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最終章 やめられない旅人
8、ドラゴンの力
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かつてないスピードで大地をかけ、トウセキとの距離はみるみる縮まっていく。
ユーゴは背後からトウセキに回し蹴りを浴びせた。
その瞬間、トウセキがちらりと振り返り、挑発的な笑みを浮かべるのが分かった。
「おっと」
トウセキは飛び退いてそれをよける。回し蹴りをかすめた毛が二三本、綿毛のように宙を舞った。
「なんだ、それは。あんたさっきの龍かよ?」
トウセキは興味深そうにユーゴの身体を見た。
「いや、どうも違うらしい。あの少年と同じ目だ。心の渇きを必死で押さえつけたどんよりと曇ったあの目だ」
「確かに、そんな目だったかもしれない。もう何年も、あの日の苦悩から解放されたときはなかったから。でも、今は違う。ユズキエルが力を貸してくれたんだ」
「なるほど、どうも状況が変わったらしい」
「変わらないよ。あんたをベルナードまで連れて行く。今度は引きずってでもだ」
「だが、俺もそろそろ動けるようになってきたぜ」
トウセキが吠えた。
耐えがたい咆哮にユーゴは顔をしかめた。
獣化が始まると同時に、手錠は軽々と弾き飛んだ。
「ここで終わりにしようぜ」
トウセキは野蛮な動きで腕を振り上げた。格闘技のような洗練された動きではなかったが、本能を委縮させる捕食者の動きだった。
一発目をたやすく避けたが、トウセキは続けざまに拳を繰り出した。トウセキの動きは素早く、残像がいくつも視界に残る。
まるで三十も拳を持っているようだった。
しかし、ユーゴが驚いたのは、その獣じみた素早さではない。
自分がそれを的確に見切り、避けていることだった。
(すごいだろ)
「なんでこんなことができるんだ?」
(あたしにかかればこんなもんさ。あんたはそこでぼんやりと眺めてればいいさ。あたしに任せておけばすぐに終わる)
その言葉はある意味では正しく、ある意味では完全に間違っていた。
ユズキエルはユーゴの身体を操り、すべての攻撃を言葉通りかわしてみせた。そして、波状攻撃のわずかな隙をついて、トウセキのボディに拳を撃ち込んだ。
確かにユズキエルに任せていれば、ユーゴは勝手に身体が動くのを眺めているだけでよかった。
たった一つ、間違いがあるとすれば、ユズキエルはすぐに終わらせるつもりなどさらさらなかった。
ユズキエルはトウセキをなぶりものにした。
じわり、じわりと力の差を見せつけように傷めつけた。
そしてそれを心の底から楽しんでいるようだった。
「クソ……クソ……クソ……」
トウセキは徐々に焦りを見せ始めた。
「そんなもんかい、悪党」
ユーゴの口がひとりでに動いた。
口調もすっかり変わっていた。
「所詮は借り物の人の身! 龍の力もその程度だろう」
「その通りさ。だが、あんたを倒すのにはこれでじゅうぶんだ」
ユズキエルは垂れ下がった曲牙をむき出しにし、トウセキの肩を噛みちぎった。
「くはっ……」
見開かれた目には、絶望の色が浮かんでいた。
「なんだ、意外と物分かりが良いんだな」
「なんだと!」
「すっかり怯え切ってるじゃないか。あんたはあたしにはとうてい太刀打ちできないと理解している」
「怯え? そんなものはとうの昔になくしてきたぜ。俺は死体の山に身を隠し、死肉を食らい、常に絶望の淵を潜り抜けてきたんだ」
トウセキは猛然と突っ込んでいった。
「その絶望とやらもご無沙汰だったらしいな」
「黙れ!」
「あんたは引きどきを間違えた。長い間、他人を蹂躙してきたんだろうが、そのせいで生への嗅覚が鈍ったんだろう」
「黙れ!」
「もう遅いのさ。あんたはもう死ぬだけだ」
ユズキエルはトウセキの攻撃を受け止めると、間髪入れずに、トウセキの腹を蹴り上げた。トウセキは一瞬にして吹き飛び、岩にあたって崩れ落ちた。
すでにトウセキの獣化は収まっており、生身の身体にぶつかって砕けた岩が落ちてくる。
途端に静寂が訪れた。
トウセキは巨大な岩の下敷きになり、潰れた足を必死に引きずり出そうとしていた。その音は遠く、どこか別世界の出来事のようだった。
「はっ……見られたざまかよ!」
ユズキエルは笑うと、トウセキにゆっくりと近づいて行った。
櫛形の爪が、ふいに鋭さを増した。
その瞬間、ユーゴはユズキエルが何をするつもりかはっきりと悟った。
ユーゴはとっさに自分の肉体からユズキエルを追い出そうとした。
ユーゴは背後からトウセキに回し蹴りを浴びせた。
その瞬間、トウセキがちらりと振り返り、挑発的な笑みを浮かべるのが分かった。
「おっと」
トウセキは飛び退いてそれをよける。回し蹴りをかすめた毛が二三本、綿毛のように宙を舞った。
「なんだ、それは。あんたさっきの龍かよ?」
トウセキは興味深そうにユーゴの身体を見た。
「いや、どうも違うらしい。あの少年と同じ目だ。心の渇きを必死で押さえつけたどんよりと曇ったあの目だ」
「確かに、そんな目だったかもしれない。もう何年も、あの日の苦悩から解放されたときはなかったから。でも、今は違う。ユズキエルが力を貸してくれたんだ」
「なるほど、どうも状況が変わったらしい」
「変わらないよ。あんたをベルナードまで連れて行く。今度は引きずってでもだ」
「だが、俺もそろそろ動けるようになってきたぜ」
トウセキが吠えた。
耐えがたい咆哮にユーゴは顔をしかめた。
獣化が始まると同時に、手錠は軽々と弾き飛んだ。
「ここで終わりにしようぜ」
トウセキは野蛮な動きで腕を振り上げた。格闘技のような洗練された動きではなかったが、本能を委縮させる捕食者の動きだった。
一発目をたやすく避けたが、トウセキは続けざまに拳を繰り出した。トウセキの動きは素早く、残像がいくつも視界に残る。
まるで三十も拳を持っているようだった。
しかし、ユーゴが驚いたのは、その獣じみた素早さではない。
自分がそれを的確に見切り、避けていることだった。
(すごいだろ)
「なんでこんなことができるんだ?」
(あたしにかかればこんなもんさ。あんたはそこでぼんやりと眺めてればいいさ。あたしに任せておけばすぐに終わる)
その言葉はある意味では正しく、ある意味では完全に間違っていた。
ユズキエルはユーゴの身体を操り、すべての攻撃を言葉通りかわしてみせた。そして、波状攻撃のわずかな隙をついて、トウセキのボディに拳を撃ち込んだ。
確かにユズキエルに任せていれば、ユーゴは勝手に身体が動くのを眺めているだけでよかった。
たった一つ、間違いがあるとすれば、ユズキエルはすぐに終わらせるつもりなどさらさらなかった。
ユズキエルはトウセキをなぶりものにした。
じわり、じわりと力の差を見せつけように傷めつけた。
そしてそれを心の底から楽しんでいるようだった。
「クソ……クソ……クソ……」
トウセキは徐々に焦りを見せ始めた。
「そんなもんかい、悪党」
ユーゴの口がひとりでに動いた。
口調もすっかり変わっていた。
「所詮は借り物の人の身! 龍の力もその程度だろう」
「その通りさ。だが、あんたを倒すのにはこれでじゅうぶんだ」
ユズキエルは垂れ下がった曲牙をむき出しにし、トウセキの肩を噛みちぎった。
「くはっ……」
見開かれた目には、絶望の色が浮かんでいた。
「なんだ、意外と物分かりが良いんだな」
「なんだと!」
「すっかり怯え切ってるじゃないか。あんたはあたしにはとうてい太刀打ちできないと理解している」
「怯え? そんなものはとうの昔になくしてきたぜ。俺は死体の山に身を隠し、死肉を食らい、常に絶望の淵を潜り抜けてきたんだ」
トウセキは猛然と突っ込んでいった。
「その絶望とやらもご無沙汰だったらしいな」
「黙れ!」
「あんたは引きどきを間違えた。長い間、他人を蹂躙してきたんだろうが、そのせいで生への嗅覚が鈍ったんだろう」
「黙れ!」
「もう遅いのさ。あんたはもう死ぬだけだ」
ユズキエルはトウセキの攻撃を受け止めると、間髪入れずに、トウセキの腹を蹴り上げた。トウセキは一瞬にして吹き飛び、岩にあたって崩れ落ちた。
すでにトウセキの獣化は収まっており、生身の身体にぶつかって砕けた岩が落ちてくる。
途端に静寂が訪れた。
トウセキは巨大な岩の下敷きになり、潰れた足を必死に引きずり出そうとしていた。その音は遠く、どこか別世界の出来事のようだった。
「はっ……見られたざまかよ!」
ユズキエルは笑うと、トウセキにゆっくりと近づいて行った。
櫛形の爪が、ふいに鋭さを増した。
その瞬間、ユーゴはユズキエルが何をするつもりかはっきりと悟った。
ユーゴはとっさに自分の肉体からユズキエルを追い出そうとした。
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