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5章 運ばれゆく罪人
9、このよだれくりを食い漁れ!
しおりを挟む十分、十五分と時間が経っても、トウセキは大人しく寝転がっていた。
流石のトウセキも諦めたか。
ユーゴはそう思って、再び眠りにつこうと努力し始めた。
そのときだった。
ユーゴはトウセキがもぞもぞと動きながら、自分の方に近づいてくるのに気が付いた。
何をするつもりかと警戒をはじめたとき、トウセキはユーゴの顔を鷲掴みにすると、アントンの鼻先に持って行った。
「うわあっ」
ユーゴはパニックになって四肢を暴れさせた。
うまく力が入らず、床をのたうち回るだけだった。
アントンは驚いたように体をもたげ、今しがた突き出された、エサともオモチャともつかない物体を嗅ぎ漁っていた。
ユーゴの髪の毛の中をブタの鼻が嗅ぎまわし、濡れた鼻息が頭皮にかかった。
「おい、ブタの様子がおかしいぞ」
トウセキはふいに声をあげた。
「なんだ?」
「隣の囚人が食われてる!」
トウセキは暗闇の中で叫んだ。
よだれくりの兵士からは、薄明るいランプの光に照らされて、ユーゴが暴れさせる足しか見えていなかった。
「ちくしょう! やめるんだ!!」
よだれくりの兵士は檻の鍵を開けると、ユーゴを嗅ぎ漁るブタに近づいた。
次の瞬間、トウセキはよだれくりの兵士の足を薙ぎ払い、彼を組み倒した。
そのまま彼の顔面に蹴りを入れ、前歯を折ってしまう。
トウセキはユーゴの口をふさいだまま立ち上がると、よだれくりの兵士の喉を踏みつけた。
よだれくりの兵士は助けを呼ぶこともできず、なんとか足をどけようともがいた。
そこに血の匂いを嗅ぎつけたアントンが近づいてきた。
エサはこっちかと言わんばかりに鼻を鳴らし、よだれくりの兵士の顔面にむしゃぶりついた。
「ひえっ……」
ユーゴはトウセキに口を塞がれたまま戦慄していた。
アントンはどこか甘美な表情をしながら、すっかり人間の味を覚えた舌で、ぴちゃぴちゃと不快な音を立てている。
そこにバキバキと骨を砕くような音が混じった。
家畜とはいえ、それは生への渇望に突き動かされた獣だ。
そのうえ討伐隊が与える日に二度のエサはアントンには物足りなかったようだ。
「ほら食え……人の味を覚えたアントン坊や……」
「うぐぐ――んんっ――」
ユーゴは必死に声をあげようとした。
「さあ、食うんだ。このよだれくりを食い漁れ!」
トウセキはユーゴを押さえつけながらアントンの食べっぷりを愉快そうに眺めていた。
ユーゴは四肢を暴れさせ、なんとかトウセキを振りほどこうとした。
しかし、手錠で繋がれていたせいで、両腕は糸のからまった操り人形のように、胸の前で小さく揺れるだけだった。
助けを呼ばなければ!
声をあげ、シノを呼び、トウセキの仕業を止めさせなければ……。
ユーゴはぐらぐら・ウィリーに気づいてもらおうと、足をばたつかせた。
檻の格子を力いっぱい蹴った。
トウセキに捕まれて宙に浮いている状態では蹴りに体重を乗せることができず、鉄格子を小さくかすめただけだ。
「んんん……!! んんん……!!」
ユーゴは心の中で罵り声をあげた。
起きろ、この酔っ払いが!!
クソ、どうして眠ってられるんだ!! お前が起きて助けを呼ばなければ、トウセキはこいつを食い殺させて、その何の役にも立たなくなった檻から出て行くんだぞ!
ユーゴはあがいた。
酔っ払いじゃなくてもいい。とにかく、誰かを起こさないと。
ユーゴはそこで視線を下ろし、手枕で寝転がるユズキエルを見た。
「ああ……」
驚愕の息が漏れた。
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