17 / 71
3章 荒野の麗人
1、これくらいの傷で死んだことはない
しおりを挟む◇
医者は止血を終えたアンナを隣の物置に移して、一向にまとまらない男たちの相談に加わった。
「それでだ、この若者はどうするんだ?」
ユーゴは医者の方をちらりと見た。
アンナの容態について質問したかったが、職人風の男に殴られる気がして、口を開くことができないでいた。
「吊るし首にしよう。こっちで落とし前をつけりゃ、トウセキだって報復はしてこないだろう」
まるでユーゴ一人を吊るし首にすれば事件そのものがなかったようになると信じているようだった。
どうせ皆殺しだ。
ユーゴは心の中で毒を吐いた。
「どうかな、自分の女が別の男と死のうとしたんだぜ」
「俺たちに落ち度はねえよ。いち早く、部屋に駆けつけて、アンナさんを助けようとしたんだ。そうだよな? 俺たちはやるべきことをちゃんとやったよな?」
宿屋は職人風の男に何度も同意を求めた。
「まあ、息があるうちに医者のところに運んだという点では……」
「だろう? こいつさえやっちまえば、よくやったと褒めてもらえるかもしれねえ」
「どうかな。彼らを部屋まで通したのは君だろう」
医者が宿屋の主人に言った。
「いっそ、宿屋も一緒に吊るし首にするか」
「おい、冗談だろう?」
宿屋が懇願するように職人風の男に目を向けた。
「君の言い分はどうなんだ? 一緒に死のうと言い出したのは君か? それとも彼女かい?」
医者そこで初めてその存在に気が付いたように、ユーゴに向き直った。
「俺は死のうとなんかしてない。アンナが死ぬのを見届けたら、王都で暮らせと言われていたんだ」
ユーゴは手錠の隙間に指を入れ、蒸れてきた手首をさすった。
先ほどまではアンナと繋がれていたのだが、その後、治療の際に医者が谷間から覗いたカギを見つけ、職人風の男に手渡した。
職人風の男はアンナの手錠を外すと、あらためてユーゴの両手を繋いだ。
「にしては、手錠までしていたじゃないか」
「アンナがしたんだ」
「なぜ?」
「知るか。死のうとしたやつのすることだ」
ユーゴはぶっきらぼうに言って視線をそらした。
「とにかく、トウセキにバレないようにしないとな。なんとか時間を稼いで、そのあいだにアンナさんの回復をまとう」
「俺が――なんだって?」
ふいに扉が開き、ユーゴたちは一斉に振り返った。扉の前に立っていたのは、クマの毛衣に、クマの頭骨を被った男だった。
一瞬で場が静まり返る。
「はあ――はあ――厄介なところに貰っちまったな」
トウセキは部屋を見渡し、自分が座るべきところを探した。
以前、来たときにあった診察台はどこにもなく、ブリキのバケツの中には血まみれの手術器具が置いてある。
「先客があったようだな? ヤブ医者」
「ああ、ちょっと治療をしていたところだったんだ。こっちに座るといい」
医者は言うと、男たちを立たせて、部屋の真ん中にソファーを引きずっていった。
「弾を取り出してくれ」
トウセキは服をたくし上げ、左の脇腹を医者に見せた。
皮膚が破け、痛々しく陥没した奥にギラリと光る弾丸が見えた。それは着弾の衝撃で大きくひしゃげたようで、傷口の内部をむちゃくちゃに引っ掻き回していた。
「これは酷いな……」
医者は言って職人風の男に意味ありげな視線を送った。
傷の深さからして、どこから来たにせよ、歩いてここまで来れたのが不思議なくらいだった。まともに動ける状態ではなく、トウセキは衰弱していた。
腹部に傷を負っているこの状況なら、四人がかりで立ち向かえばトウセキをやれる可能性はあった。
しかし、職人風の男は首を横に振った。
いざトウセキを前にすると先ほどの威勢も消え、腹から血を流して悶える獣を前にすっかり怯えきっている。
医者は頷いて、トウセキの治療をすることにした。
「麻酔なんかいるかよ。ハンバーグ・ジョーがそこまで来てるんだ。お前は弾だけ取ってくれればいい」
トウセキは医者が差しだした薬を押しのけた。
「しかし、これは相当痛むだろう」
「良いから抜いてくれ」
「暴れるんじゃないぞ」
「一々分かり切ったことを言うな。お前は、この前と同じようにやればいいんだ」
「分かったよ」
医者は言うとテーブルの上に放り出してあった鉗子の中から適当なものを手に取り、傷口に挿しこんだ。
「くっ――」
ひしゃげた弾は周囲の肉を巻き込みながら傷口を押し広げ、少しずつその頭を出していく。血管を傷つけたのか、血がどばどばとあふれ出し、トウセキが「ふーっ」と息を吐いた。
普通であれば、悶え苦しんでもおかしくはないはずで、ユーゴは深呼吸ひとつで激痛をやり過ごす獣を驚愕の眼差しで見つめていた。
医者はトウセキの腹から弾を取り出すと、鉗子ごとブリキのバケツに放り込んだ。そのまま薬品棚から軟膏を取り出し、井戸のような暗い傷口に薬を塗ろうとした。
「妙なモノを塗るな」
トウセキは医者の手を乱暴に押しのけた。
「すごい血だぞ」
「これくらいの傷で死んだことはない」
トウセキが重たそうに身体を持ち上げると、ソファーには血だまりができていた。
「前の客は助かったのか?」
トウセキは言って扉のしまった物置に視線をやった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。
転生はデフォです。
でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。
リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。
しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。
この話は第一部ということでそこまでは完結しています。
第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。
そして…
リウ君のかっこいい活躍を見てください。
虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~
すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》
猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。
不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。
何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。
ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。
人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。
そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。
男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。
そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。
(
異世界で俺はチーター
田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。
そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。
蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?!
しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる