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第9章  ティッシュが足んない

ティッシュが足んない 7

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 白衛門の発言が何を意味するのかわかんなかったし、知りたいとも思わなかった。

 咲柚さんが真の敵……?

 そんなの勝てるワケないじゃんか。
 相手は正真正銘の悪魔だし、ましてその父親は魔王サタンだぞ!
 
 それよりも、僕は自分自身のことで精一杯だ。
 ティッシュマスターの技を身につけて、タダのぼっち、タダのハーフ・インキュバスから成り上がりたい気持ちはあるけれど、今のこの性格までは変えたくない。
 今の自分じゃなくなるなら、それはもう僕じゃない。”俺”に支配された別人格の岩清水拓海だ。




 白衛門と共にティッシュ(望海ちゃんが持ってきたヤツ)片手にひんやりとした洞窟へ戻ると、花子さんはもう起き上がってて、猫助と一緒にレジャーシートの上に広げた紙に目を落としてた。
 
 ……あれ、望海ちゃんがいない。


「お帰りなさい」


 僕達に気づいた花子さんがその紙を折り畳み、ゆっくり立ち上がって出迎えてくれる。

「召喚に成功したようですね?」

 知ってるということは、望海ちゃんは一度ここへ戻ってるんだ。
 猫助は「トンボ! トンボ!」と飛び跳ねて、僕に新たなスペル魔を見せるよう催促する。
 その召喚を嬉しく思ってない僕はそれらに答えないで、

「まだ寝てなくていいんですか?」

 と、花子さんに訊き返す。

「十分に休みました」
「今晩は無理しないでください。僕と白衛門で見張りをやりますから」

 花子さんは素直にペコリと頭を下げた。

「昨夜はどうかしていたのです。白衛門様にお声を掛けていただいたのですが、我を張ってお断りしてしまいました。どのみち、考え事で眠れなかったものですから」
「考え事?」 
「個人的なことです」

 割れたレンズの奥の眼光が鋭くなった。それ以上の追及は許さない、という目だ。

 そんな重苦しい空気を無視して、猫助が「トンボ見せるにゃん!」と僕にしがみつく。

「そんなに珍しいモンじゃないよ。見せてどうするのさ?」
「猫はトンボ食べるにゃんよ」

 食べる気かいッ!

「猫助は人間だろ? 百歩譲ってキミがトンボを食べるとして、アレはティッシュの塊だよ? しかも使用済みティッシュだ」

 むぅぅ、と唇を尖らせた猫助はトンボの踊り食いを断念した様子。

「確かに、拓海様のシコシコティッシュは勘弁してほしいにゃんな」

 何故だろう?
 食べてほしいワケじゃないのに、断られたら断られたですごく傷ついてしまう。
 そして、僕のシコシコティッシュそのものの白衛門は僕以上に傷ついてた。「白にゃん平気」と言ってくれた猫助の発言だから余計にショックだったんだろう。

「ところで、望海ちゃんはいないんですか?」

 花子さんに訊いてみると、「戻ってすぐに出かけました」とそっぽ向きながら答える。

「……出かけた? どこにです?」

 花子さんに代わって猫助が「場所は知らにゃいにゃんが、手鏡持ってったにゃん」と教えてくれる。
 ああ……そういうことか。道理で花子さんが僕から目を逸らすワケだ。


 話題を変えよう。


「今、二人で何を見てたんです? 何かの図面みたいでしたけど……」
「拓海様にも見ていただきます」

 しゃがんだ花子さんは折り畳んだばかりの紙を広げる。


「私達が目指す孤児院の見取り図です」


 僕は息を呑んだ。
 忘れてた。
 スペル魔召喚にばかり気を取られてて、僕はダンジョンのあるべき場所にはまるで関心がなかった。

「これは正確なものではありません。ですが、私と猫助さんが何度も忍び込んで調べたものですから、ある程度は役に立つ筈です」

 暗くてハッキリわからない。
 レジャーシートの上に転がってる懐中電灯を照らして、僕はその手書きの見取り図を食い入るように見た。

 第一印象は……広い。

「まるでお城みたいですね?」
「広さだけで言えばそうなります。十年くらい前まではこの中に14歳未満の半悪魔が大勢住んでいたようです。ところが、大勢いたのに小部屋が殆どない。……咲柚様が仰っていた”セックス教習所”はつまり、集団的性行為――スワッピングを年若の者に対して当たり前のように教えていたのです」

 花子さんは嫌悪感丸出しでそう口にした。
 僕がそんなところに送り込まれてたらと思うとゾッとする。
 嗜好はそれぞれだけども、ピュアラブ精神を説く咲柚さんならば半悪魔をゴミと罵るのもこれで頷ける。
 カルト教団のような低級魔界のおぞましき儀式を聞かされて面食らったけども、それより僕は花子さんや猫助がその孤児院に何度も潜入してることの方が驚いた。

「その孤児院には簡単に行けるんですか?」
「物理的には容易です。岩清水邸のあの地下室からこの洞窟がリンクしてるように、ここから孤児院へ行くことに何の障害もありません」
「でも、中の人は花子さん達のニオイにすぐ気づくんじゃないですか?」
「そのために、私達は消臭スカーフを巻きます」

 初めて耳にする。何だ、その便利そうなアイテムは?

「元々、咲柚様のために拓海様の御父上――衆三郎様が開発した新素材の布です。メイド達がそれを巻けば私達の発するニオイは半分程度に抑えられるのですが、やはり実用的ではないとすぐに現在の完全防備型メイド服が採用されたのです。……私が咲柚様にお仕えするずっと以前のことですが」

 父さん、ガチですごいな!
 そんなの簡単に作っちゃうんだ!

「勿論、そのスカーフだけでは相手に悟られる可能性は大です。なので、私と猫助さんが同時に孤児院へ潜入することはありません。ニオイが倍になってしまいますから」
「じゃあ、あの宇宙服みたいなの着ればいいじゃないですか?」
「アレですと却って目立ってしまいますし、機動力も格段に落ちてしまいます」

 そりゃそうだ。もっと考えて喋れよ、僕。

「もしも、中にいる指導士に見つかればタダでは済まないでしょう。人間排斥の流れになっている今ならば尚更です」
「シドウシ……その人達が産まれたばかりのハーフ・インキュバスやハーフ・サキュバスを教育してるんですか?」
「はい。教育もしますし、名づけ親にもなります。今は新生児がいないので、多くの指導士は職を失っているようです」

 名づけ親と聞いて、ふと疑問を感じた。

「今更なんですが、ここの街並みもそうだし半悪魔も見た目は日本人なのに、どうして名前だけが西洋風なんでしょう?」

 クリェーシェルさんがそうだし、ヘンリーさん、ミュルさんもそうだ。

「憶測ですが、おそらく親のインキュバス、もしくはサキュバスの名前を優先してつけるのでしょう。それだけが夢魔の名残になるのですから」

 そうかもしれない。
 ここの住民は悪魔族や僕らから”低級魔界”と呼ばれてる事実さえ知らないんだ。
 ある意味、可哀想な種族だよな。


 その時だった。



 ――ッ! だ、誰か来る!


 

 ……って、何てことはない。
 
 自分の顔で気持ちよくなったスッキリ帰りの望海ちゃん……いや、全然スッキリしてそうな表情じゃなかった。
 
 その顔は……激しく脅えてる?




「だ、誰か来る!」





 やっぱり来んのかよッ!
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