きざみちゃん

よん

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時辰儀なき戦い

時辰儀なき戦い 8

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 最初にお爺様の元へ駆けつけたのは、後から声をかけたマイルド派の政吉だった。
 そりゃそうよね。
 彼ってば、さっきまでこの部屋にいたんだもの。
 ちなみに、マジックハンドの銀二はこのすぐ近くに囲ってある愛人宅でよろしくやっている最中とのこと。
 この非常時に何ともお盛んだわね。
 素朴な疑問だけれど、指が2本でお胸が揉めるのかしらん。
 せいぜい乳首をコリコリっと摘むくらいが関の山じゃなくて?

「伯父貴……う、嘘だろ? 何でこんな急に……う、う、うわあああッ!!!」

 このシリアスな絶叫で、五社ムービー的な濡れ場妄想から我に返るあたし。
 一方、まだ死後硬直していないお爺様のお身体に縋りつき、子供のようにわんわん泣きじゃくるは舎弟頭の政吉。
 きざみ、何だか居心地悪いわ。
 まるであたしに責任があるみたいで。
 も何も、あたしがお爺様を殺した張本人だけれど、これは内緒にしとかなきゃね。

「伯父貴! 伯父貴ィ!!!!! 俺はまだあなたに何の恩返しもできてねーってのに何で逝っちまったんだあああああ!!!」

 五月蠅うるさいわね。
 思わず耳をふさいでしまったことよ。
 長くないって言われてたんだから、以前から覚悟してたんでしょうに。
 でもわかったこと。
 政吉は本当にお爺様を慕っていたのだわ。
 そうでなければ、いい歳したおっさんが人目も憚らず失禁までして号泣しないもの。
 子分もドン引きしてるし。

 と、そこへドカドカと必要以上の足音を立てて入室してきたのは――
 出た、これぞTHE・極道!
 大仏様の如きグリグリのパンチパーマに確認できる歯は全て金色ゴールド、鼻ピアスの数ったらまるで蟹の甲羅についている黒い粒々のよう。
 指だけでなく鼻も蟹だなんてとことん徹底してるわね。
 当人にその自覚は一切ないでしょうけれど。 
 それに随分と肉感あふれるスカジャン着てるわ……そう思ったら違ったの。
 竜と剣と髑髏とその他諸々……これでもかと言わんばかりの倶利迦羅紋紋くりからもんもん、上半身裸だけでなく下半身も白フンドシ一丁という気合いの入れよう。
 室内とはいえ明日から師走なんですけど。季節感なさ過ぎじゃなくて?
 おまけに、左右のお尻にはそれぞれ"愛"と"勇気"の入れ墨……この人、ア○パ○マン並みに友達いないのかしらん。
 
「ぐわはははは! クソジジイめ、やっとくたばりやがったか! そこどけぇ、政ァ! ジジイのツラ見せやが……うおッ!?」

 勢いよくやってきた銀二、足元にあった炊飯器に気づかず豪快にすってんころりん。
 見事だわ。
 バナナの皮を踏んでもそこまで上手に転べなくてよ?

「だ、誰じゃあ? こんなとこに電気釜なんぞ置きやがったクソ野郎は?」

 そう怒鳴り散らして、思い切り炊飯器(中の人は空腹丸)を蹴飛ばす銀二。

「ちょっと、やめて頂戴! あたしの家の炊飯器なんだから!」
「何じゃあ、このクソガキ? どうやって猫みたいにここへ忍び込みやがった?」
「猫ならそこにいてよ? あたしが誰だか知らないのね。乳首コリコリと鼻毛抜く以外、てんで役に立たない蟹指野郎に教えてあげるわ。あたしこそ、この時辰儀組組長唯一の血縁者である時辰儀麻理の娘――時辰儀きざみ。そして、そこにいる山手川蘭子似の淑女こそがあたしのお母様よ」
「いかにも。ワシがきざみお嬢様のシモベである時辰儀麻理ぢゃ」
「は? 大昔に時辰儀組ここを出ていった道楽娘まりなら知ってるが、おまえのシモベがおまえの母ってどういう仕組みシステムじゃい?」
「深く考えては負けよ。サラッとお流しなさいな。それよりあなた。武闘派だか何だか知らないけれど、ここの親分さんがお亡くなりになったばかりだというのに、随分と悪ふざけが過ぎるわね?」
「ヘッ、親分だろうが何だろうが死んじまえばどうだっていいんじゃい! 組の最高顧問であるこの俺が今や時辰儀組の新たな組長よ! おい内田うちだァ、赤飯炊け! お、いいところに電気釜が……いてッ!」

 あたしは伸びかけたその手をピシャリはたいて言う。

「嘘おっしゃい。こんなの痛いわけないじゃない。それだけ指ちょん切っといて」
「信じられねえ! ヤ○ザに暴力振るうとはどんなガキだ! オイ、てめえこの俺が誰だかわかってやってんのかよッ?」
「知ってるわよ。"マジックハンドの銀二"でしょ? しくは"蟹"」
「てめえ! 本気でブッ殺されてーかァ?」

 挑発はここまで。
 あたしは目蓋まぶたを腫らした政の背後にそそくさと隠れる。
 ……やだ、おしっこ臭い。

「どけ、政ァ! そのクソガキ、タダじゃおかねえ! 今すぐドラム缶に放り込んで生きたまま東京湾に沈めてやるんじゃい!」
「……銀二さん。さっきこの子も言ったが、あんた、伯父貴が死んで少しも哀しんでないな?」
「おうよ! こんなめでたい日にメソメソ泣いてションベン漏らしてるおめえより、この俺が圧倒的に後継者にふさわしかろ? どうやらクソジジイはおめえを買っていたようだが、今となっちゃ俺は怖いものなしじゃい。……お? 政ァ、何だその反抗的な目は? まさかこの俺にたて突こうってんじゃねーよな?」
「楯突いて当たり前だろ! あんただって伯父貴にはこの俺以上に世話になってる! あんたの心には義理も人情もねーのかよ?」
「心どころか俺の尻辞書にも、そんなこそばゆい文字なんぞ彫ってねえわな! ぐわはははッ!」

 勝負あったわね。
 これ以上は見るに堪えない。
 と言うより、
 それに、そろそろ限界。
 ……急激に薬が効いてきたかも!

「お取り込み中のところ悪いけれど、ちょっとよろしくて?」
「どうした、クソガキ? 今更謝っても遅いわい!」
「謝るもんですか。ちょいとお化粧直しに」
「ノーメイクのクソガキが何ほざきやがる? 嘘ならもっとうまくつきやがれ!」
「あら、嫌だ。こんな簡単な隠語も通じないなんて。おトイレのことに決まってるじゃないの。"きじを撃つ"とも言うけれど」
「クソガキの分際でババアみてえなこと知ってやがるぜ。だが、生意気言っても所詮はそんなもんか。そこの腰抜けみてえにションベンちびりそうになるとはな」
「どこまでも野暮な人……レディに皆まで言わせないで頂戴! 大きい方よ。それとも、ここでしてもよくって?」

 一瞬、言葉に詰まる蟹銀。

「ぐッ…………すぐに戻れよ!」


 かくして、あたしはお母様を人質に残したまま蟹銀からトイレの許可を得る。

 おなか痛い。
 わかっていたことだけれど、本気で痛いわ。
 これがあたしにとって地獄の始まり……

 でもその先に見えるのは天国ヘヴンだもの。
 だったら、やるしかないじゃない。



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