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2章 二人の悪人

4、その言葉を言い終える前に、シノは動いた

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 ヴァスケイルで異常な密度の龍鉱石が採取されたことは、先週あたりから大きな噂になっていた。

 龍鉱石はその名の通り、龍脈から採掘できる特殊な石で、言い伝えでは龍を封印することができるという。
 その言い伝えを確かめた者はいないが、強いエネルギーを秘めているのは確かで、それゆえ魔導士たちにとっては巨大な動力源として高値で取引された。
 その龍鉱石の中でも他に類を見ないほどの上物が採掘されたのだという。
 龍鉱石は冒険者ギルドで厳格に保管され、数日のうちに列車でベルナードに運ばれることになっていた。

 トウセキは列車を襲うに際して、最重要と思しき獲物は必ず自身が持ち歩くことにしている。

 トウセキは龍鉱石を自分の目で確かめるために、必ずこの車両に乗り込んでくるはず。

 そこをシノ率いる威力騎馬隊第十七隊が捕獲する算段だった。

「こ、降伏だ。降伏する!!」

 外で誰かがそう叫び、ひときわ大きな馬に乗った巨漢に向かって銃を放った。
 その瞬間、銃声は一斉に止み、不気味な静けさの中、降伏を宣言した者たちが緩慢な動きで列車から姿を現す。

「バカ野郎……」

 デュアメルはココナッツヘルムをゴンッと殴りつけた。
 デュアメルは背を低く保ちながら、トウセキの姿を確認した。
 トウセキはたっぷり間を取り、降伏者が一人、また一人と続くのを待った。
そして、それ以上降伏するものがいないと確認すると、隣で二丁拳銃を構えるダンと呼ばれる若者に視線を送った。

「撃て」

 ダンの冷酷な声とともに、群盗は無防備な男たちに一斉に引き金を引いた。
 降伏を申し出た冒険者たちが無防備のままハチの巣にされていく。
 銃弾が衣服を食い破る音とともに、血煙が舞う。
 列車の中にまで血の匂いが立ち込める。

「シノ、今なら助けられるけど?」

 ジョーが車両の中を這うように近づいてくると、ガントレットに覆われた手の甲を指さした。
 そこには貴族の家系がそれぞれに持つ独自の呪印が施されている。ジョーが回復魔法の類を使用したがっているのだとわかった。

「いや、今俺たちがいることを知られるわけにはいかない」
「じゃあ、見殺しにするわけね?」
「彼らも覚悟していた」
「降伏するくらいなら、一目散に逃げればよかったんだ」
「にしても無駄死には虚しいに」
 レナが暗い表情で囁いた。

「無駄死にとは言えんかもな」

 シノは言って、運転室の屋根に視線をやった。
 ぐらぐら・ウィリーがいつの間にか屋根の上にあがっており、這いつくばるようにして銃を構えている。
 そして、ぶるぶると震える指を引き金の用心鉄の中に挿し入れ、狙いを定めて射撃した。
 ドンッ。
 列車全体に振動が伝わり、デュアメルは顔をあげて外の様子をうかがった。

 ぐらぐら・ウィリーが撃った弾はトウセキの肩をかすめ、彼が愛用していた毛衣の熊毛をわずかに散らしただけだった。

「屋根の上だ!!」

 ダンがウィリーを指さし、一斉に射撃が始まった。

「おっかねえ……」

 ウィリーは悲鳴をあげながら、転げ落ち、射線を切るように連結部に身を縮めた。

 盗賊の馬が姿を見せると、車両の影へと慌てて逃げ込んだ。

 蹄の音がすぐそこまで迫る。

 咄嗟にデュアメルは動いてしまった。

「ジジイ、こっちだ」

 列車の窓を開けると、ウィリーに手を伸ばした。
 ぐらぐら・ウィリーは突然背後から首根っこを掴まれ、奇妙な体勢のまま体を縮めた。
 窓に肘や頭をぶつけながら、車両の床にたたきつけられた。

「すまねえな」

 ぐらぐら・ウィリーはぶるぶる震える手で額の汗を拭った。
 そして、ズボンの尻ポケットに入れた酒ビンの栓を震える手で抜き始めた。

「こんなときに飲むつもりか?」

「黙れ。身を潜めて、静かにしてるんだ」
 シノは言い、座席の影に二人を押し込んだ。
 VIP車両、側面のドアが開き、斥候に使わされた男が中に入ってきた。
 その人物は車両の中に人影が見えないことを確認すると、目の前に大きく張り出したVIP専用の個室の扉を開け、中で木箱を抱く鉄道会社の社員を見下した。

「中に護衛はいないのか?」
「全員、逃げるか死ぬかしたよ。まったく使えんやつらだ」

 鉄道会社の幹部は震える声で言い、斥候の男は頷いて車両の外に顔を出した。

「トウセキ様、殲滅完了です」
 ひときわ大きい馬に乗った、ひときわ大きい男が頷いた。

 トウセキは馬を降り、取り巻きの群盗に向かって言った。
「良いか? 龍鉱石は俺が預かる。それ以外は何をとっても構わんが、十五分で出発するぞ」

 トウセキは列車のドアに視線をやり、窮屈そうにかがんで中に入った。
 斥候にやった男がそうしたように、鉄道会社の社員に近づいた。

「今日は一段と賞金稼ぎが多かったようだな」
「賞金稼ぎじゃない。冒険者だ。正式にギルドに発注して、集まって貰ったんだが……」
「よくも雑魚ばかり集めたもんだ。その箱を寄こせ」
 鉄道会社の社員は埃まみれの制服で汗をぬぐった。

「お前たちには無用の長物だ。魔法は使えんのだろう?」
「あんたが心配することじゃない」
「しかし、これは……」
「あんたはただの社員だろう? それを寄こして、毎月の給料を今まで通り貰えばいい。死んだらつまらないだろ?」
 鉄道会社の社員は諦めたようにトウセキに木箱を渡した。
 トウセキはそれを開けた。
 中には藁が敷いてあり、そこに紫色に光る石が一つ。龍の目玉を思わせる丸い石で、よほど純度が高いのか下の藁が透き通って見える。
 トウセキは手の中で龍鉱石を転がし、その物質が発する不思議なぬくもりを確かめた。
 トウセキは列車の外に控えた群盗に向かって叫んだ。

「よし、次はお前たちの番だぞ」

 その言葉を言い終える前に、シノは動いた。
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