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本編
解雇
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6と翔は食事を済ませると、紫ちゃんにごちそうさまを言ってダイニングを後にした。
僕の皿には、黄色い壁をぶち破った赤いちくわが、まるで前衛アートのように保存されてある。
小学校の掃除の時間、給食を食べきれないで教室の片隅に追いやられる坂本君を思い出した。今の僕がそうだ。
物欲しそうに前衛アートを見つめる紫ちゃん。餃子オムライスじゃ足らなかったのか?
「……食べる?」
「いいのぉ? じゃあ、ちくわだけぇ」
「はんぺんも埋まってるんじゃないかな。まだ食べてないから」
「いいよぉ、遠慮しないでぇ」
いや、遠慮なんてしてないが。
紫ちゃん、何を思ったか魚肉ソーセージの束から1本抜き出してそれをムキムキすると、何と手掴みしたちくわの穴にそれを貫通させてから一気に頬張った。
本人は全く自覚ないだろうが、何ちゅうエロい食べ方だ!
何とか完食できた。
食後のお茶を飲みながら、僕は雅さんのことを訊いてみる。今なら6もいないし。
「ミヤビン? まだ仕事してるんじゃないかなぁ?」
「え、食事は?」
「ここでは食べないよぉ。オニギリとかぁ、サンドイッチとかぁ、毎日ミヤビン用に作ってあげてるよぅ」
食べながら働いてるのか。そんなに過酷ならここを辞めればいいのに。
「あたしの代わりにぃ、ハツメ様の御給仕することはあるけどねぇ」
「給仕じゃ、どっちにしろ食べられないだろ?」
「えぇ? あたしぃ、ハツメ様が残したのその場で食べるよぉ?」
だからって、あの礼儀正しい雅さんがそれをする図が頭に浮かばない。
「キャッチャーさんはぁ、晩ごはん何食べたいかなぁ?」
今、懸命にゲップを堪えてるんだが。
そして、当たり前のように魚肉ソーセージを僕の前に1本置く紫ちゃん。
視界に入れると吐きそうなので、質問に逃げよう。
「紫ちゃんは昔、アイドルだったんだよね?」
すると、今までのほほんとしていた紫ちゃんの表情が一気に曇った。
「……昔の話、嫌いですぅ」
ああ、コレか。
6の言ってた通り、やっぱり何かあるな。ハツメ絡みの黒い部分が。
遠回しに攻めたつもりだったけど、予想以上に手強い。
今はこれ以上訊けない。紫ちゃんを泣かせてしまうかもしれないし。
ここは無難な質問で……。
「ごめん、今のは忘れて。ところでさ、紫ちゃんはハツメの専属シェフで雅さんはアイツの秘書……。じゃあ、翔はハツメの何なの?」
一転、紫ちゃんの顔がパッと晴れる。
「翔はねぇ、ハツメ様の運転手だよぉ」
「へぇ、意外だな。運転……って、ええええええぇッ? 翔って車の免許持ってるの?」
「普通に持ってるよぉ。もうすぐ22だもぉん」
まさかの年上かよ! しかも5つも。じゃあ、呼び捨てはマズイな。
紫ちゃんはどうだろ?
直接、年齢は訊けないな。
「えーと、紫ちゃんは免許もってるの?」
「あたしぃ? あたしはまだ無理だよぉ。17だもん」
「あ、僕と一緒だね」
「ハツメ様も一緒だよぉ。あとねぇ、ロクちゃんは1つ上。ミヤビンはハタチだけどぉ、目が悪くて免許取れないんだぁ」
有難い。全部、紫ちゃんから答えてくれた。
それにしても、つるぺたロリフェイスの翔が一番上とは……これじゃ話し方に困る。
いや、向こうから避けて通るかもな。
6のせいで僕は完全にケダモノ扱いだから。
それより、明日だ。
明日、ハツメの投げる312キロをキャッチできずに女帝の機嫌を損ねてしまったら、僕は今度こそお払い箱になってしまう。
六年前にハツメと会って、父さんを亡くし、施設を放たれた今日、僕はここサハラブドームにやって来た。
アイツに言われるまでもない。
あの日以来、僕はまだ何も成し遂げていない。
*
一睡もできなかった。
ハツメのあの完璧な投球フォームの残像を一晩中反芻し、そして再び僕はハツメと二人きりで真っ赤なブルペンに潜っている。
これで最後……。
既にこの日、僕は2球チャンスをもらい、2球ともミットに収めることに失敗した。
いつの間にか17になった。
何かの役に立ちたい。
オマエの芸術的なサイドアームを間近で見て、オマエのことをずっと支えたいんだ。
だけど、こんな僕の気持ちなんて汲み取ってないだろうな、あの赤い悪魔は……。
機械の左腕と華奢な右腕、二つの手を重ねて淡々と振りかぶるハツメ。
トルネードばりに腰をひねり、リリースポイントをギリギリまで打者に隠す。
丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪……。
驚くほどテイクバックが小さい。
バッターにはその左腕の動きはまず見えない。
その球を受ける僕にとっても!
遅い。
そうか!
目で捕るんじゃない。
耳で捕るんだ。
白球を弾いて、ようやくその感覚がわかった。
「IDカードを置いて、さっさと出て行け」
抑揚のない口調で、ハツメは赤い髪を揺らしながら地上へと消えた。
昨日のように、僕はアイツの前に立てなかった。
役立たずなんだ。
今更、感覚がわかっても……もう一度チャンスを願い出たところで捕れる自信なんてない。
だから、僕はハツメの言葉に従った。
さようなら、サハラブドーム。
僕の皿には、黄色い壁をぶち破った赤いちくわが、まるで前衛アートのように保存されてある。
小学校の掃除の時間、給食を食べきれないで教室の片隅に追いやられる坂本君を思い出した。今の僕がそうだ。
物欲しそうに前衛アートを見つめる紫ちゃん。餃子オムライスじゃ足らなかったのか?
「……食べる?」
「いいのぉ? じゃあ、ちくわだけぇ」
「はんぺんも埋まってるんじゃないかな。まだ食べてないから」
「いいよぉ、遠慮しないでぇ」
いや、遠慮なんてしてないが。
紫ちゃん、何を思ったか魚肉ソーセージの束から1本抜き出してそれをムキムキすると、何と手掴みしたちくわの穴にそれを貫通させてから一気に頬張った。
本人は全く自覚ないだろうが、何ちゅうエロい食べ方だ!
何とか完食できた。
食後のお茶を飲みながら、僕は雅さんのことを訊いてみる。今なら6もいないし。
「ミヤビン? まだ仕事してるんじゃないかなぁ?」
「え、食事は?」
「ここでは食べないよぉ。オニギリとかぁ、サンドイッチとかぁ、毎日ミヤビン用に作ってあげてるよぅ」
食べながら働いてるのか。そんなに過酷ならここを辞めればいいのに。
「あたしの代わりにぃ、ハツメ様の御給仕することはあるけどねぇ」
「給仕じゃ、どっちにしろ食べられないだろ?」
「えぇ? あたしぃ、ハツメ様が残したのその場で食べるよぉ?」
だからって、あの礼儀正しい雅さんがそれをする図が頭に浮かばない。
「キャッチャーさんはぁ、晩ごはん何食べたいかなぁ?」
今、懸命にゲップを堪えてるんだが。
そして、当たり前のように魚肉ソーセージを僕の前に1本置く紫ちゃん。
視界に入れると吐きそうなので、質問に逃げよう。
「紫ちゃんは昔、アイドルだったんだよね?」
すると、今までのほほんとしていた紫ちゃんの表情が一気に曇った。
「……昔の話、嫌いですぅ」
ああ、コレか。
6の言ってた通り、やっぱり何かあるな。ハツメ絡みの黒い部分が。
遠回しに攻めたつもりだったけど、予想以上に手強い。
今はこれ以上訊けない。紫ちゃんを泣かせてしまうかもしれないし。
ここは無難な質問で……。
「ごめん、今のは忘れて。ところでさ、紫ちゃんはハツメの専属シェフで雅さんはアイツの秘書……。じゃあ、翔はハツメの何なの?」
一転、紫ちゃんの顔がパッと晴れる。
「翔はねぇ、ハツメ様の運転手だよぉ」
「へぇ、意外だな。運転……って、ええええええぇッ? 翔って車の免許持ってるの?」
「普通に持ってるよぉ。もうすぐ22だもぉん」
まさかの年上かよ! しかも5つも。じゃあ、呼び捨てはマズイな。
紫ちゃんはどうだろ?
直接、年齢は訊けないな。
「えーと、紫ちゃんは免許もってるの?」
「あたしぃ? あたしはまだ無理だよぉ。17だもん」
「あ、僕と一緒だね」
「ハツメ様も一緒だよぉ。あとねぇ、ロクちゃんは1つ上。ミヤビンはハタチだけどぉ、目が悪くて免許取れないんだぁ」
有難い。全部、紫ちゃんから答えてくれた。
それにしても、つるぺたロリフェイスの翔が一番上とは……これじゃ話し方に困る。
いや、向こうから避けて通るかもな。
6のせいで僕は完全にケダモノ扱いだから。
それより、明日だ。
明日、ハツメの投げる312キロをキャッチできずに女帝の機嫌を損ねてしまったら、僕は今度こそお払い箱になってしまう。
六年前にハツメと会って、父さんを亡くし、施設を放たれた今日、僕はここサハラブドームにやって来た。
アイツに言われるまでもない。
あの日以来、僕はまだ何も成し遂げていない。
*
一睡もできなかった。
ハツメのあの完璧な投球フォームの残像を一晩中反芻し、そして再び僕はハツメと二人きりで真っ赤なブルペンに潜っている。
これで最後……。
既にこの日、僕は2球チャンスをもらい、2球ともミットに収めることに失敗した。
いつの間にか17になった。
何かの役に立ちたい。
オマエの芸術的なサイドアームを間近で見て、オマエのことをずっと支えたいんだ。
だけど、こんな僕の気持ちなんて汲み取ってないだろうな、あの赤い悪魔は……。
機械の左腕と華奢な右腕、二つの手を重ねて淡々と振りかぶるハツメ。
トルネードばりに腰をひねり、リリースポイントをギリギリまで打者に隠す。
丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪……。
驚くほどテイクバックが小さい。
バッターにはその左腕の動きはまず見えない。
その球を受ける僕にとっても!
遅い。
そうか!
目で捕るんじゃない。
耳で捕るんだ。
白球を弾いて、ようやくその感覚がわかった。
「IDカードを置いて、さっさと出て行け」
抑揚のない口調で、ハツメは赤い髪を揺らしながら地上へと消えた。
昨日のように、僕はアイツの前に立てなかった。
役立たずなんだ。
今更、感覚がわかっても……もう一度チャンスを願い出たところで捕れる自信なんてない。
だから、僕はハツメの言葉に従った。
さようなら、サハラブドーム。
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