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本編
赫赫
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高らかにファンファーレが鳴って、いよいよドリーム・チャレンジのスタートだ。
ビジョンに"DR"のロゴが全面に映し出され、軽快なトークのスタジアムDJが「お待たせ致しました」の挨拶を済ませた後に、ドリーム・レッズの6選手を紹介する。
「キャッチャー シュンスケ、トードー!」
ビジョンに映るそこそこイケメンの顔と"藤堂俊介"の名前。
……オイオイ、いきなり絶句モンだぜ。
312キロをキャッチできる『壱号機』『メイン』……まさか、この人とは!
よく知ってるよ、藤堂俊介……千手アスラズの元捕手。
面識がある。
まだ家に母さんがいた頃、父さんが何人かチームの後輩を食事に連れて来たことがあった。
強肩・好リードを買われ、終盤になるとよく出てきたな。
僕の父さん――クローザーの小泉辰信とバッテリーを組んでいた。打撃では全くアピールできず、スタメンに名を連ねることはなかったけど。
肘を壊してクビになった父さんに続き、翌々年に藤堂さんも球団から解雇通告を受けた。
まだ若い。
当時30歳にもなってなかったと思うが、まさか、その不可解な解雇は初めから今日というこの日に繋がっていたのか?
観衆も藤堂さんを覚えていた。
一塁側ダッグアウトから出て来た彼の登場に、大歓声で背番号2を出迎える。
真っ赤なユニフォームに赤のプロテクターと赤のヘルメット、唯一、キャッチャーミットだけが青い。僕が使っているのと同じ、千手化成工業が開発した特殊な物だ。
さすがにミットまで赤くしなかったのは、ピッチャーがそこに目掛けて投げにくいと判断したからだろう。
「ファーストベースマン ミヤビ、イチフジ!」
え、誰?
ビジョンには"一富士雅"の名前と眼鏡美人が映し出さ……って、女ッ?
スタジアムDJの紹介を受けて、背番号3の真っ赤なユニフォームの美女がファーストベースに駆けて行く。藤堂さんと違って真っ赤なホットパンツ、白くて長い脚が眩しすぎる。
それにすごい巨乳! 走るとボヨンボヨン揺れている。
客席は一気に静まり返った。
どうやら、彼らもドリーム・レッズのメンバーは事前に知らされてないらしい。
今思うと、藤堂さんの登場時には大歓声の前にサプライズ的などよめきが起こっていた。
「セカンドベースマン ショー、ニタカ!」
ずいぶんと小さい。子供じゃないか。
そしてコイツも誰だ?
山根の言葉を思い出す。内野手もほぼ素人の集まり……マジだったのか。
ビジョンには"二鷹翔"の名前、映し出された顔は可愛らしい童女だ。
DRのロゴ入りキャップを目深にかぶり、背番号4は恥ずかしそうにポジションへ散る。
「サードベースマン ユカリ、サンナスビ!」
ビジョンに映るはぽっちゃり癒し系の女の子、その名前が"三茄子紫"って絶対に本名じゃないだろ、コイツら!
一富士二鷹三茄子……初夢に見ると縁起がいい諺でまとめて……え、初夢?
初夢……あのハツメかッ!
背番号5のトロそうなサードを見下ろしながら、僕はタレ目の女の子を思い浮かべている。
固唾を呑んで次のコールを待つ。
つーか、藤堂さん以外ここまで女ばっかじゃないかよ! ハンデにも程があるだろ!
ハツメ、オマエも出て来るのか?
そうだろうな。山根がここにいるんだし。
僕を軽蔑しきったあの時のオマエなら、絶対に望まないであろうこんな形で……。
「ショートストップ サトー、サトー!」
は? 今まで以上に拍子抜けだ。ハツメじゃないのか?
"佐藤聡緒"、初夢シリーズじゃないけど、これまたフザけた名前だな。
これまでの3人と違って地味な顔立ちだ。ビジョンで観ると余計それが目立つ背番号6。
どう見てもハツメじゃない。目だってタレてないし。
と、なると、ハツメはドリーム・レッズに所属してないことになる。
だって、最後に出て来るのは球速312キロを投げるピッチングマシーンだから。
ここでまた照明が消える。
レーザー光線の演出、バックスクリーンから数発の花火……何だ、この破格な待遇は?
「いよいよお披露目だよ。"我が作品"が」
山根の呟きがやや上擦っている。彼ほどの男でも興奮しているんだ。
「ピッチャー ハーツーメエエエエエエエェー!」
ハツメ? う、嘘だろ?
スタジアムDJの巻き舌を受け、マウンドへと威風堂々に向かう背番号1の赤ずくめ少女。唯一、彼女だけがホットパンツじゃない。べ、別に期待してたワケじゃないけどさ……。
赤の長袖アンダーシャツを着用し、右手にグラブをはめている。
つまりはサウスポー、だが妙だ。
何かがぎこちない。
そう、利き腕が全く動いてない。
ゾンビのように左腕をダラリとさせたまま、ハツメはピッチャーズ・プレートへ辿り着いた。
ド派手な演出につられて、観衆は真っ赤なロングヘアの女の子に戸惑いつつも歓声を送る。
これでドリーム・レッズの6人が守備位置についた。
ビジョン用に撮影された顔を改めて確認する。……確かにあのハツメだ。
相変わらず目がタレている。六年前に比べて少しオトナっぽくなったか? 当たり前だよな。
その瞳は充血したみたいに真っ赤、まるで悪魔だ!
カラコン……だよな?
そうだ……。
観衆は浦島太郎状態の僕よりもっと早く気づいただろう。
かつて、一瞬だけお茶の間を賑わせたアイドルユニット"らぼ・ラブふぉー"のメンバーであるハツメがドリーム・レッズに所属しているなら、残る3人がチームにいてもおかしくない。
あのファースト……眼鏡のせいでわからなかったが"らぼ・ラブふぉー"のリーダーだ。
ファーストだけじゃない。
ショートの佐藤以外、セカンド、そしてサードのコも元アイドルだ。
道理でみんな可愛い筈だ。
佐藤がとりわけブサイクってワケじゃない。周りの4人が特別なんだ。
それでも"らぼ・ラブふぉー"は芸能界で成功しなかった。
僕は彼女達を詳しく知らないけど、確かこんな冗談みたいな名前じゃなかった。
一富士二鷹三茄子……どう考えても、ハツメを引き立たせるために付けられた名前だ。
だが、何故ハツメを推す?
当時、一番人気のなかったハツメがリーダーを差し置いて、どうしてグランドの中心に立っているんだ?
312キロを投げるからか?
それも疑わしい。
あんな華奢で野球に興味がないと言っていたハツメが312キロを投げる?
……信じられない!
白を基調としたタテジマのユニフォーム姿の相手チームは、いつの間にか三塁側ダッグアウトに控えていた。
ビジョンには聞いたことのないチーム名が表示されている。
ローカル丸出しのチーム名とメンバーの体型から判断して、そこら辺のお遊び草野球チームだろう。山根に言わせれば、彼らは餌につられた豚共だ。
「投球練習なんて無駄なことはしないよ。今からまばたきは禁止、よく見ておくように」
山根の言葉通り、相手チームの先頭バッターが打席に入ると、たった1人の審判――主審が「プレイボール!」と告げる。
あの主審、集音マイクで自分の声を球場に聞かせるんだな。
さて、注目の第一球……ハツメ、藤堂さんまでノーバン投球できんのか?
球場全体が一気に静まる。
藤堂さんのミットはど真ん中を構えている。
頷くハツメが大きくワインドアップのモーションに入る。
ダラリとしたあの左腕がここで初めて動いた。
赤いアンダーシャツの両腕が頭上に大きく上がる。
右脚が上がって太股が胸につく位置までくると、いったんタメてそこから体重移動、ボールを握る左手はまだグラブの中に隠れている。
軸となる左脚に全体重がかかる。
腰がひねられ上半身が滑らかに動く。
丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪のトルネード投法、完全に左腕を隠している。
右脚が大きく前に下りる。軸足がプレートを蹴る。
……う、嘘だろ? この時点でも体が全然開いてない!
ここでやっとグラブから離れた左腕、その軌道はまだ体に隠れて見えない。
球離れが遅すぎる! 遅すぎてこれじゃバッターはタイミングを取れない。
ようやくその左手を確認した時、その位置は予想以上に下にきていた。
スリークォーター……いや、もっと下、サイドアームだッ!
何てキレイなんだよ……。
こんな芸術的なピッチングフォーム、今まで見たことない。
球筋なんて見えやしない。……いや、実際にハツメはボールを投げたのか?
だが、藤堂さんの構えた青いミットにはちゃんと白球が収まっている。
一呼吸置いて、球審の「ストライク!」コール。
スタジアムビジョンに目をやると、スピードガンが計測した"312"の表示がデカデカと点滅している。
ここで皆が気づく。目の前で何が起こったのかを……。
静まり返っていた球場が轟音と呼ぶにふさわしいどよめきに包まれ、やがてそれは大歓声、大絶叫へと変わった。
ハツメはたった1球で3万人のハートを掴んだ。
口を半開きにしたまま、僕はしばらく硬直していた。
「どうだね、"我が作品"の出来栄えは?」
山根の声で我に返る。
「ハツメには千手の最先端技術が注入されている。この後、緊急記者会見で世界的に大発表する手筈だが、小泉君には一足早く教えてあげよう。……おっと、その前に軽く自己紹介。千手ヒューマン・テクノロジーの山根だ。現在の肩書きは特務研究室の室長、科学医でもある」
「……ハツメのマネジャーじゃなかったのか?」
「六年前のあの日、小泉君に会った時はタレント養成所の一職員という設定だよ。ハツメもそう信じていたしね」
「じゃあ、ずっとアイツを騙していたんだな?」
「騙してはいないさ。私はちゃんと二足の草鞋を履いて、それぞれの職務を遂行していたよ。それに、最初からハツメを狙っていたワケでもない。ビジュアルさえよければ誰でもよかったんだ。何しろ、千手の広告塔になってもらうんだからね」
だからこそ、タレント養成所勤務か。どうせ、そこも千手資本だろう。
突如、殺意が芽生える。
僕は山根に詰め寄った。
「ハツメに何をした?」
後ろに控える2人が慌てて僕を取り押さえようとしたが、またも山根は彼らを手で制した。
「目上の人間にタメ口かい? やれやれ、中卒はこれだから扱いにくい」
「そうさせたのは誰だよ? 自分らがやったこと棚に上げて偉そうに説教してんじゃねえ!」
「黙れよ、泥棒のセガレ」
く……。
「高校中退の中卒君にでもわかりやすいように説明してあげよう。ハツメの脳には八本の電極が埋め込まれている。両眼にはレチクル――十字線が入った照準器、コイツで正確なコントロールがつけられる。そして左腕だ。我がグループの看板商品であるロボットアーム……その人機一体型モデル、脳と両眼と左腕を連動させたより精密なプロトタイプをハツメに取りつけた。これでおわかりかな?」
言葉が出てこない。怒りと悔しさと虚しさが、僕に見えない猿轡をかませている。
「言っておくが、ハツメは手術の同意書にサインしたよ? あのコの恋人でもないキミの怒りはお門違いもいいところだ」
記念すべきサハラブドームの第一試合、山根に打ち負かされた僕はハツメの投球をたった一球しか見れなかった。
第二試合が始まった時、僕は再び車中で拘束されていた。当然、手錠と(目に見える)猿轡をかまされたまま。
施設に戻ってから知らされた。
この日、ハツメが投じたボールは27球、全て312キロを計測したらしい。
三試合で取った九つのアウト、内訳は全て見逃がし三振だ。
サハラブドーム全ての権利を狙った豚共は、残念ながらバットをスイングすることさえできなかった。
ビジョンに"DR"のロゴが全面に映し出され、軽快なトークのスタジアムDJが「お待たせ致しました」の挨拶を済ませた後に、ドリーム・レッズの6選手を紹介する。
「キャッチャー シュンスケ、トードー!」
ビジョンに映るそこそこイケメンの顔と"藤堂俊介"の名前。
……オイオイ、いきなり絶句モンだぜ。
312キロをキャッチできる『壱号機』『メイン』……まさか、この人とは!
よく知ってるよ、藤堂俊介……千手アスラズの元捕手。
面識がある。
まだ家に母さんがいた頃、父さんが何人かチームの後輩を食事に連れて来たことがあった。
強肩・好リードを買われ、終盤になるとよく出てきたな。
僕の父さん――クローザーの小泉辰信とバッテリーを組んでいた。打撃では全くアピールできず、スタメンに名を連ねることはなかったけど。
肘を壊してクビになった父さんに続き、翌々年に藤堂さんも球団から解雇通告を受けた。
まだ若い。
当時30歳にもなってなかったと思うが、まさか、その不可解な解雇は初めから今日というこの日に繋がっていたのか?
観衆も藤堂さんを覚えていた。
一塁側ダッグアウトから出て来た彼の登場に、大歓声で背番号2を出迎える。
真っ赤なユニフォームに赤のプロテクターと赤のヘルメット、唯一、キャッチャーミットだけが青い。僕が使っているのと同じ、千手化成工業が開発した特殊な物だ。
さすがにミットまで赤くしなかったのは、ピッチャーがそこに目掛けて投げにくいと判断したからだろう。
「ファーストベースマン ミヤビ、イチフジ!」
え、誰?
ビジョンには"一富士雅"の名前と眼鏡美人が映し出さ……って、女ッ?
スタジアムDJの紹介を受けて、背番号3の真っ赤なユニフォームの美女がファーストベースに駆けて行く。藤堂さんと違って真っ赤なホットパンツ、白くて長い脚が眩しすぎる。
それにすごい巨乳! 走るとボヨンボヨン揺れている。
客席は一気に静まり返った。
どうやら、彼らもドリーム・レッズのメンバーは事前に知らされてないらしい。
今思うと、藤堂さんの登場時には大歓声の前にサプライズ的などよめきが起こっていた。
「セカンドベースマン ショー、ニタカ!」
ずいぶんと小さい。子供じゃないか。
そしてコイツも誰だ?
山根の言葉を思い出す。内野手もほぼ素人の集まり……マジだったのか。
ビジョンには"二鷹翔"の名前、映し出された顔は可愛らしい童女だ。
DRのロゴ入りキャップを目深にかぶり、背番号4は恥ずかしそうにポジションへ散る。
「サードベースマン ユカリ、サンナスビ!」
ビジョンに映るはぽっちゃり癒し系の女の子、その名前が"三茄子紫"って絶対に本名じゃないだろ、コイツら!
一富士二鷹三茄子……初夢に見ると縁起がいい諺でまとめて……え、初夢?
初夢……あのハツメかッ!
背番号5のトロそうなサードを見下ろしながら、僕はタレ目の女の子を思い浮かべている。
固唾を呑んで次のコールを待つ。
つーか、藤堂さん以外ここまで女ばっかじゃないかよ! ハンデにも程があるだろ!
ハツメ、オマエも出て来るのか?
そうだろうな。山根がここにいるんだし。
僕を軽蔑しきったあの時のオマエなら、絶対に望まないであろうこんな形で……。
「ショートストップ サトー、サトー!」
は? 今まで以上に拍子抜けだ。ハツメじゃないのか?
"佐藤聡緒"、初夢シリーズじゃないけど、これまたフザけた名前だな。
これまでの3人と違って地味な顔立ちだ。ビジョンで観ると余計それが目立つ背番号6。
どう見てもハツメじゃない。目だってタレてないし。
と、なると、ハツメはドリーム・レッズに所属してないことになる。
だって、最後に出て来るのは球速312キロを投げるピッチングマシーンだから。
ここでまた照明が消える。
レーザー光線の演出、バックスクリーンから数発の花火……何だ、この破格な待遇は?
「いよいよお披露目だよ。"我が作品"が」
山根の呟きがやや上擦っている。彼ほどの男でも興奮しているんだ。
「ピッチャー ハーツーメエエエエエエエェー!」
ハツメ? う、嘘だろ?
スタジアムDJの巻き舌を受け、マウンドへと威風堂々に向かう背番号1の赤ずくめ少女。唯一、彼女だけがホットパンツじゃない。べ、別に期待してたワケじゃないけどさ……。
赤の長袖アンダーシャツを着用し、右手にグラブをはめている。
つまりはサウスポー、だが妙だ。
何かがぎこちない。
そう、利き腕が全く動いてない。
ゾンビのように左腕をダラリとさせたまま、ハツメはピッチャーズ・プレートへ辿り着いた。
ド派手な演出につられて、観衆は真っ赤なロングヘアの女の子に戸惑いつつも歓声を送る。
これでドリーム・レッズの6人が守備位置についた。
ビジョン用に撮影された顔を改めて確認する。……確かにあのハツメだ。
相変わらず目がタレている。六年前に比べて少しオトナっぽくなったか? 当たり前だよな。
その瞳は充血したみたいに真っ赤、まるで悪魔だ!
カラコン……だよな?
そうだ……。
観衆は浦島太郎状態の僕よりもっと早く気づいただろう。
かつて、一瞬だけお茶の間を賑わせたアイドルユニット"らぼ・ラブふぉー"のメンバーであるハツメがドリーム・レッズに所属しているなら、残る3人がチームにいてもおかしくない。
あのファースト……眼鏡のせいでわからなかったが"らぼ・ラブふぉー"のリーダーだ。
ファーストだけじゃない。
ショートの佐藤以外、セカンド、そしてサードのコも元アイドルだ。
道理でみんな可愛い筈だ。
佐藤がとりわけブサイクってワケじゃない。周りの4人が特別なんだ。
それでも"らぼ・ラブふぉー"は芸能界で成功しなかった。
僕は彼女達を詳しく知らないけど、確かこんな冗談みたいな名前じゃなかった。
一富士二鷹三茄子……どう考えても、ハツメを引き立たせるために付けられた名前だ。
だが、何故ハツメを推す?
当時、一番人気のなかったハツメがリーダーを差し置いて、どうしてグランドの中心に立っているんだ?
312キロを投げるからか?
それも疑わしい。
あんな華奢で野球に興味がないと言っていたハツメが312キロを投げる?
……信じられない!
白を基調としたタテジマのユニフォーム姿の相手チームは、いつの間にか三塁側ダッグアウトに控えていた。
ビジョンには聞いたことのないチーム名が表示されている。
ローカル丸出しのチーム名とメンバーの体型から判断して、そこら辺のお遊び草野球チームだろう。山根に言わせれば、彼らは餌につられた豚共だ。
「投球練習なんて無駄なことはしないよ。今からまばたきは禁止、よく見ておくように」
山根の言葉通り、相手チームの先頭バッターが打席に入ると、たった1人の審判――主審が「プレイボール!」と告げる。
あの主審、集音マイクで自分の声を球場に聞かせるんだな。
さて、注目の第一球……ハツメ、藤堂さんまでノーバン投球できんのか?
球場全体が一気に静まる。
藤堂さんのミットはど真ん中を構えている。
頷くハツメが大きくワインドアップのモーションに入る。
ダラリとしたあの左腕がここで初めて動いた。
赤いアンダーシャツの両腕が頭上に大きく上がる。
右脚が上がって太股が胸につく位置までくると、いったんタメてそこから体重移動、ボールを握る左手はまだグラブの中に隠れている。
軸となる左脚に全体重がかかる。
腰がひねられ上半身が滑らかに動く。
丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪のトルネード投法、完全に左腕を隠している。
右脚が大きく前に下りる。軸足がプレートを蹴る。
……う、嘘だろ? この時点でも体が全然開いてない!
ここでやっとグラブから離れた左腕、その軌道はまだ体に隠れて見えない。
球離れが遅すぎる! 遅すぎてこれじゃバッターはタイミングを取れない。
ようやくその左手を確認した時、その位置は予想以上に下にきていた。
スリークォーター……いや、もっと下、サイドアームだッ!
何てキレイなんだよ……。
こんな芸術的なピッチングフォーム、今まで見たことない。
球筋なんて見えやしない。……いや、実際にハツメはボールを投げたのか?
だが、藤堂さんの構えた青いミットにはちゃんと白球が収まっている。
一呼吸置いて、球審の「ストライク!」コール。
スタジアムビジョンに目をやると、スピードガンが計測した"312"の表示がデカデカと点滅している。
ここで皆が気づく。目の前で何が起こったのかを……。
静まり返っていた球場が轟音と呼ぶにふさわしいどよめきに包まれ、やがてそれは大歓声、大絶叫へと変わった。
ハツメはたった1球で3万人のハートを掴んだ。
口を半開きにしたまま、僕はしばらく硬直していた。
「どうだね、"我が作品"の出来栄えは?」
山根の声で我に返る。
「ハツメには千手の最先端技術が注入されている。この後、緊急記者会見で世界的に大発表する手筈だが、小泉君には一足早く教えてあげよう。……おっと、その前に軽く自己紹介。千手ヒューマン・テクノロジーの山根だ。現在の肩書きは特務研究室の室長、科学医でもある」
「……ハツメのマネジャーじゃなかったのか?」
「六年前のあの日、小泉君に会った時はタレント養成所の一職員という設定だよ。ハツメもそう信じていたしね」
「じゃあ、ずっとアイツを騙していたんだな?」
「騙してはいないさ。私はちゃんと二足の草鞋を履いて、それぞれの職務を遂行していたよ。それに、最初からハツメを狙っていたワケでもない。ビジュアルさえよければ誰でもよかったんだ。何しろ、千手の広告塔になってもらうんだからね」
だからこそ、タレント養成所勤務か。どうせ、そこも千手資本だろう。
突如、殺意が芽生える。
僕は山根に詰め寄った。
「ハツメに何をした?」
後ろに控える2人が慌てて僕を取り押さえようとしたが、またも山根は彼らを手で制した。
「目上の人間にタメ口かい? やれやれ、中卒はこれだから扱いにくい」
「そうさせたのは誰だよ? 自分らがやったこと棚に上げて偉そうに説教してんじゃねえ!」
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く……。
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言葉が出てこない。怒りと悔しさと虚しさが、僕に見えない猿轡をかませている。
「言っておくが、ハツメは手術の同意書にサインしたよ? あのコの恋人でもないキミの怒りはお門違いもいいところだ」
記念すべきサハラブドームの第一試合、山根に打ち負かされた僕はハツメの投球をたった一球しか見れなかった。
第二試合が始まった時、僕は再び車中で拘束されていた。当然、手錠と(目に見える)猿轡をかまされたまま。
施設に戻ってから知らされた。
この日、ハツメが投じたボールは27球、全て312キロを計測したらしい。
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