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第8章  リーダーシップが足んない

リーダーシップが足んない 8

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「境遇から申せば、私は猫助さんとそう変わりません。私もカミングアウト後は苛められる対象でした」

 食事を済ませてから、僕達は紙コップで熱い紅茶を飲みながら花子さんの話に耳を傾けた。

「自分の性嗜好を偽って群衆に溶け込むこともできたでしょうが、果たしてそのような人生に何の意味があるでしょう? 日に日にその疑問は大きくなり、ますます私を問いただすのです。ですからある日、私に告白した男の方にこう申し上げたのです。『人間のあなたより、私には高圧送電用鉄塔の方が遥かに魅力的なのです。従って、人間のあなたとはお付き合いできません』と……」

 強い……。
 僕には花子さんのように、社会に対して自己主張できる勇気なんてない。

「噂は一気に校内中へと広まり、私は変態女のレッテルを貼られるようになりましたが、それと同時に偽りの人生から解放されたのです。学校を捨て親を捨て一般常識を捨てた私はその高圧送電用鉄塔と共に暮らすことを選んだのですが、無慈悲にも電力会社の方々によって私達の結婚生活は強制的に終了させられたのです」

 当然だろうな。
 結婚相手は電力会社の所有施設だし、ヘタしたら花子さんは感電死してたかもしれない。電柱とは違うんだ。

「私は全てを捨てて高圧送電用鉄塔の元に嫁入りしたのです。拓海様にはクリェーシェルさんのアパートでもお話しましたが、失意のドン底であてもなくさまよっていた時に岩清水邸に運命的な出会いをしてしまい、そして現在に至るのです。咲柚様にお仕えするようになって、もうすぐ三年が経とうとしております」

 岩清水邸にずっと住んでる一人息子のこの僕は、その事実を初めて知ったところだ。

「質問していい?」

 紙コップを空にした望海ちゃんが口を開く。
 花子さんは軽く首肯した。

「花子さんが岩清水家に来たの、熊パンダ状態ながらウチは覚えてるよ」
「そうでしたか」

 意外そうな顔で、年下の先輩を見る花子さん。

「私は直接、咲柚様から作業指導していただいたので、望海さんとは殆ど接点がありませんでしたね?」
「熊パンダじゃ言葉も喋れねーからな。……でさ、あの時が17として今ハタチだろ? どうしていつまでもセーラー服なんか着てんだ?」

 直球過ぎるがナイスだよ。
 僕もずっと思ってた。でも、訊ける雰囲気じゃなかったから望海ちゃんに感謝だ。


「私は望海さんとは全く逆の人間です」


「どういう意味で?」
「望海さんは自分のことが好きで自分しか愛せないのですよね? しかしながら、この私は自分が嫌いなのです。自分が人間であるという事実を受け入れたくありません。この体内に真っ赤な血が流れていることさえ忌々しく思っています」




「人は醜いです。私を含めて」
  
「だから嫌いなんです。生き物というヤツは」




 三人の中で花子さんが一番病んでる。
 勿論、これは僕なりの解釈だし、それを花子さんに言ったら本気で気分を害するだろう。彼女自身、自分を確立できてるんだから。この僕以上に。



「ですから、自分をよく見せるために着飾る必要もないのです。と申しましても、さすがに全裸では補導されてしまいますので仕方なく服を着てます。全てを捨てたあの日にたまたま高校のセーラー服を着ていたので、その延長としてハタチになってもこの格好でいるだけです。それに意味なんてありません」

 ある意味、一部のマニア層にはそのセーラー服が堪んないけどな。……この僕含めて。少なくとも、猫コスしてる猫助よりは断然いい。

 セーラー服は萌えるけども、僕は花子さんの過去に興味がある。純粋にね。
 それは彼女が岩清水家に仕えるようになって以降のことだ。

「猫助がここに来る半年前までは、望海ちゃんと二人だけでリップアーマーの軟膏部を作ってたんですか?」
「いいえ。しばらくは小園こぞのさんという方もいらっしゃいました。新入りの私に親切に接してくださいましたが、残念ながらある日を境にニオイを出せなくなったので、今はメイド業に従事しておられます」

 その原因は低級魔界でハーフ・インキュバスによって……だろう。あえて確認する必要はない。

 僕は質問を続ける。
 波状的に。

「熊パンダ状態の望海ちゃんは仕方ないとして、花子さんはずいぶん低級魔界のことについて詳しいですよね? ここに来てたった三年弱なのに」
「小園さんから孤児院のこと、その下に造られたダンジョンのこと、レイチェフ暗殺隊のこと……その他瑣末なことまでいろいろ教えていただいたのですが、それよりも咲柚様に直接指導していただいたことの方が大きいです」
「花子さんは時々、その咲柚さんのことを”我が姫”って呼びますよね? それはどうしてですか?」
「他意はありません」
「今日、あの会議室で咲柚さんが話した人間界と低級魔界の統一計画は事前に知ってましたか?」
「いいえ、初めて知りました」
「花子さんは咲柚さんに内緒で、猫助と共に統治の王冠クラウンを手に入れようとしてましたよね? それはやっぱり、そのアイテムを使うことによって蜂蜜・蜜蝋・ホホバオイルを手に入れやすくなると考えたからでしょうか?」
「あの時点ではそうです」
「でもさっき、リップアーマーの副材なんて、咲柚さんの力があれば簡単に手に入るって僕に言いましたよね?」
「言いました。ですが、それは最悪の場合を想定しての話です。そのような目的のために、我が姫に直接この世界へ足を運んでいただいては、リップアーマー製造にかかわる私達の立つ瀬がありません。それらを手に入れてリップアーマーの軟膏部を製造することが私達の仕事ですから」
「だけど、咲柚さんから統一の計画を聞かされて、統治の王冠クラウンの使用目的も変わったことを知る……。だから、僕が『人間界のため』って言った時、花子さんは『小さい』とたしなめたんですね?」

 花子さんは黙ってる。イエスともノーとも言わない。
 望海ちゃんも猫助も次に喋る番は花子さんだと思ってるから、彼女が口を開くのを待ってる。当然、この僕も。

 ぬるくなった紙コップの紅茶を飲んで、ようやく花子さんは沈黙を破った。


「正直、。人間だろうがハーフ・インキュバスだろうがハーフ・サキュバスだろうが……統一したからってどうなるんですか?」
「……は、花子さん?」
「さきほども申しましたが、私には自分の中に流れるおぞましき血潮が大嫌いなんです。私は人間を醜いものだと認識しております。統一構想に関して、そんな私に窘められる拓海様……もう少しご自分の立場を把握した方がよいですよ。……では、今晩はこれで。おやすみなさいませ」



 懐中電灯を消した花子さんは一人、見張りのため洞窟の入口に向かう。
 ポツンと残された三人の14歳(白衛門除く)。



 僕は初めて気がついた。

 低級魔界にもちゃんと月が出てる。


 その月明かりに照らされた花子さんを見つめながら、僕は自分の置かれた立場について考えてみた。


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