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第10章 一人、足んない

一人、足んない B2―4

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 明らかにおかしい。

 悪魔に惑わされる猫助じゃなく、花子さんの態度が……。

「この際だから打ち明けます。私はあなたが忌々しかった。初めて出会ったその日から」


 え……?


 そ、それって衝撃の告白!

 望海ちゃんも僕同様に驚きの色を隠せなかったが、術にかかってるせいか、当の猫助はきょとんとして花子さんを見つめてる。

「は、花子さん……何を言ってるんです? 今、そんなことぶっちゃけなくても……」
「拓海様、私は猫助さんの本性を知っています。この人の猫になりたがってる願望はタダのパフォーマンスなのです」

 パフォーマンス? そんな馬鹿な!

「で、でも、猫助は間違いなく僕の苦手なニオイを発してる。彼女は絶対に動物性愛者ですよ!」
「そこは否定しません」

 花子さんの発言に、意表を突かれた悪魔サイドの二人も聞き役に徹してる。
 おいおい、仲間割れかよ……元ケットシーの悪魔はそんな顔で高みの見物を決め込んでるけど、剥き出しは不安そうに僕達の成り行きを見守ってるカンジだ。

「人間よりも猫を愛する気持ちに偽りはないでしょうし、将来的には猫になりたいという気持ちも少なからずあるでしょう。……ですが」

 花子さんはそこで言葉を切って、もう一度猫助を睨んだ。

「それは決して叶わぬ夢だからこそ、身勝手にそう思えるのです。実際は人間の姿のままで、素敵なオス猫と一緒に過ごせたら彼女は十分それで幸せなのですよ。しかし、それは私から言わせれば中途半端で鼻につきます。虫酸が走るのです。だったら、正直にそう言えばいい。猫助さんの一連のお芝居はこの私を冒涜しています」

 花子さんを冒涜?
 どういう意味だ? 猫助が実は人間のままでいたがってること……それがどうして花子さんと関係あるんだ?
 今に始まったことじゃない。
……時々、僕は花子さんがわからなくなる。

「猫助さんのその生半可な気持ちが、こうして私達を足止めさせているのです」
「そうだとしても!」

 僕は声を大にして言わずにはいられなかった。

「どうしてこんな大事な時に、そんなことをわざわざ言わなくちゃならないんです? 僕達がこのダンジョンを攻略するには、お互いの信頼関係が大事なんでしょう? 花子さんがそう言ったんですよ!」
「信頼関係?」

 花子さんは鼻で笑った。

「私を欺き続けている人を信頼なんてできるものですか。そんなものは表面上だけ整っていればよいのです。そういう意味で洞窟生活は全くの無駄ではありませんでした。……人間の絆など雪の結晶のようにもろい。そもそも、私は生き物が嫌いなんです。以前、拓海様にもそう言った筈ですが?」

 気づくと、猫助は涙を流してしゃくり上げてる。
 普通にまばたきだってしてるし、仲間を慰めるよう抱きついた望海ちゃんにそのまま身を任せてる。
 その望海ちゃん、無言のまま激しい敵意のまなざしを花子さんにぶつけてる。

 花子さんによる予想だにしない発言のせいで、僕達パーティは一気に崩壊寸前まで追い込まれてしまった。

「マズイな」

 一方、元ケットシーの悪魔はそう独りつ。
 僕から見てもよくわかる。
 猫助の洗脳は花子さんによって自然と解かれてる。
 もしも、これが花子さんの作戦だとしたらこんなに嬉しいことはない。

 でも、そんな計算上での発言じゃないことはわかりきってる。感情がこもり過ぎてる。
 花子さんは本気で猫助を嫌ってるんだ。
 もはや修復不可能な雰囲気が僕達四人の間に漂ってしまってる。
 ずっと黙ったままの白衛門も、こんなドロドロした修羅場にわざわざ介入したりしない。
 それが賢明だ。


「そこの元マンチカンの方。そういうワケですので、猫助さんの顔は断念してください。ついでに”草薙マユ”の名前も返却願います」


 剥き出しにしてみればあまりにも身勝手な勧告に肩を震わせ、そのグロテスクな顔を花子さんに向けた。

「そ、それでは、このあたしはどうなるというのです? あたしは……この時のために全てを捨てたんですよ?」

 ところがそれには答えず、花子さんは元ケットシーの悪魔に訊ねる。

「今一度確認しますが、この階のトラップはあなたではなく、こちらの元マンチカンの方でよろしいのですね?」
「そうだよ。僕はあくまで挿げ替えのメスを彼女に提供しただけであって、キミ達の行動を阻止する任務まではダンジョンマスターから依頼されていないんだ」

 面白くなさそうに腕組みしながら、元ケットシーの悪魔はそう答えた。

「では……」

 花子さんは今にも泣き崩れそうな剥き出しに近づいて、耳元(耳は削ぎ落とされてなかったが)で何やらボソボソと語り出した。
 それがあまりに小さな声なので、僕達にはサッパリ聞こえてこない。

 剥き出しは花子さんの発言をにわかには信じがたいのか、何度も何度も問いただしてる。
 興奮してるわりにはその声もひどく小さいので、やっぱり僕達にはうまく聞き取れなかった。

 ふと、望海ちゃんの顔を見る。
 彼女は猫助の猫耳カチューシャをつけた頭を撫でながら、僕に小首を傾げてみせた。
 ……そう、僕達には花子さんが何を考えてるのか全くわからない。

 どうして僕達に隠すよう、あんなに声をひそめて話さなきゃなんないんだ? 
 しかも、内緒話の相手は僕達の敵なんだぞ。
 これじゃ、誰が味方で誰が敵なのかわからないじゃないか。

 花子さん……何を考えてる?
 このパーティのリーダーは僕だ!

 かといって、打開策なんてありゃしない。
 こんな状況じゃ、新たなスペル魔を召喚することだってできないし。

 望海ちゃんに抱きついて泣きじゃくる猫助に近づき、そして無言のまま僕は二人ごとハグした。

 ……不安だったんだ。

 このまま、僕達はバラバラになりそうで。花子さんが遠い存在になりそうで。
 望海ちゃんはそれを察して、僕の肩に優しく手を置いた。
 彼女も僕と同じ気持ちなんだってことが痛いくらいにわかる。

「猫助」

 頬に左右三本ずつ描き直されたヒゲが涙で滲んでしまってる。自然と哀れさが増長されてる。
 僕はそんな猫助の名前を呼んで、顔をこっちに向けさせた。

「僕はキミの生き方を素晴らしいと思ってるよ」
「……ホントかにゃん?」

 僕は頷く。

「だって、キミは人間として生まれたんだから、人間で在り続けることに何の問題もない。でも、だからって猫に恋することも間違いじゃないよ。人間のまま猫を好きになったって全然いいし、猫が好きだからって自分まで猫になる必要はないんだ。どこの誰であれ、それを中途半端だとかパフォーマンスだなんて罵る権利はない」
「ウチもそう思うぜ」

 猫助と僕を抱く望海ちゃんの力がいっそう強くなる。

「あの女は言っちゃなんねーことを言っちまった。悪いが、ウチはあの女とは別行動を取らせてもらう。……猫助もそうすんだろ?」

 猫助は黙ったままだ。迷ってるのか。
 僕だって、もう花子さんとはやっていけない。

 だけど、ここを無事クリアしたとして、花子さんを狙ったトラップはまだこの階下に残ってる。
 花子さんを見殺しにして先に進むなんて、そんな白状なことができるか……?

 みんながバラバラになりそうな時こそ、それをリーダーである僕がまとめなきゃなんないんだ。
 なのに、僕が花子さんを見捨てるような考えを持っちゃいけないだろ?

「望海ちゃんの気持ちはわかる」

 僕は人を愛せない処女の強烈なニオイに我慢しながらも言葉を続ける。消臭スカーフ、あんまり効果ないような……。

「だけど、キミはさっき、花子さんに助けられたんだよ? あの冷血な花子さんがしこしこ踊りに協力して歌ってくれたんだ」
「だから何だよ?」 
「借りは返そう。その後のことは、キミがどうしようと咎めたりしない。……猫助もだよ。結果的に、キミはその顔を剥がなくて済んだ。方法論はともかくとして、今もそうやってかわいい顔のままいられるのは花子さんのおかげなんだから」

 望海ちゃんも猫助も無言を貫く。
 その表情は複雑でちょっと僕にも何を考えてるのかわかんない。

 だけども、れっきとした事実……猫助は剥き出しの誘いを断った。
 釈然とはしないけども、僕達パーティはトラップを攻略できたんだ。
 なのに、元ケットシーの悪魔が言ってたような、下へ通じる階段は一向に現れやしない。

 二人から離れて、長身の傍観者に詰め寄る。

「どういうことです? 猫助は挿げ替えのメスの魔術から意識を取り戻しましたよ。これはクリアだと見なされないんですか?」

 僕の抗議に、まだ腕組みしてる元ケットシーの悪魔は、顎をしゃくって花子さんと剥き出しの二人を見た。

「まだトラップ本人が取り込み中だ。それにこの僕だって今回の仕掛けについては何も知らない。文句があるなら、ここのダンジョンマスターに言ってくれよな」

 だとすれば、僕達は二人の会話が終了するのを待つより他はない。
 ずいぶん長い。
 入念に何を話してるんだろう?



 彼女達の話し合いが終わったのは、それからもうしばらくしてからだった。

 音を立てた石畳の表面に、穴が徐々に開いていく。
 ずいぶん狭いが、それは待ちに待った地下三階へと通じる階段だった。
 その先頭を、花子さんが黙したまま下りて行く。

 ……何だよ? 
 今まで剥き出しと何を喋ってたのかの説明もなく、僕達は散々待たせた謝罪の言葉もないのか? 

 癪に障りながら、僕達もその後に続く。
 白衛門は超巨乳の女の子に姿を変えなければならなかったが、それ以外は何の問題もなかった。

 下りる間際に、元ケットシーの悪魔が軽く僕に手を振ったけど、あえてそれを無視した。応える義理はない。
 剥き出しの女の子は棒立ちのまま、僕達が階段に下りていく様をただただ見つめてる。
 
 ……気味が悪いな。
 
 剥き出しの顔もそうだけど、この地下二階をクリアしたという達成感がどうにも乏しい。
 本当にこれで終わったのか?

 花子さんに対する不信感はますます募る一方だ。

 望海ちゃん、猫助、そしてこの僕も……。

 この先のいかなる未知なトラップよりも、花子さんの思惑の方が僕達にとってはよっぽど不気味だ。


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