59 / 71
6章 湧き出る盗人
11、シノの過去
しおりを挟む◇
暗殺部隊での訓練を積んだシノは、長い休暇を取得してアヴィリオンに向かった。
そこにトウセキがアンナを囲っている家があり、トウセキは週に二度はそこを訪れると知っていた。
シノはその場所を探し当て、昼間、アンナが家を出たすきにその家に侵入し、トウセキだけが飲むという酒に大量の眠り薬を流し込んだ。
そして、トウセキが来るのを待ち、夕食をとったトウセキが酒を飲んで、眠ってしまうのを待った。
アンナはいつもより早く眠ってしまったトウセキを不思議に思ったものの、あえて起こすようなことはしなかった。
不愉快な男と同じ空間にいるのが嫌で、その日はソファで寝ることにした。
二人が寝静まると、シノは鍵をあけて家の中に侵入した。
そして、トウセキの枕元に立った。
闇夜のなかでナイフが濡れたように輝いていた。
「やめて、兄さん……」
シノは振り返った。
部屋の入り口にはアンナが立っていた。
シノは真正面から彼女を見て、ひどくショックを受けた。
アンナはゆったりとした部屋着を着ていたが、それでもずいぶん太ったとシノは思った。
十二歳のアンナは痩せていて、快闊な娘だった。それが今では肉付きはいいが、どこか不健康そうな肥え方をしていた。
外出を制限されているのかもしれないし、以前のように遊んだり、畑仕事を手伝うことがないからだろう。
その顔は月夜に照らされて、幽霊かと見間違えるほどに白かった。
その瞳には表情のかけらも浮かんでいなかった。
「起きたか……音がしたか?」
「ううん、なんとなくそんな気がしただけ。その人が夕食を食べてすぐに眠ってしまうことなんて一回もなかったから」
「そうか。そっちで待っててくれ。すぐに自由にしてやる」
シノはナイフを握りなおすと、トウセキの首に突き刺さるよう刃先の角度を合わせた。
シノは凄惨な光景を妹に見せまいと思った。
しかし、アンナはその場から動こうとはせず、シノを虚ろな眼差しで見つめていた。
「やめて! 兄さん!!」
「なぜ?」
「トウセキを殺したら、きっと私たちの村は仕返しに合うわ。だって、そうでしょう? 私の住んでいる家で殺されたとしたら、私が犯人を部屋に招き入れたと思われるもの。それに私がトウセキを離れたがってるのは……みんな知ってることだから」
「いわれのない仕返しを恐れる必要はない。どうして、群盗のボスが殺されたからといって、無理やりかどわかした娘の故郷が恨まれなきゃいけないんだ?」
「そんなのが通用しない相手なのよ。奴らに大事なのは自分たちのメンツだけ」
「うちの村は大丈夫だ。やつらの縄張りからは一番遠しいし、それほど裕福じゃない」
「いいえ、兄さんも分かってるでしょう? 二度と同じことが起こらないよう、徹底的に見せしめをするのが彼らのやり方よ。自分たちが正しいかどうかは、自分たちが決める。周りが決めることじゃない」
「アンナが気にすることじゃない。君は自分が幸せになることだけを考えるんだ」
シノは言いながら、ナイフをトウセキに振りかざした。
「やめて!!」
アンナがシノに飛びついた。
シノは思わず手を止めた。
「私がどうしてここにいるか、分かってないの? お母さんとお父さんを守るためよ。二人だけじゃない。村の全員が、平和で不安なく暮らせるように。そのために私はここにいるの。だって、そうでしょう? 私が我慢できたら、それでみんなが幸せに暮らせるんだもの。私の我慢を無駄にするようなことはしないで……」
「このまま彼を野放しにしろというのか? それが正しいとでも?」
「こんなやり方はうまくいかないって言いたいの」
アンナは静かに言った。
「じゃあ、どうしろというんだ」
「トウセキを捕まえて。彼を公明正大な裁判によって裁いてちょうだい。それなら私たちの集落に恨みが向くことはないわ。お願い、兄さん。わたしがかわいそうだと思うのなら、トウセキを具体的な罪名のもとに捕まえて」
アンナは矢継ぎ早に言った。
「それなら奴らも納得するわ。裁判所を相手に復讐するなんてできっこないもの。でしょ」
「それなら、わたしは何の心配もなく村へ帰れる……それまでの間、わたしは頑張って我慢してみせるから……」
アンナの言ったことに納得したわけではなかったが、シノはそのまま帰るしかなかった。もし、ここでトウセキを殺して、彼女の言ったとおりになれば、彼女のしてきたことをすべて無駄にしてしまう。
シノはそれに耐えられなかった。
アンナはそれ以上に、深い悲しみを背負うことになるだろうと思った。
シノはその日、アンナに見送られて王都へ戻ると、暗殺部隊からの異動を願い出た。
もっと強くなるべきだと思った。潜入や、暗殺の能力ではなく、野をかけ、剣を振るい、敵を撃ち抜く能力が必要だと思った。
そうすれば、トウセキを捕まえることができる。
そのために、こういった特殊な任務に携わることのできる威力騎馬隊に入隊した。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる