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日本
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「大政奉還成立後、紆余曲折を経て新政府が樹立しました。それによって大きな内乱を回避した日本は、イギリスの三角貿易によって阿片漬けにされたかの大陸の二の舞を踏まずに済んだのです」
紆余曲折という掻い摘んだ表現が気になったものの、龍馬と中岡はお先の説明にひとまず安堵した。
「それじゃあ、ワシらやその為に死んでいった多くの命は無駄にならんかったっちゅうことじゃな?」
「勿論でございます。その尊い御霊は西郷さん、大久保さん、木戸さん(桂小五郎)の維新三傑を含め数多くの偉人達によって引き継がれ、その結果として我が日本は西欧諸国に決して引けを取らない強国に成長を遂げました」
「そ、そ、そ、それを聞きたかったんじゃッ! やったぞ、中岡! これで日本は異人の植民地にならずに済んだがじゃ! ワシャ、もう思い残すことはない。死んでもええ! あ、死んじょるんじゃったな! わはははははは!」
歓喜の龍馬は盟友中岡に激しく抱擁するも、当の中岡は依然として自分の死を受け入れられないでいた。
「離れろ」
「ん、まだ臭うがか?」
「さすがに屁の脅威は去ったが、その振り子のように揺れる洟が気になるのだ。……龍馬よ、おまえはよくそう簡単に順応できるな。俺には今の展開が突飛過ぎて頭の整理が一向につかん」
「じゃき、さっきから言うちょろうが。考えるな。頭を巡らせると負けじゃ」
「俺はおまえのような阿呆にはなれない。例えば、俺がそこの戸を開け、近江屋に戻るとどうなる?」
「手遅れでございます」
中岡の質問を予期していたお先は、徐に立ち上がって戸を開けようとするも……。
「これこの通り、開けることままなりません。もはや私達がいるこの空間は、慶応三年とは切り離されて我々の時代へと移動している最中でございます」
「何と!」
信じられない中岡は「どけ!」とお先を突き飛ばし、力任せに戸をこじ開けようとするがビクともしない。
「ふざけるな! これでは誘拐ではないか!」
慌てて駆け寄る藤吉だが、土間に倒れるお先は素早く立ち上がって毅然と答える。
「ですが我々が誘拐しなければ、本物の中岡先生は今頃、全身めった刺しに遭い二日後に死んでしまいます」
「それについては感謝してやる。だが、クローンとかいう影武者をあえて殺させる意味は何だ?」
「あの日、近江屋で御三方が襲撃されたという事実を残したかったからです。単なる御三方の救出では歴史はガラリと変わってしまう可能性があり、もしかすると倒幕すら成し遂げていないかもしれません」
「俺達を救った真意は先程聞いた。……未来の国が汚れているから洗濯し直せ、とな」
「はい」
「そこには既に高杉さんもいる……」
続けて首肯するお先。
「下関の桜山にて高杉さん臨終前夜に、我らの一味が床に伏せる高杉さんをクローンと入れ替えました。高杉さんの患った肺結核ですが、我々の時代では簡単に治癒する病なのです。中岡先生と坂本先生、それに高杉さん……この"革新三傑"を招聘することこそが我ら組織の悲願でした」
ずっと黙って聞いている龍馬、この説明で高杉の声に目を潤ませた先程のお先に納得する。
「倒幕以降、日本は確かに強くなり世界に誇る技術力も得ました。例えばクローンテクノロジー、環境資源リサイクルの恒久化、そして時間移動……未来にこそ行けませんが、我々はデータが現存する過去と現在の往復が自在にできるようになりました。しかし、その最先端技術を以てしても我が国は今や滅びる寸前なのです」
「そこまで栄えておきながら何故じゃ?」
ここで漸く龍馬が口を挟む。
「ワシらは日本の夜明けのために命を削ってこれまで奮闘してきたぜよ。おまんのいる未来の日本はお天道様に照らされちょらんがか?」
「維新以降に昇った太陽は今にも沈もうとしております。坂本先生が危惧されてらっしゃる通りの日本が明日にもやってきます」
「それは西欧列強による植民地化かえ?」
「いいえ。西欧列強だけではなく、阿片漬けにされたかつての大陸も……と申せば、信じられますか?」
「な、何じゃとッ?」
「坂本先生、天下泰平の平和ボケした末期の幕府のように、現代日本人はサムライの心を失ってしまったのです。その結果、政は弱腰に、自国を自国民で守ることさえ憚る風潮に支配され、他国の傭兵に守ってもらう弱小国へと転落してしまいました。その傭兵すらもはや不要と唱える平和論者が今日の日本の最高指導者なのだと申せば、坂本先生や中岡先生はどうお考えになりますでしょうか?」
「それは……いかんな」
「ですから我々はクーデターを企てたのです。かつての日本を取り戻すべく、幕末の有能な指導者を率いて我々は国家転覆を図るべく決起しました」
「おお、それがワシらじゃな。おまんこそ日本人の鑑じゃ」
お先の顔が曇る。
「ところが、私は純血ではありません。私には半分、大陸の血が流れています」
「……ほう」
「私の本名は緑撥……おわかりですか? 純血ではない私が日本の将来を慮るこの状況を。日本人には日本という己の国土を守ろうとする意欲がまるで欠落しております。それどころか、我々の思想を好戦的だと批判や時として弾圧さえします」
ふぅむ、と顎に手をやり、その場に胡坐をかく龍馬。
それとは対照的に、中岡はギリギリと歯噛みし地団駄を踏んだ。
「何をやっているんだ、我が子孫どもは! そのようなていたらくでは俺達が血と汗を流してきたことが全て水の泡ではないか!」
「なるほどのう……それで高杉さんと中岡という人選か。適任じゃな」
「他人事か! 龍馬、おまえもそこに含まれているんだぞ! よし、やろう! いまだこのカラクリに合点いかぬが、未来の日本のために立ち上がろうじゃないか!」
けれども、龍馬は畳にゴロリと寝そべって「ワシャやらん」と、今度は音を立てて屁を放つ。
「りょ、龍馬! 何だ、その屁は? 俺を愚弄してるのか!」
「大袈裟じゃのう。単なる生理現象やないがか」
「やれ!」
「やらん」
「貴様、それでも男か!」
「中岡、今の己の姿を忘れちょりゃせんか? 女装したおまんにそう言われても何の説得力もないき」
「く……!」
怒りと恥ずかしさのあまり赤面して黙り込む中岡。
一方、強烈な屁の臭いも我慢し、お先改め緑撥が龍馬に詰め寄る。
「坂本先生! どうして我々に協力してくださらないのです? たった今『それはいかん』と同調してくださったばかりじゃないですか?」
「おまんらの蜂起には反対せん。けんどのう、よくよく考えればワシは今日で役割を終えたがじゃ。出しゃばるのは好かんき、後はおまんらが考えて行動するんがええと思うがの」
「龍馬、この期に及んで何を言う? 藩主に御目通りすら叶わん下士に過ぎない俺達が朝廷と幕府、それに雄藩の薩摩と長州をここまで動かしてきたのだぞ。どうせ出しゃばるのなら、憐れな子孫どもの為にも出しゃばってやれ!」
「そう言うたち、これはワシらの時代、ワシらの問題じゃ。出しゃばりとは違うぜよ」
「坂本先生! どうか我々を見捨てないでください! 我々の時代もまた、坂本先生の愛した同じ日本なのです!」
龍馬は耳をほじりながら「……愛か」と呟く。
そして突然、起き上がったかと思うと「藤吉」と土間に佇む男の名を呼ぶ。
いきなり名を呼ばれ面食らった藤吉は「何でございましょう?」と近づくも、今まさに放たれた龍馬第三の屁に堪らず動きが止まる。さすがに、これには緑撥も懇願を忘れ龍馬から離れてしまった。
そこで偶然、向き合った藤吉と緑撥。
それを見た龍馬、ニンマリ笑うと「藤吉、続きじゃ」と何かを促す。
ところが、当の藤吉は勿論のこと、緑撥や中岡にもそれが何を意味するのか皆目わからない。
「龍馬、藤吉に何をさせる気だ?」
「決まっちょる」
龍馬は二人に向き直って言う。
「藤吉よ、愛の告白を中途でやめるがは男の恥、おなごにとっては失礼じゃ。……近江屋の夜討ちも終わった。これで何の邪魔も入らん。とっとと告白して早う片恋を終わらせるがじゃ」
これには緑撥が血相を変えて怒る。
「さ、坂本先生ッ! 私は今、国家の存亡について論じているのです! 恋愛など今の私には考えられません!」
「藤吉のことは嫌いかえ?」
「そういう問題じゃありません! 私は命を賭して幕末の時代へとやってきたのですよ!」
その凄い剣幕を無視して再び「藤吉」と、世話役に声をかける。
「は、はい!」
「お先さんの正体はリュウハとかいう混血じゃ。峰吉を誑かし、ワシらに銃口を向けるお転婆、おまけにご覧の通り短気ときちょる。……どうかのう? それでもおまんの気持ちは変わらんか?」
藤吉はゴクリと唾を呑み込む。
「どうなんじゃ?」
「か、変わりません! 私は……緑撥さんのことが……好きです!」
「ワシに言うな。惚れたおなごに言え」
頷いた藤吉はまっすぐに緑撥を見つめる。
「山田様、やめて。そ、そんな目で私を見ないでください……」
「そんな目で見ます! 繰り返しになりますが、この山田藤吉、かつての四股名は雲井龍、ワイは緑撥さんに一目惚れしました。ワ、ワイと……夫婦になってください! お願いします!」
「……い、いきなりプロポーズッ!?」
驚いた緑撥は耳まで真っ赤になって何故か龍馬を見る。
「ワシを見るな。惚れた男を見ろ」
黙り込む二人にニコニコ笑う龍馬。
この意外な展開に、中岡はわけもわからず龍馬に訊ねる。
「……何だ、これは? さっきまで熱く論じていた日本の行く末はどうなったのだ?」
「中岡よ」
龍馬は土間に転がる軍鶏を拾い上げて言う。
「日本の行く末はそこにあるぜよ。――さ、コイツで祝言の準備じゃ」
中岡は龍馬が指さした二人の若者に釘付けになった。
そして脱力しながら笑う。
「なるほどな。確かにこいつらは日本の行く末だ」
それにしても、と中岡は改めて坂本龍馬という人物に感嘆する。
(凄い男だ。屁を放っただけで男女の恋を実らせるとは。場合によっちゃ、屁だけで日本を救うかもしれないな、龍馬というヤツは……)
紆余曲折という掻い摘んだ表現が気になったものの、龍馬と中岡はお先の説明にひとまず安堵した。
「それじゃあ、ワシらやその為に死んでいった多くの命は無駄にならんかったっちゅうことじゃな?」
「勿論でございます。その尊い御霊は西郷さん、大久保さん、木戸さん(桂小五郎)の維新三傑を含め数多くの偉人達によって引き継がれ、その結果として我が日本は西欧諸国に決して引けを取らない強国に成長を遂げました」
「そ、そ、そ、それを聞きたかったんじゃッ! やったぞ、中岡! これで日本は異人の植民地にならずに済んだがじゃ! ワシャ、もう思い残すことはない。死んでもええ! あ、死んじょるんじゃったな! わはははははは!」
歓喜の龍馬は盟友中岡に激しく抱擁するも、当の中岡は依然として自分の死を受け入れられないでいた。
「離れろ」
「ん、まだ臭うがか?」
「さすがに屁の脅威は去ったが、その振り子のように揺れる洟が気になるのだ。……龍馬よ、おまえはよくそう簡単に順応できるな。俺には今の展開が突飛過ぎて頭の整理が一向につかん」
「じゃき、さっきから言うちょろうが。考えるな。頭を巡らせると負けじゃ」
「俺はおまえのような阿呆にはなれない。例えば、俺がそこの戸を開け、近江屋に戻るとどうなる?」
「手遅れでございます」
中岡の質問を予期していたお先は、徐に立ち上がって戸を開けようとするも……。
「これこの通り、開けることままなりません。もはや私達がいるこの空間は、慶応三年とは切り離されて我々の時代へと移動している最中でございます」
「何と!」
信じられない中岡は「どけ!」とお先を突き飛ばし、力任せに戸をこじ開けようとするがビクともしない。
「ふざけるな! これでは誘拐ではないか!」
慌てて駆け寄る藤吉だが、土間に倒れるお先は素早く立ち上がって毅然と答える。
「ですが我々が誘拐しなければ、本物の中岡先生は今頃、全身めった刺しに遭い二日後に死んでしまいます」
「それについては感謝してやる。だが、クローンとかいう影武者をあえて殺させる意味は何だ?」
「あの日、近江屋で御三方が襲撃されたという事実を残したかったからです。単なる御三方の救出では歴史はガラリと変わってしまう可能性があり、もしかすると倒幕すら成し遂げていないかもしれません」
「俺達を救った真意は先程聞いた。……未来の国が汚れているから洗濯し直せ、とな」
「はい」
「そこには既に高杉さんもいる……」
続けて首肯するお先。
「下関の桜山にて高杉さん臨終前夜に、我らの一味が床に伏せる高杉さんをクローンと入れ替えました。高杉さんの患った肺結核ですが、我々の時代では簡単に治癒する病なのです。中岡先生と坂本先生、それに高杉さん……この"革新三傑"を招聘することこそが我ら組織の悲願でした」
ずっと黙って聞いている龍馬、この説明で高杉の声に目を潤ませた先程のお先に納得する。
「倒幕以降、日本は確かに強くなり世界に誇る技術力も得ました。例えばクローンテクノロジー、環境資源リサイクルの恒久化、そして時間移動……未来にこそ行けませんが、我々はデータが現存する過去と現在の往復が自在にできるようになりました。しかし、その最先端技術を以てしても我が国は今や滅びる寸前なのです」
「そこまで栄えておきながら何故じゃ?」
ここで漸く龍馬が口を挟む。
「ワシらは日本の夜明けのために命を削ってこれまで奮闘してきたぜよ。おまんのいる未来の日本はお天道様に照らされちょらんがか?」
「維新以降に昇った太陽は今にも沈もうとしております。坂本先生が危惧されてらっしゃる通りの日本が明日にもやってきます」
「それは西欧列強による植民地化かえ?」
「いいえ。西欧列強だけではなく、阿片漬けにされたかつての大陸も……と申せば、信じられますか?」
「な、何じゃとッ?」
「坂本先生、天下泰平の平和ボケした末期の幕府のように、現代日本人はサムライの心を失ってしまったのです。その結果、政は弱腰に、自国を自国民で守ることさえ憚る風潮に支配され、他国の傭兵に守ってもらう弱小国へと転落してしまいました。その傭兵すらもはや不要と唱える平和論者が今日の日本の最高指導者なのだと申せば、坂本先生や中岡先生はどうお考えになりますでしょうか?」
「それは……いかんな」
「ですから我々はクーデターを企てたのです。かつての日本を取り戻すべく、幕末の有能な指導者を率いて我々は国家転覆を図るべく決起しました」
「おお、それがワシらじゃな。おまんこそ日本人の鑑じゃ」
お先の顔が曇る。
「ところが、私は純血ではありません。私には半分、大陸の血が流れています」
「……ほう」
「私の本名は緑撥……おわかりですか? 純血ではない私が日本の将来を慮るこの状況を。日本人には日本という己の国土を守ろうとする意欲がまるで欠落しております。それどころか、我々の思想を好戦的だと批判や時として弾圧さえします」
ふぅむ、と顎に手をやり、その場に胡坐をかく龍馬。
それとは対照的に、中岡はギリギリと歯噛みし地団駄を踏んだ。
「何をやっているんだ、我が子孫どもは! そのようなていたらくでは俺達が血と汗を流してきたことが全て水の泡ではないか!」
「なるほどのう……それで高杉さんと中岡という人選か。適任じゃな」
「他人事か! 龍馬、おまえもそこに含まれているんだぞ! よし、やろう! いまだこのカラクリに合点いかぬが、未来の日本のために立ち上がろうじゃないか!」
けれども、龍馬は畳にゴロリと寝そべって「ワシャやらん」と、今度は音を立てて屁を放つ。
「りょ、龍馬! 何だ、その屁は? 俺を愚弄してるのか!」
「大袈裟じゃのう。単なる生理現象やないがか」
「やれ!」
「やらん」
「貴様、それでも男か!」
「中岡、今の己の姿を忘れちょりゃせんか? 女装したおまんにそう言われても何の説得力もないき」
「く……!」
怒りと恥ずかしさのあまり赤面して黙り込む中岡。
一方、強烈な屁の臭いも我慢し、お先改め緑撥が龍馬に詰め寄る。
「坂本先生! どうして我々に協力してくださらないのです? たった今『それはいかん』と同調してくださったばかりじゃないですか?」
「おまんらの蜂起には反対せん。けんどのう、よくよく考えればワシは今日で役割を終えたがじゃ。出しゃばるのは好かんき、後はおまんらが考えて行動するんがええと思うがの」
「龍馬、この期に及んで何を言う? 藩主に御目通りすら叶わん下士に過ぎない俺達が朝廷と幕府、それに雄藩の薩摩と長州をここまで動かしてきたのだぞ。どうせ出しゃばるのなら、憐れな子孫どもの為にも出しゃばってやれ!」
「そう言うたち、これはワシらの時代、ワシらの問題じゃ。出しゃばりとは違うぜよ」
「坂本先生! どうか我々を見捨てないでください! 我々の時代もまた、坂本先生の愛した同じ日本なのです!」
龍馬は耳をほじりながら「……愛か」と呟く。
そして突然、起き上がったかと思うと「藤吉」と土間に佇む男の名を呼ぶ。
いきなり名を呼ばれ面食らった藤吉は「何でございましょう?」と近づくも、今まさに放たれた龍馬第三の屁に堪らず動きが止まる。さすがに、これには緑撥も懇願を忘れ龍馬から離れてしまった。
そこで偶然、向き合った藤吉と緑撥。
それを見た龍馬、ニンマリ笑うと「藤吉、続きじゃ」と何かを促す。
ところが、当の藤吉は勿論のこと、緑撥や中岡にもそれが何を意味するのか皆目わからない。
「龍馬、藤吉に何をさせる気だ?」
「決まっちょる」
龍馬は二人に向き直って言う。
「藤吉よ、愛の告白を中途でやめるがは男の恥、おなごにとっては失礼じゃ。……近江屋の夜討ちも終わった。これで何の邪魔も入らん。とっとと告白して早う片恋を終わらせるがじゃ」
これには緑撥が血相を変えて怒る。
「さ、坂本先生ッ! 私は今、国家の存亡について論じているのです! 恋愛など今の私には考えられません!」
「藤吉のことは嫌いかえ?」
「そういう問題じゃありません! 私は命を賭して幕末の時代へとやってきたのですよ!」
その凄い剣幕を無視して再び「藤吉」と、世話役に声をかける。
「は、はい!」
「お先さんの正体はリュウハとかいう混血じゃ。峰吉を誑かし、ワシらに銃口を向けるお転婆、おまけにご覧の通り短気ときちょる。……どうかのう? それでもおまんの気持ちは変わらんか?」
藤吉はゴクリと唾を呑み込む。
「どうなんじゃ?」
「か、変わりません! 私は……緑撥さんのことが……好きです!」
「ワシに言うな。惚れたおなごに言え」
頷いた藤吉はまっすぐに緑撥を見つめる。
「山田様、やめて。そ、そんな目で私を見ないでください……」
「そんな目で見ます! 繰り返しになりますが、この山田藤吉、かつての四股名は雲井龍、ワイは緑撥さんに一目惚れしました。ワ、ワイと……夫婦になってください! お願いします!」
「……い、いきなりプロポーズッ!?」
驚いた緑撥は耳まで真っ赤になって何故か龍馬を見る。
「ワシを見るな。惚れた男を見ろ」
黙り込む二人にニコニコ笑う龍馬。
この意外な展開に、中岡はわけもわからず龍馬に訊ねる。
「……何だ、これは? さっきまで熱く論じていた日本の行く末はどうなったのだ?」
「中岡よ」
龍馬は土間に転がる軍鶏を拾い上げて言う。
「日本の行く末はそこにあるぜよ。――さ、コイツで祝言の準備じゃ」
中岡は龍馬が指さした二人の若者に釘付けになった。
そして脱力しながら笑う。
「なるほどな。確かにこいつらは日本の行く末だ」
それにしても、と中岡は改めて坂本龍馬という人物に感嘆する。
(凄い男だ。屁を放っただけで男女の恋を実らせるとは。場合によっちゃ、屁だけで日本を救うかもしれないな、龍馬というヤツは……)
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