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本編
給仕
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カチャカチャという物音で目覚めると、紫ちゃんが黒のメイド姿で朝飯の支度をしていた。ちゃんと給仕の仕事をしているので、これは作業着であって断じてコスプレではない。
「あ、起きたぁ?」
「……起きたよ。おはよう」
クワッとアクビして目尻の涙を拭いていたら、紫ちゃんが「はい」と、目覚めの魚肉ソーセージを手渡してくれた。
ありがとうと、空腹の僕は何の抵抗もなくそれを平らげる。
「もうないの?」
「寝起きは1本だけぇ」
そんなルールがあるのか。
「キャッチャーさぁん」
「ん?」
「夜は楽しかったぁ?」
「……?」
「やだぁ、えっちぃ」
エロい目の紫ちゃんが左手で口元を隠し、右手で僕の肩をいきなりのおばちゃん叩き。
何を想像してるんだ!
「楽しいことなんてしてないよ。体中が痛い。フローリングで寝るもんじゃないな」
「えぇ~、ハツメ様とベッドで寝なかったのぉ?」
「ご覧の通り」
「うそぉ、我慢できたぁ?」
「我慢……できたよ」
「それってぇ、ぼっちでしごいたってコトぉ?」
……今、サラッとすごいコト言わなかったか? 聞こえないフリでごまかそう。
ベッドに目をやると、既にもぬけの殻だった。
そこでようやく、この部屋にハツメがいないことを知る。
「ねえ、ここのお姫様は?」
「いないよぉ」
いないのは見ればわかる。
「どこか行ったの?」
「わかんなぁい。ミヤビンに『ユニフォームに着替えるから段取りしろ』って言ってたよぉ。急だったんでぇ、あたしもミヤビンも驚いちゃったぁ」
てことは、グランドか。朝飯も食べずに……。
ハツメ、逃げたな。この僕から。
そりゃ、僕もハツメにどう接していいかわかんなかったけどさ。
「予定通り2人分作っちゃったからぁ、あたしもここでキャッチャーさんと食べたいなぁ?」
断る理由はない。
むしろそうしてくれないと、他人の部屋で1人っきりの朝食タイムになってしまう。
紫ちゃんの淹れてくれたあったかい紅茶を飲みながら、今後の練習について考えてみる。
「今日は参加できる? 料理なんて別にキミが作らなくてもいいんだし」
「えー、サボりたいですぅ。頭が痛いんですぅ」
何てこった。料理は練習を休む口実だったのか。
「仮病つかう前に『サボる』って言っちゃダメだろ。それに明日は本番なんだよ?」
「敬語でもぉ?」
「敬語でも仮病は変わらないし」
「おなかはぁ?」
「おなかが痛いの?」
「うん、痛いよぉ。おなかいたーい」
「魚肉ソーセージ食べながら言っても説得力なし」
ぶー、と膨れる紫ちゃん。
やれやれ、こんなメンバーで戦わなきゃならないのか。いくらハツメがチートだからって冗談だろ?
「昨日、少しだけみんなの動きを見たけど全然ヘタだったな。ちょっと引いたよ」
仮病を断念したのか、次の魚肉ソーセージに取りかかる紫ちゃん。
「みんなねぇ、ワンバウンド捕れないんだぁ。ロクちゃんなんて、ミヤビンまでボール届かないしぃ」
ショートゴロは確実に内野安打だな……。
「紫ちゃんは届くの?」
「ミヤビンまでぇ? 届くよぉ」
え、意外だ。このコが一番届かなさそうなのに。
「でも、サードからファーストってけっこう距離あるよ?」
「あたしねぇ、こう見えても昔ソフトボールやってたんだぁ。だからぁ、ワンバンも捕れちゃうよぉ」
「それはすごい!」
僕は手を打って喜んだ。
これは朗報だぞ。
それが本当ならば、紫ちゃんはサードにもったいない。
何故なら、サードには殆どボールが飛ばないからだ。
ハツメはクセのあるサウスポーで、対戦打者は殆どが右バッターだろう。
その右バッターが312キロの速球をバットに当てるのも至難のワザなのに、打球を三塁線に引っ張れるワケがない。
この際、みんなの守備力を知っとく必要がある。
どうせ殆どのバッターが三振に終わるだろうけど、決めてかかるのは危険だ。
読み通りのコースに来てうまくタイミングを取られたら、いくら312キロでもバットに当てられる可能性はゼロじゃない。
強打者のフルスイングより、むしろそっちが怖い。こっちは外野がいないんだ。振り遅れのヘロヘロ飛球でも長打になってしまう恐れがある。
「雅さんはどう?」
「ミヤビンはフライなら捕れるよぉ。ワンバンも体で前に止めるしぃ。ロクちゃんなら逃げちゃうけどぉ」
アイツ、何でココにいるんだ? ドリーム・チャレンジなんてチンケな名前でも基本は野球だぞ。
「翔姉さんは?」
「翔はねぇ、フットワークがいいけど肩が弱いよぉ」
「フライは捕れる?」
「まあまあ」
そうかそうか。
「よし、できた!」
「へ、何がぁ?」
紫ちゃんの話を聞きながら、僕は頭の中でダイヤモンドを描いていた。
「内野陣、総コンバート案だよ。まずは監督のハツメに許可を取らなきゃならないけど、僕の中ではもうこれで決まってる」
ファーストは翔姉さん、セカンドは雅さん、ショートが紫ちゃんで、残る6はサードだ。
それぞれ理由がある。
ファーストは振り遅れのファールフライが多い。守備範囲の広い翔が適任だろう。
雅さんもフライなら捕れるし、紫ちゃんにはファーストまで距離が長いショートを任せる。
しかも、この3人で一二塁間を守ってもらう。
打球はそっち方向にしか飛ばないからだ。312キロがバットに当たったらの話だが……。
消去法で6はサード。
その守備位置は前進守備のショートの位置。ここなら紫ちゃんがフォローできる。
もし、相手が左打者なら、同じ理由で翔がサード。ショートは紫ちゃんで6はセカンド、守備位置は前進守備のショートの位置。この3人で三遊間を固めてファーストは雅さん。
実際に練習見てから最終判断するけど、これだと三振以外でもアウトを取れそうだ。
相手に慣れられたら全て三振とはいかない。
いくら機械の腕を持つハツメでも、それ以外は生身の女の子だ。体の負担を考えれば球数はできるだけ少なくしたい。
312キロしか投げられない?
誰がそんなことをハツメに教えたんだ。
機械の腕の振りが常に一定だからか? だったらボールの握りを変えればいい。
駆け引きで打者を打ち取ることがピッチングだ。強引に力でねじ伏せることじゃない。
小泉辰信は己の剛腕に溺れた。
その結果、己の肘だけじゃなく家庭まで壊してしまった。
「あ、起きたぁ?」
「……起きたよ。おはよう」
クワッとアクビして目尻の涙を拭いていたら、紫ちゃんが「はい」と、目覚めの魚肉ソーセージを手渡してくれた。
ありがとうと、空腹の僕は何の抵抗もなくそれを平らげる。
「もうないの?」
「寝起きは1本だけぇ」
そんなルールがあるのか。
「キャッチャーさぁん」
「ん?」
「夜は楽しかったぁ?」
「……?」
「やだぁ、えっちぃ」
エロい目の紫ちゃんが左手で口元を隠し、右手で僕の肩をいきなりのおばちゃん叩き。
何を想像してるんだ!
「楽しいことなんてしてないよ。体中が痛い。フローリングで寝るもんじゃないな」
「えぇ~、ハツメ様とベッドで寝なかったのぉ?」
「ご覧の通り」
「うそぉ、我慢できたぁ?」
「我慢……できたよ」
「それってぇ、ぼっちでしごいたってコトぉ?」
……今、サラッとすごいコト言わなかったか? 聞こえないフリでごまかそう。
ベッドに目をやると、既にもぬけの殻だった。
そこでようやく、この部屋にハツメがいないことを知る。
「ねえ、ここのお姫様は?」
「いないよぉ」
いないのは見ればわかる。
「どこか行ったの?」
「わかんなぁい。ミヤビンに『ユニフォームに着替えるから段取りしろ』って言ってたよぉ。急だったんでぇ、あたしもミヤビンも驚いちゃったぁ」
てことは、グランドか。朝飯も食べずに……。
ハツメ、逃げたな。この僕から。
そりゃ、僕もハツメにどう接していいかわかんなかったけどさ。
「予定通り2人分作っちゃったからぁ、あたしもここでキャッチャーさんと食べたいなぁ?」
断る理由はない。
むしろそうしてくれないと、他人の部屋で1人っきりの朝食タイムになってしまう。
紫ちゃんの淹れてくれたあったかい紅茶を飲みながら、今後の練習について考えてみる。
「今日は参加できる? 料理なんて別にキミが作らなくてもいいんだし」
「えー、サボりたいですぅ。頭が痛いんですぅ」
何てこった。料理は練習を休む口実だったのか。
「仮病つかう前に『サボる』って言っちゃダメだろ。それに明日は本番なんだよ?」
「敬語でもぉ?」
「敬語でも仮病は変わらないし」
「おなかはぁ?」
「おなかが痛いの?」
「うん、痛いよぉ。おなかいたーい」
「魚肉ソーセージ食べながら言っても説得力なし」
ぶー、と膨れる紫ちゃん。
やれやれ、こんなメンバーで戦わなきゃならないのか。いくらハツメがチートだからって冗談だろ?
「昨日、少しだけみんなの動きを見たけど全然ヘタだったな。ちょっと引いたよ」
仮病を断念したのか、次の魚肉ソーセージに取りかかる紫ちゃん。
「みんなねぇ、ワンバウンド捕れないんだぁ。ロクちゃんなんて、ミヤビンまでボール届かないしぃ」
ショートゴロは確実に内野安打だな……。
「紫ちゃんは届くの?」
「ミヤビンまでぇ? 届くよぉ」
え、意外だ。このコが一番届かなさそうなのに。
「でも、サードからファーストってけっこう距離あるよ?」
「あたしねぇ、こう見えても昔ソフトボールやってたんだぁ。だからぁ、ワンバンも捕れちゃうよぉ」
「それはすごい!」
僕は手を打って喜んだ。
これは朗報だぞ。
それが本当ならば、紫ちゃんはサードにもったいない。
何故なら、サードには殆どボールが飛ばないからだ。
ハツメはクセのあるサウスポーで、対戦打者は殆どが右バッターだろう。
その右バッターが312キロの速球をバットに当てるのも至難のワザなのに、打球を三塁線に引っ張れるワケがない。
この際、みんなの守備力を知っとく必要がある。
どうせ殆どのバッターが三振に終わるだろうけど、決めてかかるのは危険だ。
読み通りのコースに来てうまくタイミングを取られたら、いくら312キロでもバットに当てられる可能性はゼロじゃない。
強打者のフルスイングより、むしろそっちが怖い。こっちは外野がいないんだ。振り遅れのヘロヘロ飛球でも長打になってしまう恐れがある。
「雅さんはどう?」
「ミヤビンはフライなら捕れるよぉ。ワンバンも体で前に止めるしぃ。ロクちゃんなら逃げちゃうけどぉ」
アイツ、何でココにいるんだ? ドリーム・チャレンジなんてチンケな名前でも基本は野球だぞ。
「翔姉さんは?」
「翔はねぇ、フットワークがいいけど肩が弱いよぉ」
「フライは捕れる?」
「まあまあ」
そうかそうか。
「よし、できた!」
「へ、何がぁ?」
紫ちゃんの話を聞きながら、僕は頭の中でダイヤモンドを描いていた。
「内野陣、総コンバート案だよ。まずは監督のハツメに許可を取らなきゃならないけど、僕の中ではもうこれで決まってる」
ファーストは翔姉さん、セカンドは雅さん、ショートが紫ちゃんで、残る6はサードだ。
それぞれ理由がある。
ファーストは振り遅れのファールフライが多い。守備範囲の広い翔が適任だろう。
雅さんもフライなら捕れるし、紫ちゃんにはファーストまで距離が長いショートを任せる。
しかも、この3人で一二塁間を守ってもらう。
打球はそっち方向にしか飛ばないからだ。312キロがバットに当たったらの話だが……。
消去法で6はサード。
その守備位置は前進守備のショートの位置。ここなら紫ちゃんがフォローできる。
もし、相手が左打者なら、同じ理由で翔がサード。ショートは紫ちゃんで6はセカンド、守備位置は前進守備のショートの位置。この3人で三遊間を固めてファーストは雅さん。
実際に練習見てから最終判断するけど、これだと三振以外でもアウトを取れそうだ。
相手に慣れられたら全て三振とはいかない。
いくら機械の腕を持つハツメでも、それ以外は生身の女の子だ。体の負担を考えれば球数はできるだけ少なくしたい。
312キロしか投げられない?
誰がそんなことをハツメに教えたんだ。
機械の腕の振りが常に一定だからか? だったらボールの握りを変えればいい。
駆け引きで打者を打ち取ることがピッチングだ。強引に力でねじ伏せることじゃない。
小泉辰信は己の剛腕に溺れた。
その結果、己の肘だけじゃなく家庭まで壊してしまった。
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