

 誰もが知っている世界の法則を、俺は完全に忘れていた。
 同時に本気で望まれていることも理解して、顔が熱を持つのを感じる。

(けどΩ転換のことは、本当に知らなかったんだろうな。嘘、うまくない人だし)

 籠理さんの表情を覗き見ると、彼は罪悪感で押し潰されそうになっていた。
 形の良い眉間に皺を寄せて、顔色は死人のように白く染まっている。

「でも、それも願うべきではなかった。無知故に、貴方の人生を滅茶苦茶にした」
「籠理さん、そんなに俺のことが好きなの? 俺、ただのβ大学生なのに」

 元々閉鎖的な関係性だったし、孤独から来る執着心にはβ時代から気づいていた。
 けれどこんな重い感情だとは思ってなかったし、期間限定の遊びだと考えたのに。

「好きですよ、大好きです。引き籠っていた時に貴方に出会って、世界が変わった」
「まぁ、初めての友達だって言ってたもんね。確かに大はしゃぎだったし」

 俺の首筋に顔を埋めて、籠理さんは愛を囁くように言葉を紡いでいく。
 彼を助けることで知り合って、それから二人で色んな場所へ遊びに行った。

(夜の遊園地、水族館、プラネタリウム、植物園。思ったより色々行ってるな)

 趣味が合致した俺たちは、いつしかお互いのことばかり考える仲になっていた。
 そして彼の家に泊まるようになり、一緒にいない時間の方が少なくなっていく。

「日を追うごとに貴方を好きになって、最後には肉体関係まで持たせてしまった」
「それは合意の上だったじゃん。あと俺は成人してるし、βにだって性欲はある」

 体を重ねたきっかけは、籠理さんの性欲処理を手伝うという名目だった。
 けれどあの時誘ったのは俺で、むしろ彼は一人で耐えようとしていた。

(やっぱり原因は俺だし、籠理さんは悪くない。いや、むしろ被害者だ)

 俺は心を許されていた唯一のβだったのに、恋心を抱いて裏切ってしまった。
 そしてこの罪はΩの性質由来のものではなく、個人的な感情から発露している。

(全部、俺が悪い。でも籠理さんは、俺のせいにしてくれないんだろうな)

 籠理さんは一言も俺を責めず、可哀想な被害者にしようとしてくれている。
 そして俺も突き放さないといけないのに、歪な情すら失いたくないと心が足掻く。

「半端な関係で、貴方を抱くべきじゃなかった。でも、絶対に貴方が欲しかった」

 籠理さんは俺の体を抱き締めながら、懺悔するように言葉を絞り出していく。
 けれどそれは許しを請う言葉ではなく、秘めていた感情の告白に他ならなかった。

「いずれ貴方は、他のβに奪われる。その日が訪れるのが、怖くて仕方ないんです」

 αは魅力的な体質の反面、影響を恐れる一般人には忌避されることが多い。
 だからβとは関係を持たないか、遊びとして割り切ることが大半だった。

 なのに籠理さんの願望は、法則の方を捻じ曲げることで成就されようとしている。
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