丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪

よん

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本編

給仕

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 カチャカチャという物音で目覚めると、紫ちゃんが黒のメイド姿で朝飯の支度をしていた。ちゃんと給仕の仕事をしているので、これは作業着であって断じてコスプレではない。

「あ、起きたぁ?」
「……起きたよ。おはよう」

 クワッとアクビして目尻の涙を拭いていたら、紫ちゃんが「はい」と、目覚めの魚肉ソーセージを手渡してくれた。
 ありがとうと、空腹の僕は何の抵抗もなくそれを平らげる。

「もうないの?」
「寝起きは1本だけぇ」

 そんなルールがあるのか。

「キャッチャーさぁん」
「ん?」
「夜は楽しかったぁ?」
「……?」
「やだぁ、えっちぃ」

 エロい目の紫ちゃんが左手で口元を隠し、右手で僕の肩をいきなりのおばちゃん叩き。
 何を想像してるんだ!

「楽しいことなんてしてないよ。体中が痛い。フローリングで寝るもんじゃないな」
「えぇ~、ハツメ様とベッドで寝なかったのぉ?」
「ご覧の通り」
「うそぉ、我慢できたぁ?」
「我慢……できたよ」
「それってぇ、ぼっちでしごいたってコトぉ?」

 ……今、サラッとすごいコト言わなかったか? 聞こえないフリでごまかそう。
 ベッドに目をやると、既にもぬけの殻だった。
 そこでようやく、この部屋にハツメがいないことを知る。

「ねえ、ここのお姫様は?」
「いないよぉ」

 いないのは見ればわかる。

「どこか行ったの?」
「わかんなぁい。ミヤビンに『ユニフォームに着替えるから段取りしろ』って言ってたよぉ。急だったんでぇ、あたしもミヤビンも驚いちゃったぁ」

 てことは、グランドか。朝飯も食べずに……。
 ハツメ、逃げたな。この僕から。
 そりゃ、僕もハツメにどう接していいかわかんなかったけどさ。

「予定通り2人分作っちゃったからぁ、あたしもここでキャッチャーさんと食べたいなぁ?」

 断る理由はない。
 むしろそうしてくれないと、他人の部屋で1人っきりの朝食タイムになってしまう。


 紫ちゃんの淹れてくれたあったかい紅茶を飲みながら、今後の練習について考えてみる。

「今日は参加できる? 料理なんて別にキミが作らなくてもいいんだし」
「えー、サボりたいですぅ。頭が痛いんですぅ」

 何てこった。料理は練習を休む口実だったのか。

「仮病つかう前に『サボる』って言っちゃダメだろ。それに明日は本番なんだよ?」
「敬語でもぉ?」
「敬語でも仮病は変わらないし」
「おなかはぁ?」
「おなかが痛いの?」
「うん、痛いよぉ。おなかいたーい」
「魚肉ソーセージ食べながら言っても説得力なし」

 ぶー、と膨れる紫ちゃん。
 やれやれ、こんなメンバーで戦わなきゃならないのか。いくらハツメがチートだからって冗談だろ?

「昨日、少しだけみんなの動きを見たけど全然ヘタだったな。ちょっと引いたよ」

 仮病を断念したのか、次の魚肉ソーセージに取りかかる紫ちゃん。

「みんなねぇ、ワンバウンド捕れないんだぁ。ロクちゃんなんて、ミヤビンまでボール届かないしぃ」

 ショートゴロは確実に内野安打だな……。

「紫ちゃんは届くの?」
「ミヤビンまでぇ? 届くよぉ」

 え、意外だ。このコが一番届かなさそうなのに。

「でも、サードからファーストってけっこう距離あるよ?」
「あたしねぇ、こう見えても昔ソフトボールやってたんだぁ。だからぁ、ワンバンも捕れちゃうよぉ」
「それはすごい!」

 僕は手を打って喜んだ。
 これは朗報だぞ。
 それが本当ならば、紫ちゃんはサードにもったいない。
 何故なら、サードには殆どボールが飛ばないからだ。
 ハツメはクセのあるサウスポーで、対戦打者は殆どが右バッターだろう。
 その右バッターが312キロの速球をバットに当てるのも至難のワザなのに、打球を三塁線に引っ張れるワケがない。
 この際、みんなの守備力を知っとく必要がある。
 どうせ殆どのバッターが三振に終わるだろうけど、決めてかかるのは危険だ。
 読み通りのコースに来てうまくタイミングを取られたら、いくら312キロでもバットに当てられる可能性はゼロじゃない。
 強打者のフルスイングより、むしろそっちが怖い。こっちは外野がいないんだ。振り遅れのヘロヘロ飛球でも長打になってしまう恐れがある。

「雅さんはどう?」
「ミヤビンはフライなら捕れるよぉ。ワンバンも体で前に止めるしぃ。ロクちゃんなら逃げちゃうけどぉ」

 アイツ、何でココにいるんだ? ドリーム・チャレンジなんてチンケな名前でも基本は野球だぞ。

「翔姉さんは?」
「翔はねぇ、フットワークがいいけど肩が弱いよぉ」
「フライは捕れる?」
「まあまあ」

 そうかそうか。

「よし、できた!」
「へ、何がぁ?」

 紫ちゃんの話を聞きながら、僕は頭の中でダイヤモンドを描いていた。

「内野陣、総コンバート案だよ。まずは監督のハツメに許可を取らなきゃならないけど、僕の中ではもうこれで決まってる」

 ファーストは翔姉さん、セカンドは雅さん、ショートが紫ちゃんで、残る6はサードだ。
 それぞれ理由がある。
 ファーストは振り遅れのファールフライが多い。守備範囲の広い翔が適任だろう。
 雅さんもフライなら捕れるし、紫ちゃんにはファーストまで距離が長いショートを任せる。
 しかも、この3人で一二塁間を守ってもらう。
 打球はそっち方向にしか飛ばないからだ。312キロがバットに当たったらの話だが……。
 消去法で6はサード。
 その守備位置は前進守備のショートの位置。ここなら紫ちゃんがフォローできる。
 もし、相手が左打者なら、同じ理由で翔がサード。ショートは紫ちゃんで6はセカンド、守備位置は前進守備のショートの位置。この3人で三遊間を固めてファーストは雅さん。
 実際に練習見てから最終判断するけど、これだと三振以外でもアウトを取れそうだ。
 相手に慣れられたら全て三振とはいかない。
 いくら機械の腕を持つハツメでも、それ以外は生身の女の子だ。体の負担を考えれば球数はできるだけ少なくしたい。

 312キロしか投げられない? 

 誰がそんなことをハツメに教えたんだ。
 機械の腕の振りが常に一定だからか? だったらボールの握りを変えればいい。
 駆け引きで打者を打ち取ることがピッチングだ。強引に力でねじ伏せることじゃない。

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