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第10章 一人、足んない

一人、足んない B4―6

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 赤い筋が不自然に石畳を伝う。
 よく見りゃ、台座に鎮座してる統治の王冠クラウンが、花子の胴体から流れ出る血を吸ってやがる。

 ……ああ、夫婦になるってのはこういうことか。涙ぐましいな。

 花子、オマエが憎んでた真っ赤な血、大粒のルビーが嵌まったようにキレイだぜ。ウダツが上がんねえ銀一色だった亭主が、一気に美術館所蔵の宝物に成り上がったみたいだ。
 フフ、俺もあやかりたいぜ。

 その様子を黙って見つめていた咲柚は、厳粛な歩みでゆっくり亡骸に近づいた。

「どれ、花子を葬ってやろう」

 花子は自ら死を望み、体中を滅多刺しにした。
 その花子の首を恩情で斬り落とした咲柚は、悪魔らしからぬ表情で動かぬ使用人へと跪く。
 
「ようやく解放されたぞ。よかったな」 

 セーラー服の花子を軽々と右肩に担ぎ、黒髪のロングストレートの頭部をまるでハンドボールのように掴んで再び立ち上がる。

「いつまでもこんなところにいると湯冷めする。拓海、私は戻るぞ。……その統治の王冠クラウンはオマエの物だ。ソイツを戴き、まずはこの低級魔界を治めろ」

 ”僕ちゃん”と入れ替わった岩清水拓海……つまり俺はとっくに泣き喚くのをやめている。
 このクソが! みっともねえ醜態、女の前で晒しやがって。

 さて、と。
 ここですぐに中身が入れ替わったことを悟られちゃマズイよな。
 俺は馬鹿じゃない。
 悔しいが、今の俺が貯蔵ティッシュを全部召喚したところで、咲柚の足元にも及ばない。
 己の能力を過信した結果、投獄され首を刎ねられた前世……いい教訓だ。真の悪党は狡賢くなきゃな。しばらく猫かぶるか。
 屋敷に戻って、覚醒した事実を知らせるためにヨコヤ魔とも接触しないとな。アイツの目的が何なのかを把握しとく必要もある。

「咲柚さん、僕もいったん戻るよ。望海ちゃんと猫助も、孤児院ここの指導士から守んないといけないし」

 涙を拭って名演技。レンズの割れた眼鏡を拾ってからのトドメ。

「コレ……僕がもらってもいいよね? 花子さんだと思って大事にするからさ」

 咲柚の顔が一瞬だけ優しくほころぶ。
 ヘン、チョロいな。……いや、実際いらねーけどさ、こんなガラクタ。
 咲柚は俺から目を離すと、入口に向かって叫んだ。

「そろそろ姿を現せ! 貴様はが欲しいんだろ?」

 そう言って、花子の生首を高々と掲げると、地下二階からずっと俺達を尾行していたゴスロリ服の剥き出しが、まるでゴキブリみたいな気持ち悪い走り方で広間に入って来た。

 猫助の顔が歪む。

 そうか……。
 剥き出しが猫助の顔をアッサリ諦めたのは、花子から提案があったからだ。
 死んだ後の私の顔をあなたにあげる、と……。




「あなたにそんな覚悟はない。微塵もない」




 確かにな。
 猫助、そう言われても仕方ないぜ。

「おい、よく聞け。オマエがその魔具で花子の顔を剥ぐのは認めてやる。だが、この頭部はオマエ自身が葬り、一生涯に渡って花子を弔え。約束できなければこの場で貴様を殺すぞ?」

 剥き出しは恭しく頭を下げながら言う。

「勿論でございますとも。花子様はあたしの大恩人でございます。これからは”二代目花子”として、拓海様のお側につきとうございます」

 ゲゲッ! 俺か? いらねーよ、オマエなんか!

「よかろう。くれてやる。だが、ここでは剥ぐなよ。埋葬場所、私の敷地へついてからだ。主人の拓海に案内させる。……というワケだ。よろしく頼むぞ」

 主人て、決定事項かよ!

「は、反対にゃん!」

 花子の死を引きずったままの猫助が、クシャクシャの顔で抗議する。

「はにゃんは一人だけにゃん! 拓海様のお世話もあたしとにょじょみがいるから、オマエなんて必要にゃいにょにゃん!」
「猫助の言う通りだ。オメーなんていらねーよ」

 俺は黙り込む。
 コイツらに同調する気はない。考えてみれば、俺にとってむしろ
 奥手の”僕ちゃん”と違ってこの俺ならば二人揃ってすぐヤれると思ったが、拓海がハーフ・インキュバスだってことを忘れてた。オメーら、クセーだけだよ。

 咲柚はメイド達の異議を却下する。

「猫助、望海。……花子がいなくなって手薄になった分、オマエらはリップアーマー製造に専念してもらう。拓海と遊んでいる暇などない。帰って一晩休んだら、リップアーマーの生産を再開しろ」
「そ、そんな……」
「副材調達はしばらく必要ない。こちらの態勢が整ってからだ。……以上。皆共、任務ご苦労」

 二人とも不服そうな顔だが、咲柚に逆らえる筈もないのだ。それに、猫助達と二代目花子じゃ水と油だしな。
 渋々頷きながら、名残惜しそうに二人は俺を見る。
 悪いな。
 俺はもうオマエらの知ってる岩清水拓海じゃねーんだよ。セックスできねー女なんて用なしだぜ。
 
 その点、剥き出しからはニオイがしない。
 このままだとグロいけど、花子の顔がくっつけば……いや、所詮は人造人間だ。まだティッシュのダッチワイフ――セーコ抱いてる方が……いやいやいや、どっちも勘弁してくれよ! 俺は普通のまともな女を抱く。
 そうそう、このスカみたいな低級魔界でも、女だけで判断すりゃここはヤリマンの宝庫、パラダイスじゃねーか。クリェーシェルでもいいしスタッフミュルでもいい。童貞の拓海くんにいろいろ指導してやってくれよ。
 
 ……ヤッたら結婚? 知ったことか!

 だったら、そんなくだらねールール作った咲柚に俺の童貞喰ってもらおうか?
 イヤがんだろーな、咲柚。抵抗して絶叫するところを無理やり……みたいによ。
 卑猥な体位をあれこれ考えていたら、花子の胴体を担いだ咲柚はそのままスッと消えやがった。何だよ、つれねーな。
 
 ……ま、そのうちな。
 今の俺じゃ、マジであのチートサキュバスに殺されちまう。
 女より、まず召喚術を磨くことだ。”僕ちゃん”てば、結局たった二体しか召喚できてねーし。



 咲柚と花子が去って広間に残ったのは、俺と望海と猫助と白衛門、花子の生首を大事そうに胸に抱く二代目花子……それに、ルビーだらけの統治の王冠クラウン

 そして、この冒険のシメは俺がその統治の王冠クラウンを頭に戴くこと。




「花子の魂は永遠に拓海様の元へ……我が夫と共に」



 
 ハハハッ! 仰る通りだぜ!

 オマエら、幸せ者だな。
 この魔王の即位式に立ち会えるんだからな。

「白衛門、僕に統治の王冠クラウンを被せてくんない?」
「御意」

 ノシノシと台座に近寄り、つまむようにその魔具を持って俺の頭にちょこんと乗せる。

 今まさに、この俺が王になった。王子じゃねえ、王だ!

 俺にしか聞こえねー声量で白衛門が言う。



「入れ替わったでござるな?」
「……ああ」


 さすがは俺の精子から成る息子だぜ。
 咲柚は欺けても、スペル魔までは騙せねーか。



 おい、”僕ちゃん”。
 そういやオメー、まだ反抗期って一度も経験ねーよな?


 溜まってんのは精子だけじゃねーぜ。

 鬱憤ってヤツがよ、それ以上に腐るほど溜まってんだよ、この俺には!!!


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