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6章 湧き出る盗人

12、次の駅へ

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    ◇

「俺は……五回とも討伐隊に加わった。暗殺なんかじゃなく、公然と彼を逮捕できるようになるためだ……」
 シノは単に法的な手続きを重視するために、トウセキに裁判を受けさせようとしているわけではなかった。法で裁くことこそが正義だと考えているわけでもなかった。
 アンナが納得して故郷に帰れるよう、何の心配もなく幸せに暮らしていけるように、生きたまま護送することを望んだ。

 そんな、個人的な思惑を部下たちに納得させるために、規律にうるさい指揮官を演じていた。ユーゴを一貫して囚人として扱ったのも、この国の不文律ともいうべきことわざに従って、冒険者を助けたのも、「生きたままトウセキを護送する」という至上命題を部下に納得させるためだった。

 シノはかすれ声で話し続けた。

 彼は何度もつまり、咳き込み、血を吐きながらも、決して話すのをやめようとしなかった。

「五回だ!! アンナは討伐隊が派遣されたと聞くたびに期待しただろう。……今度こそ……俺がトウセキを捕まえて……裁判のもとに彼を裁き、自分は自由になれると。盗賊の女という卑しい身分から解放されると……」
「だけど、俺は五回とも失敗した……もし、アンナが我慢しきれなくなって、期待しては、裏切られることに耐えかねて、自殺したのだとすれば……それは俺のせいなんだ」

 シノの目から、涙が零れ落ちた。
 妹と同じ、緑色をした瞳が涙で歪んでいた。

「だから、頼む!! ユーゴ! 任務は失敗だ。あとはもう命からがらに撤退するしかないんだ。だけど、俺とお前は途中でやめられないんだ。そうだろ? ユーゴ」

「分かった」

 ユーゴは無意識にシノの手を掴んでいた。
 そうだ。途中でやめられないんだ。
 ユーゴは自分に言い聞かせた。そもそも、最初から選択肢そのものがなかった。自分に残されていたのは、死に物狂いでもがき、あがき、地べたを這ってでも進んでいくことだけだ。

 次の駅へ。

 トウセキをベルナード行きの列車に乗せるために

 ユーゴの目つきが変わったのを見て、シノは安心したように表情を緩ませた。

「ありがとう、ユーゴ。ジョー、出発の準備を手伝ってやってあげてください。俺の背嚢を使わせて、欲しがるものはなんでも持たせてあげてください」

 ジョーはシノの背嚢に、食料、水、わずかばかりの銃弾を入れて、ユーゴにもたせてやった。ユーゴはそれを背負うと、シノに急かされるようにして出発した。

 ユズキエルとトウセキは、細引きヒモで繋がれ座らされていた。彼らの前には足から血を流したレナがいて、力ない目で監視を続けていた。

「出発しよう。ここからは歩いて、次の駅へ向かう」
「おい、お前は俺たちと同じ囚人じゃなかったのかよ」
「状況が変わったんだ。逆らうなら、君を撃ってもいいと言われている」
 ユーゴは静かに言い返した。
「ふん、そうかい。まあいいさ。ちょうどじっと座ってるのも疲れたところなんでな。ここらでハイキングと行きましょうか」

 ユーゴはトウセキの減らず口を無視して、彼の縄をぐいっと引っ張った。
 ユズキエルはどうしようかと思ったが、一緒に連れて行くことにした。

 トウセキ一人よりも、彼女と繋がれていた方が逃亡しにくいだろうと思ったし、ユズキエルはトウセキをひどく嫌っていて、二人で協力してユーゴに抵抗するとも思えなかった。

「悪いけど、俺に従ってくれ。ベルナードについたら君は解放してあげるから」
 ユーゴはユズキエルにそう耳打ちした。

「あいよ。どっちにしろ私は、今は無力な身の上なんでね。守ってくれよ、騎士さん」

 ユズキエルが冗談めかして言って、ユーゴの肩をぽんと叩いた。

 寝台車の扉をくぐり、ステップを踏んで、地面に着地した。それから銃で二人にも下りてくるように合図を送った。

「気を付けるのよ、少年」

 ジョーが見送りに立っていた。

「ジョーさんは大丈夫ですか?」

「ええ、直に夜も暮れるでしょうから、それまでに応急処置を済ませて、闇夜に紛れるとするわ。この隊はしぶといから、生き延びるだけなら何とかなるでしょ。それよりも問題は君よ」

「俺?」

「ええ、群盗は駅を目指して追跡を続けるはずだから、まっすぐ行くのが得策かどうか。といっても、下手に遠回りなんかすれば追いつかれるだけ。トウセキの行動には注意しておきなさい」
「分かりました。ありがとうございます」

「じゃあね、無事で」

 ユーゴは列車に背を向けて、険しい山間の道を歩き出した。
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