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揺れる想いと揺れない小胸の赤いサラサラ髪
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しかし、つくづく典型的なツンデレキャラだな、ハツメって。その自覚が当人には一切ないが。
「小泉辰弥、何をグズグズしている? さっさと皮を剥いてソイツを差し出せ」
タレ目のハツメ……悪魔の如きその真っ赤な二つの瞳には、さる目的ある科学医によってキャッチャーミットの位置を正確に捉える照準基線が刻まれている。
何を偉そうに。さっきまで僕と二人きりになってオドオドしてたクセに。
「そんなに急かすなよ。慌てて剥いたら白い汁が飛び散るからさ。――ッ!? うわッ、ピュッて出ちゃったじゃないか。ハツメの顔にもかかったぞ」
下唇についた液体を舌で舐め取り、なおもハツメは物欲しそうな目で僕を見る。
「少しくらい構わない。いいから早くアタシにソレを食べさせろ」
「甘えてばかりいないで、少しは自分で努力したらどうなんだ? そんなに食べたきゃ、僕に代わってハツメが自分で皮を剥けばいい」
「アタシの左腕は……」
「皆まで言うな。グレープフルーツならともかく、ライチなら右手だけでいけるだろ?」
すると、ハツメは恨めしそうに僕を睨みながら唇を尖らせた。
「……ならいい。アタシは特にライチが好きでもないしな。ただ、珍しいから少し興味を持っただけだ。勘違いするなよ? ほんの少しだけな」
「拗ねるなよ。僕だってライチなんて洒落たモノ剥いたことないんだから苦労してるんだ。大体、どうしてこんな物しか置いてないんだよ?」
「知るか。紫に聞け」
紫ちゃんはここに住み込むハツメの専属シェフにして我がドリーム・レッズのサード……まだ18歳だけども、僕とハツメは更にその一つ下になる。
この世界には"ドリーム・チャレンジ"という野球によく似たアトラクションが存在する。
ハツメ率いるドリーム・レッズから1点取れば、ここに関する全ての権利を獲得できる。
総工費400億円――巨大なイースターエッグを連想させるドーム球場"サハラブドーム"は、人工芝の緑を除き全て赤色で統一されている。
赤はハツメの絶対的カラー。
身につける衣服は勿論のこと、科学医によって弄られた瞳や自身で染めたサラサラの長い髪……そして球速312キロのボールを投げるためだけに付けられたロボットアームの左腕も全て赤だ。
そのロボットアームを作動させるため、ハツメの頭蓋骨の中には脳波を送る八本の電極が埋め込まれているという。その異常を来たした脳が執拗に血の色である"赤"を要求させている。
生けるピッチングマシーンに改造されたハツメは千手グループの広告塔――ロボットアームの世界ナンバー1シェアを占める高度な技術力を世界へ知らしめるためにドリーム・チャレンジに勝ち続ける必要がある。
もしも失点を許せば彼女は即お払い箱。彼女とバッテリーを組む僕だけでなくドリーム・レッズのメンバーも、住居も兼ねるサハラブドームから即行で立ち去らなければならない。勿論、千手にとって僕達の敗北は最初から想定していない。
僕とハツメは今、そのサハラブドームの最上階である天井部の空洞スペース……とどのつまりは屋根裏部屋にいる。女帝ハツメのプライベートルームだ。
そう、女帝。ハツメがこのゲームに勝ち続けている以上、彼女を機械の体に改造し彼女の未来を奪った千手グループでさえ異見を唱えることは許されない。圧倒的な剛速球で三振の山を築くハツメは今や世間のカリスマ的存在で、千手グループにも多くの利益をもたらしているからだ。
ピッチング以外は全く動かないその左腕……ハツメの補佐をするのは本来、僕じゃない。
雅さんというハツメの秘書兼ドリーム・レッズのファーストを守る素敵な巨乳お姉さんの役目だ。黒ぶち眼鏡が知的なエロスを醸し出している。
紫ちゃん同様、常にハツメの側にいる筈の雅さんもここにはいない。
雅さんだけじゃなく、見た目は子供、実年齢は22歳の運転手兼ドリーム・レッズのセカンド――翔姉さんも不在。
何となくわかる。
これは全てアイツの差し金だ。野球素人の貧乳ショート――佐藤聡緒……通称6。
コイツは何故か僕とハツメをくっつけたがっている。余計なお世話だって! ちなみに6は既婚。旦那は僕の"パンツ"という超絶変態女だ。
その6が言うには、女帝ハツメの孤独を癒せる唯一の存在がこの僕らしい。
わかってるよ。僕自身そう思うから。でもだからって、露骨に二人きりにしなくてもいいだろ。
おまけにハツメは赤いシルクのノースリーブワンピース……セクシーとは程遠いけれど、それでも自然と目線が露わな腕とデコルテに目がいってしまう。だって17歳の健全な男の子だからね。剥き出しのロボットアームも今じゃ違和感なく見られるし、彼女もあえてそれを隠そうとはしない。
僕の剥いたライチを無表情のまま次々に平らげるハツメ。きっと甘くて美味しいんだろう。
朝から何も口にしていないのもあるが、よっぽど気に入ったのかその手がとまらない。実も赤いしね。
おかげでこっちは皮剥き専門だ。
6ほどじゃないにせよ、ハツメもかなり胸が小さい。雅さんがたわわに実るグレープフルーツなら、ハツメはやっぱ……ライチかな。その程度の膨らみしかない。
いいんだけどさ。おしりはともかく、胸なんて大きければ大きいほどピッチングの邪魔になるから。
突然、手をとめたハツメの鋭い視線が僕に突き刺さる。
「小泉辰弥……さっきから何を見ている?」
「ライチだよ」
僕は冷静にそう返す。隠喩ではあるけれど、嘘は言ってない。
ハツメは顔を赤らめて右手で胸元を隠し出した。
「いや、ライチだってば!」
「オマエは果物に過ぎんライチを憐れんだ目で見る趣味でもあるのか?」
「別に憐れんでないって。……いや、その逆だよ。見蕩れてた」
「……ライチをか?」
「ああ、ライチを」
「揺れないライチで悪かったな。オマエと初めて会った頃からまるっきり成長してない」
小五のことだ。思い起こせば、あれ以上の最悪な対面はない。僕の苦笑につられて自虐的なハツメも……いや、その口角はピクリとも動かなかった。
「どうせなら、この胸もついでに手術してくれればよかったのに」
ポツリと漏らすその言葉には答えず、僕は皿に盛られた残るライチの皮を全部剥いて、それをハツメへと寄せた。
……駄目だ、何も思い浮かばない。ハツメが口にする”手術”という言葉、僕にはあまりに重すぎる。
全く千手は人の体を何だと思っているんだ? それを容認する社会、ここはマジで狂っている。
それ以上に僕は非力な存在だ。何が「孤独を癒せる唯一の存在」だよ!
「じゃ、用は済んだし僕は部屋へ戻る。何かあったら、また内線で呼んでくれ」
「ま、待て……小泉辰弥……」
立ち上がったハツメ、その赤い瞳の照準基線が真っ直ぐにこの僕を捉えている。
「何?」
柄にもなく、ハツメは蚊の鳴くような声で言う。
「まだ行くな。……ラ、ライチを……食べていけ……オマエさえよければの話だが……」
え……
そのライチって………………
ライチだよな、やっぱり。
「小泉辰弥、何をグズグズしている? さっさと皮を剥いてソイツを差し出せ」
タレ目のハツメ……悪魔の如きその真っ赤な二つの瞳には、さる目的ある科学医によってキャッチャーミットの位置を正確に捉える照準基線が刻まれている。
何を偉そうに。さっきまで僕と二人きりになってオドオドしてたクセに。
「そんなに急かすなよ。慌てて剥いたら白い汁が飛び散るからさ。――ッ!? うわッ、ピュッて出ちゃったじゃないか。ハツメの顔にもかかったぞ」
下唇についた液体を舌で舐め取り、なおもハツメは物欲しそうな目で僕を見る。
「少しくらい構わない。いいから早くアタシにソレを食べさせろ」
「甘えてばかりいないで、少しは自分で努力したらどうなんだ? そんなに食べたきゃ、僕に代わってハツメが自分で皮を剥けばいい」
「アタシの左腕は……」
「皆まで言うな。グレープフルーツならともかく、ライチなら右手だけでいけるだろ?」
すると、ハツメは恨めしそうに僕を睨みながら唇を尖らせた。
「……ならいい。アタシは特にライチが好きでもないしな。ただ、珍しいから少し興味を持っただけだ。勘違いするなよ? ほんの少しだけな」
「拗ねるなよ。僕だってライチなんて洒落たモノ剥いたことないんだから苦労してるんだ。大体、どうしてこんな物しか置いてないんだよ?」
「知るか。紫に聞け」
紫ちゃんはここに住み込むハツメの専属シェフにして我がドリーム・レッズのサード……まだ18歳だけども、僕とハツメは更にその一つ下になる。
この世界には"ドリーム・チャレンジ"という野球によく似たアトラクションが存在する。
ハツメ率いるドリーム・レッズから1点取れば、ここに関する全ての権利を獲得できる。
総工費400億円――巨大なイースターエッグを連想させるドーム球場"サハラブドーム"は、人工芝の緑を除き全て赤色で統一されている。
赤はハツメの絶対的カラー。
身につける衣服は勿論のこと、科学医によって弄られた瞳や自身で染めたサラサラの長い髪……そして球速312キロのボールを投げるためだけに付けられたロボットアームの左腕も全て赤だ。
そのロボットアームを作動させるため、ハツメの頭蓋骨の中には脳波を送る八本の電極が埋め込まれているという。その異常を来たした脳が執拗に血の色である"赤"を要求させている。
生けるピッチングマシーンに改造されたハツメは千手グループの広告塔――ロボットアームの世界ナンバー1シェアを占める高度な技術力を世界へ知らしめるためにドリーム・チャレンジに勝ち続ける必要がある。
もしも失点を許せば彼女は即お払い箱。彼女とバッテリーを組む僕だけでなくドリーム・レッズのメンバーも、住居も兼ねるサハラブドームから即行で立ち去らなければならない。勿論、千手にとって僕達の敗北は最初から想定していない。
僕とハツメは今、そのサハラブドームの最上階である天井部の空洞スペース……とどのつまりは屋根裏部屋にいる。女帝ハツメのプライベートルームだ。
そう、女帝。ハツメがこのゲームに勝ち続けている以上、彼女を機械の体に改造し彼女の未来を奪った千手グループでさえ異見を唱えることは許されない。圧倒的な剛速球で三振の山を築くハツメは今や世間のカリスマ的存在で、千手グループにも多くの利益をもたらしているからだ。
ピッチング以外は全く動かないその左腕……ハツメの補佐をするのは本来、僕じゃない。
雅さんというハツメの秘書兼ドリーム・レッズのファーストを守る素敵な巨乳お姉さんの役目だ。黒ぶち眼鏡が知的なエロスを醸し出している。
紫ちゃん同様、常にハツメの側にいる筈の雅さんもここにはいない。
雅さんだけじゃなく、見た目は子供、実年齢は22歳の運転手兼ドリーム・レッズのセカンド――翔姉さんも不在。
何となくわかる。
これは全てアイツの差し金だ。野球素人の貧乳ショート――佐藤聡緒……通称6。
コイツは何故か僕とハツメをくっつけたがっている。余計なお世話だって! ちなみに6は既婚。旦那は僕の"パンツ"という超絶変態女だ。
その6が言うには、女帝ハツメの孤独を癒せる唯一の存在がこの僕らしい。
わかってるよ。僕自身そう思うから。でもだからって、露骨に二人きりにしなくてもいいだろ。
おまけにハツメは赤いシルクのノースリーブワンピース……セクシーとは程遠いけれど、それでも自然と目線が露わな腕とデコルテに目がいってしまう。だって17歳の健全な男の子だからね。剥き出しのロボットアームも今じゃ違和感なく見られるし、彼女もあえてそれを隠そうとはしない。
僕の剥いたライチを無表情のまま次々に平らげるハツメ。きっと甘くて美味しいんだろう。
朝から何も口にしていないのもあるが、よっぽど気に入ったのかその手がとまらない。実も赤いしね。
おかげでこっちは皮剥き専門だ。
6ほどじゃないにせよ、ハツメもかなり胸が小さい。雅さんがたわわに実るグレープフルーツなら、ハツメはやっぱ……ライチかな。その程度の膨らみしかない。
いいんだけどさ。おしりはともかく、胸なんて大きければ大きいほどピッチングの邪魔になるから。
突然、手をとめたハツメの鋭い視線が僕に突き刺さる。
「小泉辰弥……さっきから何を見ている?」
「ライチだよ」
僕は冷静にそう返す。隠喩ではあるけれど、嘘は言ってない。
ハツメは顔を赤らめて右手で胸元を隠し出した。
「いや、ライチだってば!」
「オマエは果物に過ぎんライチを憐れんだ目で見る趣味でもあるのか?」
「別に憐れんでないって。……いや、その逆だよ。見蕩れてた」
「……ライチをか?」
「ああ、ライチを」
「揺れないライチで悪かったな。オマエと初めて会った頃からまるっきり成長してない」
小五のことだ。思い起こせば、あれ以上の最悪な対面はない。僕の苦笑につられて自虐的なハツメも……いや、その口角はピクリとも動かなかった。
「どうせなら、この胸もついでに手術してくれればよかったのに」
ポツリと漏らすその言葉には答えず、僕は皿に盛られた残るライチの皮を全部剥いて、それをハツメへと寄せた。
……駄目だ、何も思い浮かばない。ハツメが口にする”手術”という言葉、僕にはあまりに重すぎる。
全く千手は人の体を何だと思っているんだ? それを容認する社会、ここはマジで狂っている。
それ以上に僕は非力な存在だ。何が「孤独を癒せる唯一の存在」だよ!
「じゃ、用は済んだし僕は部屋へ戻る。何かあったら、また内線で呼んでくれ」
「ま、待て……小泉辰弥……」
立ち上がったハツメ、その赤い瞳の照準基線が真っ直ぐにこの僕を捉えている。
「何?」
柄にもなく、ハツメは蚊の鳴くような声で言う。
「まだ行くな。……ラ、ライチを……食べていけ……オマエさえよければの話だが……」
え……
そのライチって………………
ライチだよな、やっぱり。
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