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一章 地獄の酒場
18話 第一話 地獄の酒場(終)
しおりを挟む二十分後。
回復魔法をかけた魔導士によると、ヴァーギンの命は本当に危ないところまで来ていたらしい。一流の魔導士が、魔力をすべて消費してヴァーギンの治療にあたった。アルコールで焼け切った粘膜と、おかしくなった脳味噌を直すのは至難の業だったそうだ。
「ケツから酒を飲むようなやつを救うために、俺は魔導士になったわけではない……」
魔導士は酒も肛門も大嫌いになったと言っていた。
「ヤグラ!! よくやったなあ」
俺は俺に賭けた三人のならず者から痛いほど肩を叩かれた。みんな、変なクスリでもキメたみたいに、イカれた笑みを浮かべていた。そりゃあ、そうだろう。二千リラを失うリスクを負い、八千リラを得たのだ。
賭けに負けたものは、サキュバスに生気を吸いつくされたみたいに、表情のない目をしていた。ヴァーギンは向こう半年間、ベッドから出ることができなかったという。
「あの……、ありがとうございました」
受付で二千リラを返した俺のもとにミーノが駆け寄ってきた。少し落ち着いたようだが、まだ涙目のままだった。とんだトラウマを負わせてしまった……。俺は彼女の目を上手く見ることができなかった。
「いや……、お礼を言うのは俺の方だよ……。みっともないことさせちゃったな……」
「いえ、ちょっと……刺激的でしたけど……これも経験です」
ミーノちゃんは何度も言葉を選び、最後には諦めたようにそういった。
「ところで、どうしてやってくれたんだ? あんな汚れ役」
あれこそが本当の汚れ役だ。汚いからこれ以上は言わないが。
「仇を取ってほしかったんです……。わたしは、負けちゃいましたから」
ミーノは口をへの字に曲げて言った。
「え? ミーノちゃんもやられたの!?」
「はい……。あれが新人冒険者への洗礼なんですよ……。わたしもブドウ酒を一杯飲まされたんです。目が回ってげーげー吐いちゃって……。もう立てなくなるし、ぶるぶる震えて大変だったんですよ……」
十歳にもならないような幼女を酔い潰すなんて……なんて奴らだ……。
「だから、ヤグラ君があれだけの男の人を前に戦っているのをみて、どうしても応援したくなったんです。ヤグラ君、かっこよかったですよ!!」
「そ、そうかなあ」
尻から酒を飲んでかっこいいなら、へそで茶を沸かしても、目から鱗が落ちてもかっこいいはずだ。俺はなんだか騙されたような気分になる。
「ところでヤグラ君、良かったら一緒にパーティーを組みませんか?」
ミーノの瞳には不安げな影が差していた。
「え、良いの!?」
「は、はい。私もまだ新人冒険者で、全然使えないんですけど、良かったら……いっしょに冒険しませんか?」
ミーノのすきぎみの前髪が小さく揺れる。
この子に何ができるのかは分からないけれど、冒険者としては俺よりも先輩なのだ。いくら幼女とはいえ、一人よりも二人の方が安心できる。それに、お尻に酒を突っ込まれた俺には、分かる。この子はとってもいい子だ。
「じゃあ、よろしく!!」
俺はミーノに手を差し出した。
「ほんと……? ほんとですか? わーい!! ミーノの初めての仲間です!!!」
ミーノは子どもらしいはしゃいだ声をあげた。
「ちなみに、俺の職業は叛逆者なんだ。まだ自分に何ができるのかは分からないけれど、意外なところで役に立つかもしれない」
本当にどうしようもないほど、意外なところで、だが。
「ところで君の職業は何かな?」
俺はミーノに問いかけた。
「わたしですか? わたしの職業は、農民です!!」
ミーノが得意げにそう言う。
「いや、君が農民かいっ!!」
俺のツッコミはお尻の脂肪に吸収され、やはり切れ味をなくしていくのだった。
第一話 地獄の酒場(終)
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