異世界列車囚人輸送

先川(あくと)

文字の大きさ
上 下
9 / 71
1章 哀れな牧人

8、それしかないかもな……

しおりを挟む
 部屋の外から、ドタバタと大勢の人間が階段を上がる音が聞こえてきた。

「アンナさん!! 入りますよ」

 誰かがドアの前で叫んだ。
 次の瞬間には、ドアが乱暴にノックされ、何者かがドアノブを握った。

 そして、カギがかかっていると知ると、男どもは躊躇うことなくドアを蹴破った。
 ベッドに二人の姿がないのを確認すると、慌ててシャワールームの中に飛び込んできた。
 男どもはシャワールームの床に広がった大量の血に目をやり、バスタブで身を寄せ合う二人を見た。

「アンナさんが腕を切ってる」

「ほら見ろ宿屋! トウセキの女がただの浮気のために宿に泊まるわけねえんだよ」
 職人風の男が宿屋の主人を怒鳴りつけた。
「だが、部屋に通さなきゃ、俺にレイプされたって言うって言うんだ」
 宿屋の主人が泣きそうな顔になる。
「良いから傷口を抑えろ、ドクターのところに運ぶぞ」
 男どもはアンナの身体を抱え上げた。
 鎖がチャリンと音を立て、ユーゴは引っ張られるように、腕を伸ばした。

「この野郎、手錠で繋がれてやがる」

「男は無事か」
「男なんかどうでもいい。宿屋、男を立たせろ。男も死んでるなら、お前がかつげ。歩けるようなら、二三発、どやしつけて歩かせろ」
「あの……胸元に鍵が――」
 ユーゴが話そうとすると、場を仕切っていた職人風の男から拳が飛んできた。

「黙ってろ。クソガキが」

 ユーゴは首根っこを掴まれ、引きずるように立たされた。
 振り返って、シャワールームを見ると、血は思っていたよりも勢いよく噴き出し、シャワールームの壁や、部屋の外にまで飛び散っていた。
 男どもはアンナをシャワールームから担ぎ出すと、蹴り破ったドア板に乗せて医者のとこに運び込んだ。
ユーゴは鎖でつながれたまま、宿屋の主人に小突かれながら後を追った。
 ユーゴはドア板からこぼれ落ちた血が、干からびた地面に点々と後を残すのを陰鬱な表情で見つめていた。


     ◇


 男どもは町の中心部にある医者の家までアンナを運ぶと、断りもせずに乱暴にドアを開けて中へと雪崩こんだ。
 町で唯一の医者は診察室も待合室もない狭苦しい一間にいて、怪しげなビンの並ぶ棚の前で背を丸めて座っていた。

 テーブルの端には医術、魔術、錬金術にまつわる分厚い本が積まれ、鉗子やメスといった原始的な治療器具がブリキのバケツに剥き出しのまま放り込まれている。

「ドクター」

「何があった?」
 医者が顔をあげた。

「トウセキの女が宿屋で腕を切りやがった」

「台の上に乗せろ」
 医者は慌てて立ち上がると、職人風の男に傷口を抑えるように言って、亜麻縄でアンナの腕をきつく縛った。
「手をどけて」
 医者は職人風の男に傷口から手をどけるように言った。

「これは酷いな」

 医者は言って顔をしかめた。
「ちょっと座らせてもらいますぜ。さっきから足の感覚がないんだ」
 職人風の男は傷口から手をどけると、青い顔をして薬品棚の前の椅子に腰を下ろした。それからテーブルの上にあったタオルで勝手に手を拭きはじめた。
「酒場のゴロツキでも血が見れないのか?」
「この町に住んでる奴、全員が人殺しなわけじゃない」
 宿屋の主人が言った。
「宿屋の言う通りだ。ふつう、他人の腕でもここまで切れねえよ」
 そういって男どもは憐れむような視線をアンナに向けた。

 医者はそれには返事をせず、薬品棚の前に立ち、薄汚れたビンを持って診察台に戻った。赤茶色の軟膏を傷口に塗りつけ、鉗子を使って不器用に傷口を縫いはじめた。

「助かりそうですか?」
「分からん」
「助けてもらわなくちゃあんたもあの世行きだ。町は火の海になる」

「私は助けることを考える。君たちは助からなかったときのことを考えておけ」
「これはどこの男だ?」
 職人風の男は診察台の脇で呆然と立ち尽くすユーゴを指さした。
「知らん」
「コンラッドのところの厩番じゃないか?」
 部屋の入り口に立っていた男が口を出した。
「本当か?」
「分からんが、午前中にロックヒルの前にいた」

「ああ、ロックヒルのオヤジ、コンラッドに馬を買い叩かれたってぼやいてたな」

「こいつを吊るし首にして、町の入り口に吊るしておくのはどうだ? トウセキもそれで納得してくれるかもしれん」
 突拍子もないセリフにユーゴは目を見開いた。

「それしかないかもな……」

 一同がその意見に賛同し、ユーゴはアヴィリオンが死の町であることを思い出した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。 そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。 召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。 だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。 多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。 それを知ったユウリは逃亡。 しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。 そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。 【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。 チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。 その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。 ※TS要素があります(主人公)

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...