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2.Ω嫌いのαと、Ωになりたくないβ編
2-1:Ω嫌いのαと、Ωになりたくないβ編1
しおりを挟む不安げなΩで埋め尽くされた待合室で、俺はぼんやりと座っていた。
スマホの電源は落とし、診察の時間まで物思いに沈み込む。
(遅いなあ、診察。でも急に捻じ込んでもらったんだから仕方ないか)
そしてほとんど夜に近い夕方になってから、ようやく診察室に通される。
でもΩ専門病院だから、俺を受け入れてくれただけでも温情だ。
「端的に言うと、狭間さんはΩへ転換中のβとなります。完全なΩにはなっていない」
「本当ですか? じゃあ、番も不成立なんですね」
傷ついた首筋に包帯とうなじ隠しの首輪を巻かれながら、俺は医者に問う。
けれど医者は難しそうに眉を顰め、完全な肯定はしてくれなかった。
「えぇ。とはいえ症状が進行すれば、いずれ完全なΩに成ります」
「こういうの、前例があるんですか。聞いたことないですけど」
周囲にはβが山ほどいるが、俺みたいに突然Ωになった話は聞いたことがない。
けれど医者は大して驚いていないから、既知の症状である可能性が高かった。
「悪人が多いので、表に情報を出せないんですよ。それに症例はごく僅かです」
(まぁ当然か。基本αが問題を起こすのは、Ω関係なんだし)
やはり医者はΩ転換のことを知っていたようで、淡々と話を進めていく。
そして状態をカルテに書き込むと、真剣な面持ちで俺を見据えた。
「それで貴方は、今後どうしたいですか。このままΩになりたいか、βに戻りたいか」
「βに戻りたいです。その為なら、どんなことでもします」
今までの問診では詰まるところもあったが、この質問に関してだけは即答した。
だってその希望に縋る為に、俺は一人で病院に駆け込んだのだから。
(βに戻れないと、いずれ籠理さんに嫌われる。それだけは嫌だ)
フェロモンに浮かされた籠理さんは、一生俺を大事にすると言ってくれた。
けれど本来の彼がΩ嫌いなことを、俺は誰よりも知っている。
(次に会う時までには、βに戻っていたい。彼に望まれる、俺に)
その為ならどんなに辛い投薬治療でもなんでも、俺は耐えるつもりでいた。
しかし現段階で治療薬は存在せず、症状の緩和が限界だと告げられる。
「今後は専用の抑制剤を使用し、αとの接触は控えてください。性行為は厳禁です」
「話すだけなら大丈夫なんですか。それとも、同じ空間にいるのも控えた方が?」
ここからは詳細に、俺が生活をする上で注意すべきことを教えられていく。
人を惑わす体質になってしまったから、もうなにも考えず生きることはできない。
「会話は大丈夫です。でも同じ空間にいること自体、よろしくありません」
(どんなに軽度でも、接触は避けた方が無難か。けど仕方ない)
俺の大学でもΩの生徒は少なく、大体は専門の学校に通っていた。
だから俺も体質が戻るまでは停学、最悪退学も覚悟しなければならない。
(大学では騒動が知れ渡ってるから、隠すのは不可能。ならホテルに篭るかな)
普通の大学生に連日ホテル暮らしは、金銭事情的に厳しいものがある。
けれどαとの事故を考えたら、選択肢はないに等しい。
「それに発情期も問題です。これは一人で耐えることになります、薬も出しますが」
「大丈夫です、耐え切ってみせます。最悪、行政も頼りますから」
番のいない発情期は、短くても一週間続くと授業で習ったことがある。
けれど抑制剤を服用すれば、どうにかやり過ごせるとも聞いていた。
(絶対βに戻って、籠理さんとまた会おう。いつか別れるにしても、今は嫌だ)
状況は依然厳しいが、完全なΩではないと診断されて気持ちが少し前を向く。
そして俺は診察室を後にし、薬を受け取りながら他者に頼ることを思いついた。
(そうだ、しばらく友人の家に泊まらせてもらおう。頼らないと後で怒りそうだし)
医者と相談した結果、最終的にΩの療養施設で体の様子を確認することになった。
けれどすぐには入所できないし、不測の事態に備えてお金は貯めておくべきだ。
(うん、そうしよう。幸いβなら、俺のフェロモンに影響を受けない)
β会の友人たちは一人暮らしだし、生活費を入れれば数日は匿ってくれるだろう。
俺は施設への紹介状を鞄に入れ、病院を足早に抜け出した。
そして友人宅に転がり込もうとした俺だが、その希望は早々に打ち砕かれる。
彼の家に近づくと言い争う声が聞こえ、片方はまさかの籠理さんだった。
(うわ籠理さん、俺のこと追いかけて来たんだ。普段、昼に外出しないのに)
自身の強すぎるフェロモンに辟易して、籠理さんは日中ほとんど家にいる。
なのに今の彼は白昼堂々、鈴木と口論を繰り広げていた。
「だから、狭間っちはここにいないって言ってんじゃん! 俺たちも探してんの!」
「でもあの子が頼るなら、β仲間でしょう! 匿ってないか確認させてください!」
籠理さんは必死に俺の行方を問い詰め、友人も負けじと応戦している。
騒がしい彼らの言い争いは人目を引き始め、徐々に人が集まり出していた。
(まずい、籠理さんに連絡しなかった俺のせいだ。早く止めないと)
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