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4章 最後の囚人
5、命を差し出すものには、あらゆるものを差し出さなければいけない
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シノは規則にうるさく、観念的な正義を忠実に実践するところがあった。
それでも以前はもう少し柔軟で、たとえこの冒険者を助けるにしても、もう少し人間味のある理由を見つけたはずだ。
それが今では「正当である」ことに固執していた。
この任務に携わったときからだ。
シノは明らかに自分自身を抑圧していた。そして、「規則を重んじる指揮官」の仮面をつけている。
ジョーはため息をつき、籠手を外した。
手の甲に刻まれた紋章を晒す。
ジョーはマティアスに手をかざし、起動詠唱を唱えた。
紋章を起動させると同時に、体内から魔力が吸い上げられていくのが分かる。体内の魔力を吸いつくされないうちに、シリンダーの栓を抜いて、ポーションを紋章に滴らせた。紫色の液体は砂地に水をまいたように吸い込まれていき、一滴も手の甲から落ちることがない。
紋章が喜んでいるかのように輝きを増す。
冒険者にかざした手から光の粒子が降り注いでいた。
「無駄だ。この男の魂をあたしが破壊したからな」
人の姿をしたドラゴンの娘は、力なく目を開けて言った。
「助けられるわ。我が家に伝わるこの紋章ならね」
体内の魔力をすべて吸い尽くしかねないこの紋章は、魔導士の使う法具とは一線を画していたし、魔晶石を爆発させて推進力を得る魔銃とも違った。
それはレベルが違うとか、技術力が違うといった意味ではなく、根本的に体系が違っていた。魔導士のそれや、魔銃等の道具は、いわば科学だった。
条件さえ整えてやれば、誰が使っても、いつ使っても同じような結果が得られる。再現性があり、それゆえにここまで高度な発展を遂げた。
一方、一部の貴族や王族のみが受け継ぐ紋章は、どちらかというと呪いに近かった。否応なく与えられ、善かれ悪しかれ、その力に翻弄されるように生きなければならない。
それゆえに魔力の消耗が激しく、シリンダーがなければ、ジョーの魂を食らいつくしかねない。
ジョーは粒子を通じて、冒険者の体内を探り、傷口の奥深くに意識を滑り込ませていった。そして、胸の中で完全に破壊された魂の器を発見した。
「ちっ――」
ドラゴンの言う通りなら、これは厄介だと思った。
ジョーは空になったシリンダーを投げ捨てると、次の一本を手の甲に滴らせた。
「これじゃ足りないわ。シノ、弾はあとどのくらいある?」
紫色の液体が予想外の速さで減っていく。
蘇生魔法は、ただでさえ魔力を消費する。その上、破壊された魂器を修復するとなれば、その量は計り知れない。
三本目でも足りないか。
シノは三本目のシリンダーの栓を抜いた。
防御魔法ならシリンダー三本で城を顕現させることもできたし、攻撃魔法なら町を焼き尽くすことができる量だ。
「何発あれば足りますか?」
「一〇〇発――、いや、一五〇発あれば足りるんだけど――」
「七十五発が限度です。それ以上は戦にならない」
シノは背嚢の中から銃弾箱を取り出すと、薬莢底部を分解し、薬室から砂状に粉砕された魔晶石を取り出した。
シノは空いたシリンダーにそれを入れて行く。
銃弾を分解しては微量の魔晶石を注ぐという果てしない作業を続けた。
「お前たちは――騎士団の人間だな?」
大人しく目を閉じていた冒険者は、自分の容体が決して安泰ではないと悟って口を開いた。
「そうだ」
「このドラゴン、ユズキエルはアヴィリオン近郊の修道院を焼き尽くし、聖痕を破壊した。アヴィリオンだけじゃない。イーシャも、ヴァスケイルも、近隣の町の教会はすべてこの龍に焼かれたのだ」
「知ってるさ。昨日から何度もその噂を聞いたよ」
「俺が死んだら、このドラゴンを代わりに殺してほしい」
「人殺しを代わりにしろと?」
「そうじゃない。ドラゴンの血は強壮薬になる。そいつを殺して血を飲み干せば、次の戦で獅子奮迅の働きをすることができるぞ」
「あいにく、俺たちは戦争に行くんじゃないんだ。トウセキをベルナードまで運ぶ際中なんだ」
「トウセキ!! はっ!! あいつもとうとう捕まったか。それであんたらは荒野の狂熊にわざわざ裁判を受けさせようってわけか」
「どんな犯罪者でも適切に扱うべきだろう」
「そうか、それならなおいい。この龍をベルナードまで運んでくれ。この龍を数々の修道院を破壊した咎で裁いてくれ」
「龍なんて俺たちには扱いかねる。あんたがどこになと連れて行けばいい」
シノは首を振った。
「俺が封印したから今は大した力は出せないさ。あのトウセキでさえ裁判を受ける権利があるんだ。このドラゴンにもそのチャンスを与えてやるべきじゃないか?」
「こいつはモンスターだよ。犯罪者じゃない」
「長年、ドラゴンを追っていると、人間とドラゴンの差とは一体どれほどのものだろうって思うんだ。もしかしたら、こいつと俺たちはそう違ってはなくて、ちょっとした利害関係や、立場の違いで分かり合えることもあるんじゃないかってな。それに比べて、トウセキ、あいつはダメだ。心の底まで腐ってて、どうしようもない」
「それには同感だ」
シノは銃弾を分解する手を休めずに言った。
「そんなトウセキにすら裁判を受ける権利があるなら、ユズキエルにも裁判を受けさせてやってもいいと思ったんだ。あと純粋にどんな答弁が出るのか聞いてみたいじゃないか。ドラゴンが教会を焼き尽くし、中にいる人間が焼け焦げていくのを見ているときの気持ちをよ」
「興味がないわけじゃないが、ドラゴンなんて扱いかねる。うちにはもうややこしい囚人がわんさかいるんでな。そいつはあんたが回復して、連れて行くんだ」
「おう、命を差し出すものには、あらゆるものを差し出さなければいけない――じゃ、なかったのか?」
冒険者はおもむろに切り札を出した。
ここで押し引き問答を続けるのにいささか疲れたようだった。
それでも以前はもう少し柔軟で、たとえこの冒険者を助けるにしても、もう少し人間味のある理由を見つけたはずだ。
それが今では「正当である」ことに固執していた。
この任務に携わったときからだ。
シノは明らかに自分自身を抑圧していた。そして、「規則を重んじる指揮官」の仮面をつけている。
ジョーはため息をつき、籠手を外した。
手の甲に刻まれた紋章を晒す。
ジョーはマティアスに手をかざし、起動詠唱を唱えた。
紋章を起動させると同時に、体内から魔力が吸い上げられていくのが分かる。体内の魔力を吸いつくされないうちに、シリンダーの栓を抜いて、ポーションを紋章に滴らせた。紫色の液体は砂地に水をまいたように吸い込まれていき、一滴も手の甲から落ちることがない。
紋章が喜んでいるかのように輝きを増す。
冒険者にかざした手から光の粒子が降り注いでいた。
「無駄だ。この男の魂をあたしが破壊したからな」
人の姿をしたドラゴンの娘は、力なく目を開けて言った。
「助けられるわ。我が家に伝わるこの紋章ならね」
体内の魔力をすべて吸い尽くしかねないこの紋章は、魔導士の使う法具とは一線を画していたし、魔晶石を爆発させて推進力を得る魔銃とも違った。
それはレベルが違うとか、技術力が違うといった意味ではなく、根本的に体系が違っていた。魔導士のそれや、魔銃等の道具は、いわば科学だった。
条件さえ整えてやれば、誰が使っても、いつ使っても同じような結果が得られる。再現性があり、それゆえにここまで高度な発展を遂げた。
一方、一部の貴族や王族のみが受け継ぐ紋章は、どちらかというと呪いに近かった。否応なく与えられ、善かれ悪しかれ、その力に翻弄されるように生きなければならない。
それゆえに魔力の消耗が激しく、シリンダーがなければ、ジョーの魂を食らいつくしかねない。
ジョーは粒子を通じて、冒険者の体内を探り、傷口の奥深くに意識を滑り込ませていった。そして、胸の中で完全に破壊された魂の器を発見した。
「ちっ――」
ドラゴンの言う通りなら、これは厄介だと思った。
ジョーは空になったシリンダーを投げ捨てると、次の一本を手の甲に滴らせた。
「これじゃ足りないわ。シノ、弾はあとどのくらいある?」
紫色の液体が予想外の速さで減っていく。
蘇生魔法は、ただでさえ魔力を消費する。その上、破壊された魂器を修復するとなれば、その量は計り知れない。
三本目でも足りないか。
シノは三本目のシリンダーの栓を抜いた。
防御魔法ならシリンダー三本で城を顕現させることもできたし、攻撃魔法なら町を焼き尽くすことができる量だ。
「何発あれば足りますか?」
「一〇〇発――、いや、一五〇発あれば足りるんだけど――」
「七十五発が限度です。それ以上は戦にならない」
シノは背嚢の中から銃弾箱を取り出すと、薬莢底部を分解し、薬室から砂状に粉砕された魔晶石を取り出した。
シノは空いたシリンダーにそれを入れて行く。
銃弾を分解しては微量の魔晶石を注ぐという果てしない作業を続けた。
「お前たちは――騎士団の人間だな?」
大人しく目を閉じていた冒険者は、自分の容体が決して安泰ではないと悟って口を開いた。
「そうだ」
「このドラゴン、ユズキエルはアヴィリオン近郊の修道院を焼き尽くし、聖痕を破壊した。アヴィリオンだけじゃない。イーシャも、ヴァスケイルも、近隣の町の教会はすべてこの龍に焼かれたのだ」
「知ってるさ。昨日から何度もその噂を聞いたよ」
「俺が死んだら、このドラゴンを代わりに殺してほしい」
「人殺しを代わりにしろと?」
「そうじゃない。ドラゴンの血は強壮薬になる。そいつを殺して血を飲み干せば、次の戦で獅子奮迅の働きをすることができるぞ」
「あいにく、俺たちは戦争に行くんじゃないんだ。トウセキをベルナードまで運ぶ際中なんだ」
「トウセキ!! はっ!! あいつもとうとう捕まったか。それであんたらは荒野の狂熊にわざわざ裁判を受けさせようってわけか」
「どんな犯罪者でも適切に扱うべきだろう」
「そうか、それならなおいい。この龍をベルナードまで運んでくれ。この龍を数々の修道院を破壊した咎で裁いてくれ」
「龍なんて俺たちには扱いかねる。あんたがどこになと連れて行けばいい」
シノは首を振った。
「俺が封印したから今は大した力は出せないさ。あのトウセキでさえ裁判を受ける権利があるんだ。このドラゴンにもそのチャンスを与えてやるべきじゃないか?」
「こいつはモンスターだよ。犯罪者じゃない」
「長年、ドラゴンを追っていると、人間とドラゴンの差とは一体どれほどのものだろうって思うんだ。もしかしたら、こいつと俺たちはそう違ってはなくて、ちょっとした利害関係や、立場の違いで分かり合えることもあるんじゃないかってな。それに比べて、トウセキ、あいつはダメだ。心の底まで腐ってて、どうしようもない」
「それには同感だ」
シノは銃弾を分解する手を休めずに言った。
「そんなトウセキにすら裁判を受ける権利があるなら、ユズキエルにも裁判を受けさせてやってもいいと思ったんだ。あと純粋にどんな答弁が出るのか聞いてみたいじゃないか。ドラゴンが教会を焼き尽くし、中にいる人間が焼け焦げていくのを見ているときの気持ちをよ」
「興味がないわけじゃないが、ドラゴンなんて扱いかねる。うちにはもうややこしい囚人がわんさかいるんでな。そいつはあんたが回復して、連れて行くんだ」
「おう、命を差し出すものには、あらゆるものを差し出さなければいけない――じゃ、なかったのか?」
冒険者はおもむろに切り札を出した。
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