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12-1.妖精卿と最悪の再会編1
しおりを挟むヴァルネラと決別してからは、街で路銀を稼ぎながらディーロと暮らしている。
けれど変質した俺は以前のように暮らせず、迷惑を掛けてしまっていた。
「グレイシス、目を覚まして! 俺を襲わないで!」
「えっ!? ……うわ、ごめんディーロ!」
安宿で目を覚ますと、隣で寝ていたディーロを半裸に剥いて覆い被さっていた。
彼は必死で抵抗し、部屋の隅まで跳ねるように退避する。
(無意識に、僅かな魔力でも奪おうとしていたのか)
今は翅をなくすために魔力を取り込んでいないが、代わりに飢餓感を覚えていた。
態度には出さないよう努力していたが、本能的に魔力を探してしまっている。
「重症だね。でも治すには魔力を含まないものを、ってどこ行くのグレイシス!」
(あっちから、濃い魔力の気配がする。体が勝手に動く、自分じゃ止められない!)
飢えた感覚に突き動かされる俺は、最後まで話も聞けずに魔力の痕跡を辿り出す。
ディーロの制止も振り切って、体は勝手に雑踏へと飛び出した。
「お願いだから止まって! 他の人を襲ったら、取り返しがつかなくなる!」
(そんなの分かってる。けれど魔力に飢えて、我慢ができな――!?)
俺の意識は魔力の気配がした方に向かっていて、呼び止める声も耳に入らない。
そして歩いていた影を襲おうと、欲求が牙を剥いた。
「おや。誰かと思えば、ヴァルネラが執着していた半妖精じゃないか」
しかし振り返った美しい顔には見覚えがあり、俺の思考は衝動から引き離される。
彼はヴァルネラの元婚約者で、親族を惨殺された吸血種。
「知り合いなの、グレイシス」
「……この人にとっての仇なんだよ、俺。間違いなく恨まれてる」
スペルヴィアとはあれから会っていなかったが、家門惨殺の原因は俺とも言えた。
それに今はヴァルネラの庇護下じゃないから、彼は容赦なく復讐を果たすだろう。
けれど予想に反して、彼の表情は静かに凪いでいる。
「ヴァルネラのことを言っているなら、恋愛感情はないから問題ないよ。家門の破滅も、まぁその程度だったということだ」
(スペルヴィア、なんだかすっきりした顔をしてるな。敵意も感じない)
彼は家門に心底執着していると思っていたが、その考えは外れていたらしい。
向けられた瞳に遺恨は感じられず、ただ黒い翅に注がれていた。
「ところで君、その翅はどうしたんだい。雑多な魔力で構成されているようだけど」
「翅の成長を焦って、色々襲ってこの有様。笑えばいいよ」
過去の翅を知っているスペルヴィアには、一層この姿は無様に見えるだろう。
俺は自嘲気味に笑うが、彼は少しも茶化さずに翅を観察し続けていた。
「そうか、君もダメだったのか。うまくいかないものだね、妖精種というものは」
「いっそ俺の血を啜る? 魔力量だけは「自暴自棄にならないで、グレイシス!」」
沈殿していた憂いからやけになるが、今まで黙ってたディーロが俺を制止する。
スペルヴィアも気が乗らないようで、提案には難色を示していた。
「生憎弱い相手の血を啜る趣味はないんだ。お望みなら手に掛けてもいいけど」
「逃げよう、俺たちが敵う相手じゃない! 動いてグレイシス!」
スペルヴィアは鋭い牙を見せつけ、ディーロが俺を引きずって逃げようとする。
けれど俺は棒立ちになり、牙が目の前に迫っても抵抗する気になれなかった。
「置いて行っていいよ、ディーロ。俺は自制が効かないから、いずれ迷惑を掛ける」
人としての生活に戻ろうとした数日は惨憺たる結果で、彼も襲いかけた。
であれば糧となった方がと考えるが、スペルヴィアは憐れむように牙を収める。
「相当気を病んでいるね、君。……二人とも僕の家においで、茶くらい出そう」
そう言うとスペルヴィアは軽々と俺を持ち上げ、ディーロについてくるよう促す。
俺が暴れても彼は意に介さず、堂々と街路を歩んでいった。
辿り着いたのは街外れの小さな屋敷で、雑多だが温かみのある場所だった。
俺は応接間の椅子に降ろされ、ディーロは手荷物を必死に探っている。
「スペルヴィア、さんだっけ。貴族の口には合わないかもしれないけど、よければ」
「菓子の手土産かい、いいじゃないか。僕も食事をし始めたからありがたいね」
ディーロは手を付けていない包みを手渡し、スペルヴィアはそれを受け取った。
舞踏会で見た時よりも大人びた姿を、俺はぼんやりと眺めている。
「……スペルヴィア、魔力で賄わなくなったの」
「家門がなくなってから、自由にやるようになってね。魔法を使わない文化も楽しいと気づいたんだ」
スペルヴィアは焼き菓子の包装を解き、見栄え良く大皿に盛り付けていく。
そして音を聞きつけたのか、部屋の外から大勢の子供が押し寄せてきた。
「わ、子供たちがたくさん寄って来た! この子たち、預かってるの?」
「施設や家門の被害者の子たちを引き取っている。小間使いとしてね」
スペルヴィアは菓子を分け与えながら、子供を部屋の外へと散らしていく。
中には施設で見かけた子もいて、勝手ながらも救われた気分になった。
「君たちも家事手伝いをするなら、ここで暮らしても構わないよ。今更二人増えたところで変わらないから」
そして成人男性の人手を代償に、ここで働くなら保護してあげようと提案される。
俺が考える前にディーロが大きく頷き、二人してここで暮らす事になった。
それからは家事手伝いをしながら、スペルヴィアの屋敷で日々を過ごしてた。
魔力補給薬で欲求を抑え、問題も起こさず穏やかに生活していたはずなのに。
「やはりヴァルネラが忘れられないのかい、グレイシス」
「ごめん、手が止まってた。すぐに風呂洗いを終わらせるよ」
大人数用の浴槽を洗っていたけれど、いつの間にか考え事に気を取られていた。
我に返った俺は謝罪するが、スペルヴィアはむしろ作業を制止してくる。
「責めにきたわけじゃない。だが先ほど、ヴァルネラが訪ねて来た」
「っ、なんの用だったの」
もう聞かないと思っていた名前に息が止まり、緊張が走って体を強ばらせる。
彼はそれを気の毒に思ったのか、言葉を選びながら続きを教えてくれた。
「君を探していた。知らない振りをしたが、それで良かったのかい」
「……うん、ありがとう」
まだ詳しく状況を話していなかったが、俺の意向は察してくれていたらしい。
おかげでヴァルネラとは顔を合わせずに済み、安堵と未練が込み上げてくる。
「彼、泣き腫らしていたよ。君ともう一度、話がしたいと言っていた」
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