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8-2.妖精卿と元婚約者編2

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「ヴァルネラ、学校でなにしたの。もの凄く警戒されてたけど」
「戦闘授業で、何度か学級を壊滅させたことがありまして。そのことかと」

 人混みの中で俺が問い詰めると、ヴァルネラは気まずそうにしながら答えた。
 今より若いヴァルネラなら手加減など知らず、さぞ同級生相手に暴れたのだろう。

「あぁでも最上位の学級だと、逆に力の差が青天井になるのか」
「あの時は戦うのが唯一、人と関わる方法でして。結果、全員下位の学級に移動してしまいましたが」

 当時のことを思い出したのか、ヴァルネラが申し訳なさそうに言葉を続ける。
 でも魔法使いは実力主義だし、全員が強さを持ってた結果でもあるんだろう。

「けれどもう、彼らとは関わりませんよ。貴方がいますからね!」
(でも俺だって、あの学友たちと同じ道を辿る可能性もあるんだけどな)

 口には出さないが魔法は未だ上達せず、魔力を与えられても翅に変化はない。
 痛みや飢餓感は少なくなったが、変わらない状況が今度は恐ろしかった。

「じゃあ次はどこに行きましょうか、探せば気に入「待ちなよ、ヴァルネラ」」

 話を打ち切ったヴァルネラが手を引こうとするが、それを阻むように声が響いた。
 振り向くと先程の美しい青年が、怒りの形相でヴァルネラを睨み付けている。

(さっき睨んでた子だ。っていうか火傷みたいな痕があるのに顔立ちが綺麗だな)

 美人の真顔に俺は一瞬見惚れるが、ヴァルネラは面倒そうに顔を顰めていた。
 けれど強い感情が表に出てるから、多分彼らの間には深い関係性がある。

「今更なんですか、スペルヴィア。もう縁が切れているのは分かっているでしょう」
「けれど問題は解決したように見える。僕も体調が快復したし、支障はなくなった」

 スペルヴィアと呼ばれた青年がヴァルネラに近づくと、その場が一気に華やいだ。
 隣り合う彼らはお似合いに見えるが、しかしその空気は酷く冷え切っている。

「結構です。どちらにせよ、後継者争いに興味はありませんので」
「冷たいね。僕らは、婚約者だったというのに」

 ヴァルネラが突き放す言葉を告げ、スペルヴィアは軽く肩を竦めて挑発的に笑う。
 けれど俺はその言葉を聞いて、繋いでいた手から力が抜けてしまった。

「婚約してたの、ヴァルネラ。俺、知らなかったんだけど」
「元、ですよ。少しの縁も残っていませんし、話し合いも不要です」

 硬い声のままヴァルネラは手を握り直し、俺が離れないように力を込める。
 そのせいで引き下がることもできず、気まずい空気の中に俺は留められた。

「込み入った話なら俺、席を外すけど」
「あぁ、そうしてくれるとありがた「行かないで結構です、グレイシス。貴方に誤解されたくないので」」

 空気を読むという建前で逃げようとする俺を、ヴァルネラは強い声で引き留める。
 けれどこんな修羅場に居座れるほど、俺の神経は図太くない。

「随分とその子を、大切にしているんだね。君が囲うほど優秀なのかい」
「グレイシスには妖精種の素質があります。今はまだ、目覚めていないですが」

 死にそうになっている俺を眺めるスペルヴィアは、品定めしているようだった。
 だが視線を遮るように庇うヴァルネラの言葉で、彼は鋭い目を丸くする。

「――――――――うそだ」

 スペルヴィアの驚きは相当だったようで、短い一言を発した後に絶句している。
 しかし妖精卿の元婚約者に、今の言葉はどう考えても地雷だろう。

「べ、別に恋人とかじゃないから! 本当に魔法を教えてもらってるだけだし!」
「けれど、潜在能力は認められたのだろう。ヴァルネラに」

 慌てて訂正するもスペルヴィアは俺に詰め寄り、ヴァルネラにより引き離される。
 すると今度はヴァルネラの肩を掴み、彼は激しく揺さぶり始めた。

「ヴァルネラ、僕にもう一度だけ機会を与えてくれないか!? 僕は血筋もあるし、次は必ず成果を出して見せる!」
「結構です、それよりも貴方は体を大事にしてください。では我々はこれで」

 ヴァルネラは肩に置かれた手を剥がし、俺を連れて足早にその場を去った。
 複数の通りを経由し、妨害魔法を掛けて行方を眩ましていく。

「待て! 黙っていくならば、その子のことを君の家門にも報告するぞ!」
「私は既に廃嫡扱いですし、家門も今更駒として使おうとは思わないでしょう。そもそも妖精卿の爵位は、私を辺境に閉じ込める為に作った爵位ですから」

 追いかけてくる声には耳を貸さず、ヴァルネラは前だけを見つめている。
 しかし今日は短時間で、随分と彼の過去を知ってしまった。

「それとグレイシスに手を出すなら、貴方を潰します。その覚悟で来るように」

 今まで聞いたことのない殺気を含ませた声で、ヴァルネラが警告を飛ばす。
 そしてそれが功を奏したのか、それ以上追ってくる気配はなくなった。



 逃げ込んだ先は薄暗い裏路地で、表通りとは違って人の気配はほとんどない。
 そこまで治安は悪くなさそうだが、どこかひっそりとした場所でもあった。

「……ヴァルネラ、さっきの人の話を聞いてもいい? やっぱり気になる」

 張りつめた空気から逃れられた俺は、一息ついた後にヴァルネラに向き直る。
 過去の詮索は趣味が悪いけど、なかったことにするのも難しかった。

「構いませんよ、下手に隠す方が拗れそうですしね。スペルヴィアとは一時期政略結婚していて、同時に学友でもありました」
「じゃあすごい魔法使いなんだね、ヴァルネラの相手に選ばれるってことは」

 ぽつぽつと語り始めたヴァルネラは、思ったより素直に答えてくれる。
 だがその表情は、どこか複雑そうな色を浮かべていた。
 隠し事の雰囲気はないが、代わりに後ろめたい経歴が隠されているようでもある。

「彼は素質もあり努力家でしたが、私に合わせたことで壊れてしまったんです。致命的なまでの、無理をさせてしまっていた」
「だから妖精化できる人間を探して、俺を手元で育てようと思ったのか」

 俺と出会う前のヴァルネラは、同類候補としてスペルヴィアを手元に置いていた。
 しかし優秀な彼であっても、ヴァルネラの欲望には耐えられなかったらしい。

「だから機会を望まれるとは、考えていませんでした。嫌われているならまだしも」
(ヴァルネラの態度がやけに冷たいと思っていたけど、あれは罪悪感だったのか)

 ヴァルネラが気にしているのは、元婚約者と鉢合わせたこと自体ではないらしい。
 スペルヴィアには特別な思い入れがあるようで、言葉からは拙い情を感じられる。

「有力な魔法使いに嫁ぐことを望む家門に従い、限界まで私を追いかける良い子でした。けれどもう、解放されてもいいと思うんですよ」
(こんなに他人に言及するヴァルネラ、初めて見た。まぁ元婚約者だもんな)

 最近になってヴァルネラは、他者への思いも垣間見せるようになってきた。
 けれどそれは俺も望んでいたことのはずなのに、どうしてか不安になってくる。

「私は強い人が大好きですけど、その結果壊れて欲しいとは思っていないんです」
(なんでだろう。真っ当な言葉なのに、嫌だと思うのは)

 思いやりを滲ませた言葉を聞けば聞くほど、俺の感情は仄暗いものになっていく。
 出会ってから日が浅いのだから、知らない面があることなど当たり前なのに。

「ヴァルネラがそこまで言うなんて、随分気に入ってたんだね」
「ずっと間近で見ていた、年下ですから。……これで、説明は足りていますか」

 一度話しを終わらせたヴァルネラは、俺の様子を窺うように顔を覗き込んでくる。
 だから俺は近づいてきた顔に軽く口づけて、その背に腕をまわした。

「うん、隠さないでいてくれてありがとう。婚約者に未練があるなら、俺は面倒な立場になるなって思ってたからさ」
「先ほど言った通り、今は貴方だけです。だから心配しないで」

 表通りの喧騒が聞こえるけど、今は羞恥心よりもヴァルネラの気を引きたかった。
 過去よりも俺を見て欲しくて、屋外にも関わらず彼に擦り寄って甘え倒す。

 それに彼も嫌な顔はせず、俺たちは交じり合うように身を寄せ合っていた。



「じゃあ改めて、街の探索に行きましょうか! もし行くところが定まらないならば、私の行きつけにでも行きますか?」
「え、どこそれ。俺より妖精に近いから、そういうの全然ないと思ってたのに」

 気が済むまで触れ合った後、俺達は気を取り直して買い物を再開した。
 けれど表通りには戻らず、ヴァルネラは裏路地を更に進んでいく。

「完全にないわけじゃありません。夜の玩具を買った店はそこそこ足を運びますし」
「絶対碌な店じゃないじゃん! 嘘でしょ、本当にそこに行くの!?」

 俺の手を引くヴァルネラが立ち止まったのは、淫猥な店が並ぶ裏通りだった。
 開いた窓からは甘い匂いが立ち込め、不可思議な形をした魔道具も陳列されてる。

「でも我々、成人してますよ。それに魔力を強化するなら、性的手法は有効です」
「う、それを言われると弱い……」

 性行為による魔力増強の効果は確実にあり、俺は今までの経験から否定できない。
 そして考えているうちにヴァルネラは、堂々と店へと入って行った。

「どうせここまで来たんですし、行きましょうよ! 私も行きたいですし」
「……魔力の為だから、これは仕方のないことだからね。本当に」

 俺が自分に言い聞かせるように言葉を繰り返すと、ヴァルネラは笑みを浮かべる。
 けれど揶揄いの言葉は口にせず、静かに二人で店の奥に進んでいった。
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