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一章 地獄の酒場
六話 反逆者の異世界生活がはじまる
しおりを挟む「そうですねえ……。最近だと農民とか」
「農民!?」
「あとは……、病人とか」
「病人ですか……」
農民に病人……。そりゃあ、わかりやすくて結構だけど、あまり強そうではない。
第一、冒険者って冒険するんだぞ。何日も畑をほったらかしにしてて良いんだろうか……。
俺は農民のことが心配になってくる。いわんや病人をや、だ。
「ほかに、もっとこうマイナーで聞いたことのないような職業ってありますかね」
「そうですねえ……。皆さん、遊びに来てるわけじゃありませんからね~」
正論とはここまで人を悲しませるものなのか。
俺は農民と書いたソイツすら羨ましく思った。少なくともソイツは農民というれっきとした職があるわけだ。俺には何にもない。
結局、どう書けばいいのか。いや、物は言いようかもしれない。
ふとそう思った。
どんなことだって言い方によっては格好良く聞こえるし、人に認められるものだ。たとえば、裸踊りをして金をもらっている人だって、パフォーマーと言えばカッコイイじゃないか。一日中、パチンコを打って、儲けてるのか、損してるのか分からない人だって、勝負師と言えばなんかいい感じがする。
俺の場合……。俺は悩みに悩みぬいた後、職業欄にさらさらと書き込み、受付のお姉さんに提出した。
「あのぉ……叛逆者ってなんですかね……」
受付のお姉さんは首をかしげる。
「叛逆者も知らないんですか!? 叛逆者ですよ!!」
上と下が反転していて逆についている人のことだ。
「まあ、なんでもいいですけど……」
受付のお姉さんはそれ以上聞こうとはしなかった。
「それでは、これが登録証になります。再発行するにはお金がかかりますので、無くさないようにしてくださいね」
俺は登録証を受け取った。表には叛逆者、ヤグラケイスケと書かれており、ブロンズランクと書いた隣に銅色のエンブレムが捺してある。裏はクエストの受注履歴を書いていくのだろうか。罫線が引いてあるが、今は白紙だった。
入会金は取らないのかと思ったが、忘れているならそれはそれでいいと思い黙っておいた。どうせ、クエストの報奨金を一部ギルドに持って行かれるのだろう。どっちにしても、俺にはギルドの経営を心配する余裕はない。
俺は受付を離れ、入り口近くに掛けられた掲示板を覗くことにした。
掲示板には現在未解決のクエストが貼りだされており、冒険者のランク別にまとめられている。シルバーランクから上は、もう見るのも恐ろしい過酷なクエストばかりだ。
ブロンズランクだって、害獣の駆除やら、商人の護衛、希少な食材の調達依頼。どれにしても、何一つ取り柄のない俺には不可能なものばかりだ。
第一、何のチート機能もついていない俺が冒険者になるなんて不可能なのだ。頭もよくない、弁も立たない、金もない、魔法は言うまでもなく使えない。人より優れているところなど、蠕動運動以外何もない俺がどうやって冒険者としてやっていけるだろうか。
だが、魔王を倒さなければ、俺は一生このふざけた身体で生きていかなくてはいけない。どんな手を使ってでも魔王を倒さなくてはいけないのだ。
俺は早速、一緒に仕事をしてくれる仲間を探すことにした。
ギルドの集会所では、様々な冒険者がいた。一人酒を飲むもの、仲間と談笑しているもの、次のクエストの打ち合わせをしているもの、魔導書の勉強会をしているもの。
大体の人間は誰かと一緒にいてどうも声をかけにくい。一人でいるものは、昼間からすでに酔いつぶれているやつばかりだ。
その中で俺は一人の女性冒険者を見つけた。
その子は、いかにも重そうなプレートアーマーを身にまとい、優雅に一人コーヒーを飲んでいる。
兜だけは外しており、甲冑からは想像もつかないほど首の線が細い。短く切り揃えられた金髪は色つやがよく、良い匂いがしそうである。
兜は外しているとはいえ、あのプレートアーマーを着るだけでも、相当力がいるはずだ。
俺はまず彼女から始めることにした。
「すみません、僕はヤグラケイスケっていうものなんですけど……」
俺はそう声をかけた。
「………………」
その子は俺を見ることすらなく、コーヒーを啜っている。
「今日冒険者になった新入りですけど……よろしくお願いします」
「………………」
彼女はまるでブリキ人形のようにまっすぐと一点を見つめている。ちらりとこちらを向くことも、耳をぴくりとさせることもない。
「あの……、あなたのお名前は…………」
「……………………」
俺はどうやらこのフルプレートの女冒険者に無視されているらしい……
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