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3章 荒野の麗人
4、駄ブタのアントン
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中に入ると中年男の背後に首輪に繋がれたブタがいて、中年男はその綱を握っていた。どうやら少女はその綱を取り返そうとしているようだった。
「イヤ!! 返して!! うちで飼うの!」
「バカ言うな、こんなブタがうちで飼えるわけがない! そんなことしたらお前も食い殺されてしまうぞ、コラリー」
「そんなことないわ!! アントンはそんな悪い子じゃない!! しっかりエサをやってれば、人間を食べるなんてしないはずよ」
「いいや、このブタはすっかり味をしめている。そうなったら普通の人間に扱える動物じゃなくなるんだ!」
中年男は諭すように言い、少女に決して綱を渡そうとはしなかった。
「どうしましたか?」
止めに入ったシノを見て、中年男は顔を青くしていった。
「いや、まずいところを見られたな……別に、兵隊さんの手を煩わせることもないんですよ」
そういって男は「コラリー!! おめえが、駄々をこねるからこうやって兵隊さんの世話になることになったんだぞ!」
と少女を叱った。
その様子からして、それは男の娘のようだった。
「通りがかっただけのことだ。そう叱ってやるな」
「すみません」
人のいい男のようで、男は申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる。
「実はですね、これを見てもらえれば話が分かると思うんですが……」
男はそういってポケットから古い新聞を取り出した。一枚だけ抜き出した新聞をわざわざ取っておいたようで、ある記事が表に来るようきれいに折りたたまれている。
「駄ブタのアントン……、レイン家の下男を食い殺す?」
煽情的な見出しが目に飛び込んできた。
「へえ、そうなんです。二週間前の記事なんですがね、ヴァスケイルでそのブタがどうも人を食い殺したそうなんですよ。それがまた派手に食い散らかしたそうでして……」
男はその事件について語った。
シノを前に緊張してか、あまりに力を入れて語ったので、それはまるで見てきたような話ぶりだった。
話はある乾燥した日の黄昏時だった。
ヴァスケイルにかぎらず、この国ではブタを重要な家畜として扱われていた。ブタは捨てるところのない優秀な家畜であり、骨は装飾品に、革は服や馬具の素材になった。
またヴァスケイルの山で取れる貴重なキノコを採る際もブタが活用された。
糞便でも生ごみでもなんでも食い漁るブタは放し飼いにされ、自由に街の中を歩き回ることができた。
そのためこういった事件はその残虐性こそ様々だが、この国ではそれほど珍しいことではなかった。
レイン家の下男がどうしてそこを歩いていたのかは分からない。
朝から使いにやったきり中々帰ってこず、またどこかでボードゲームにでも興じているのだろうと、家のものが怒っているときだった。
レイン家の下男は、寂しい裏路地を歩いていた。
そこで足を滑らせたのか、ふいに激しい眩暈に襲われたかして倒れてしまった。そして、頭を撃ったのか、あるいは倒れた時点ですでに気を失っていたのか、起き上がることはなかった。
そこに放し飼いにされていたアントンと呼ばれるブタが通りかかった。
アントンは腹を空かせていた。
レイン家の下僕はすっかり気絶しており、全く動く気配がなかった。
アントンはレイン家の下僕の喉に食らいついた。
「珍しい話じゃないわね」
ジョーは言った。
「ええ、まあうちの親父も似たようなことを話してましたからね。ブタは油断がならないから気をつけろって。でも、ここからが重要なんですよ。アントンはすぐに捕まえられて尋問にかけられました」
この国では家畜は人間と同じ扱いを受ける。そのためブタが人を食い殺したときはブタも同じように調書を取るのだという。
「それで?」
「アントンは取調官に自分の罪を自白したようなんです」
「ブタが自白なんてするかしら?」
「まあ、そう聞こえたんでしょうね。鳴き声ってのは聞きようですから。それで、死刑が決まったんですが、なんと死刑の当日になって縄が傷んでたのか、結びようが悪かったのか、アントンは脱走したんです。そのまま行方知れずになった」
レイン家はヴァスケイルの有力者になりつつあり、家のメンツには敏感な時期だった。
下男をブタに食い殺されただけでも良い面の皮なのに、そのうえブタが脱走したとなると黙ってはいられなかった。
レイン家は駄ブタのアントンの首に懸賞金をかけ、ヴァスケイル近隣の村や町に周知した。
「なるほどね。そのアントンをあなたが見つけたと」
「厳密には私じゃなくって、コラリーなんですがね、こいつがこのブタを飼うって聞かないんだ。それで今、叱ってたところなんです。こんなブタ飼えっこない。父ちゃんが明後日にはヴァスケイルに持っていくんだって」
「そういうことだったのね」
ジョーは苦笑した。聞いてみればそれほど深刻なトラブルには思えなかった。
「どうしてそのブタがアントンだってわかったんだ?」
「イヤ!! 返して!! うちで飼うの!」
「バカ言うな、こんなブタがうちで飼えるわけがない! そんなことしたらお前も食い殺されてしまうぞ、コラリー」
「そんなことないわ!! アントンはそんな悪い子じゃない!! しっかりエサをやってれば、人間を食べるなんてしないはずよ」
「いいや、このブタはすっかり味をしめている。そうなったら普通の人間に扱える動物じゃなくなるんだ!」
中年男は諭すように言い、少女に決して綱を渡そうとはしなかった。
「どうしましたか?」
止めに入ったシノを見て、中年男は顔を青くしていった。
「いや、まずいところを見られたな……別に、兵隊さんの手を煩わせることもないんですよ」
そういって男は「コラリー!! おめえが、駄々をこねるからこうやって兵隊さんの世話になることになったんだぞ!」
と少女を叱った。
その様子からして、それは男の娘のようだった。
「通りがかっただけのことだ。そう叱ってやるな」
「すみません」
人のいい男のようで、男は申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる。
「実はですね、これを見てもらえれば話が分かると思うんですが……」
男はそういってポケットから古い新聞を取り出した。一枚だけ抜き出した新聞をわざわざ取っておいたようで、ある記事が表に来るようきれいに折りたたまれている。
「駄ブタのアントン……、レイン家の下男を食い殺す?」
煽情的な見出しが目に飛び込んできた。
「へえ、そうなんです。二週間前の記事なんですがね、ヴァスケイルでそのブタがどうも人を食い殺したそうなんですよ。それがまた派手に食い散らかしたそうでして……」
男はその事件について語った。
シノを前に緊張してか、あまりに力を入れて語ったので、それはまるで見てきたような話ぶりだった。
話はある乾燥した日の黄昏時だった。
ヴァスケイルにかぎらず、この国ではブタを重要な家畜として扱われていた。ブタは捨てるところのない優秀な家畜であり、骨は装飾品に、革は服や馬具の素材になった。
またヴァスケイルの山で取れる貴重なキノコを採る際もブタが活用された。
糞便でも生ごみでもなんでも食い漁るブタは放し飼いにされ、自由に街の中を歩き回ることができた。
そのためこういった事件はその残虐性こそ様々だが、この国ではそれほど珍しいことではなかった。
レイン家の下男がどうしてそこを歩いていたのかは分からない。
朝から使いにやったきり中々帰ってこず、またどこかでボードゲームにでも興じているのだろうと、家のものが怒っているときだった。
レイン家の下男は、寂しい裏路地を歩いていた。
そこで足を滑らせたのか、ふいに激しい眩暈に襲われたかして倒れてしまった。そして、頭を撃ったのか、あるいは倒れた時点ですでに気を失っていたのか、起き上がることはなかった。
そこに放し飼いにされていたアントンと呼ばれるブタが通りかかった。
アントンは腹を空かせていた。
レイン家の下僕はすっかり気絶しており、全く動く気配がなかった。
アントンはレイン家の下僕の喉に食らいついた。
「珍しい話じゃないわね」
ジョーは言った。
「ええ、まあうちの親父も似たようなことを話してましたからね。ブタは油断がならないから気をつけろって。でも、ここからが重要なんですよ。アントンはすぐに捕まえられて尋問にかけられました」
この国では家畜は人間と同じ扱いを受ける。そのためブタが人を食い殺したときはブタも同じように調書を取るのだという。
「それで?」
「アントンは取調官に自分の罪を自白したようなんです」
「ブタが自白なんてするかしら?」
「まあ、そう聞こえたんでしょうね。鳴き声ってのは聞きようですから。それで、死刑が決まったんですが、なんと死刑の当日になって縄が傷んでたのか、結びようが悪かったのか、アントンは脱走したんです。そのまま行方知れずになった」
レイン家はヴァスケイルの有力者になりつつあり、家のメンツには敏感な時期だった。
下男をブタに食い殺されただけでも良い面の皮なのに、そのうえブタが脱走したとなると黙ってはいられなかった。
レイン家は駄ブタのアントンの首に懸賞金をかけ、ヴァスケイル近隣の村や町に周知した。
「なるほどね。そのアントンをあなたが見つけたと」
「厳密には私じゃなくって、コラリーなんですがね、こいつがこのブタを飼うって聞かないんだ。それで今、叱ってたところなんです。こんなブタ飼えっこない。父ちゃんが明後日にはヴァスケイルに持っていくんだって」
「そういうことだったのね」
ジョーは苦笑した。聞いてみればそれほど深刻なトラブルには思えなかった。
「どうしてそのブタがアントンだってわかったんだ?」
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