ティッシュが足んない ~などとサキュバスの息子のムスコが意味不明な供述をしており~

よん

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第4章  心が足んない

心が足んない 6

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 いつまでも人情横丁に留まってはいられないので、僕達三人は急いでその場から離れる。
 本来ならば通報しなければならない立場だけども、僕達はここの住民じゃない。そこの説明からしてややこしい。
 それに、この世界の王子とされるこの僕にどれだけの権威があるのか甚だ疑問だ。ヘンリーさんの態度も平身低頭とは程遠かったし。
 
 雑踏を避けて、近くの山を目指すことにした。
 人目を避ける目的もあるし、それに天然の蜜蜂は野山にいる。
 まさか、熊パンダ人間改め碁ねーさん、養蜂場を襲ったりは……いや、民芸品の店主を殺すくらいだからあり得なくもない。狂暴だって言ってたし。

「しくじりましたね」
 
 ようやく手頃な木陰で腰を下ろした僕達。
 花子さんはスカートの裾を直しながらそう言った。

「しくじった……? 誰がです?」
「私です。言葉足らずでした。死体の近くにいた猫助さんに『落ちた蒲鉾を回収してください』と伝えたかったのですが、まさかその場で食べてしまうとは思いませんでした」
「え、そうだったにゃんか?」

 猫助が驚いたように、花子さんに詰め寄る。

「おなか空いてたにゃんよ。夜通し飲まず食わずでイケニャン追ってたにゃんから」
「いいんですよ。私がズボラだったんです。レジ袋を持ってましたけど、右手は空いてたんですから、私が拾うべきでした」
「でも」

 と、僕が質問する。

「猫助が言ってた通り証拠隠滅になったじゃないですか? 少なくとも、あれで碁ねーさんが疑われる要素は一つ減りましたよ?」
「確かにその通りです」

 割れたレンズが僕を見る。

「ところで拓海様。この魔界はどのようにして成り立っていると思われますか?」

 予期せぬ逆質問に僕は一瞬言葉に詰まる。

「わかりません。でも、忠実に日本の光景が再現されてると思いました」
「そうなんです」

 花子さんは頷きながら、レジ袋の中から一本のホホバオイルを取り出した。

「例えばコレです。ハーフ・インキュバスやハーフ・サキュバスがこれをどうやって製造してるか想像できますか?」

 想像してみた。異物が入らないよう帽子とマスクで顔を覆い、完全防護の作業服を来た半悪魔たちを……無理だ。

「想像できませんでした」
「でしょう。ホホバオイルもカップやきそばも竹細工の民芸品も電柱も……あらゆる物体を作ってるのは別空間にいる彼らの親の脳が作ってるのです」

 これはまた……とんでもないスケールの話になりそうだ。

「私もここに来て二年に満たないのです。本来ならば、拓海様は我が姫から直接お訊きになられた方がいいのですが……この際だからお話ししておきます」

 僕はゴクリと生唾を呑んで緊張感に耐えた。

「人間界で夢魔に襲われた人間は魔界へ引きずり込まれます。ここにいるハーフ・インキュバスやハーフ・サキュバスを産むのはサキュバスであり人間の女であったりしますが、そこに明確な違いはありません」

 僕はサキュバスの咲柚さんから産まれた。
 ただ、そのまま僕だけが人間界に留まったんだ。……何故だかわかんないけど。

「拓海様の前では憚られるのですが……誕生したハーフ・インキュバスやハーフ・サキュバスは、実は望まれた生命ではありません。よって別世界へと隔離する必要がありました。それがここです。魔界からは”低級魔界”と呼ばれてますが、ここの住民はその事実を知りません」

 昨日、猫助も言ってたな。ここはスカみたいな世界だって……。

「魔界に連れ去られた人間は元の人間界には戻れませんが、彼らはそれなりに幸せな生活を送っています」
「それは性奴隷であってもですか?」
「彼らはそれすら望んでいるのです。だから堕ちたんです。私が言いたいのは、彼らは我々が思うほど悲観していないということです」

 そんなものかな。僕には理解できない。

「ただし、我が子の半悪魔に会うことは許されません。愛するその子を思う親達のイメージで建造物であったり物資であったり、そのようなものを仕送り的に低級魔界へ発信することができます。半悪魔は親のイメージで作られた物があってこそ、このような生活を送ることができるのです。そしてその親達が日本人なので、ここのエリアが日本的な街並みになっているのは必然なのです」
 
 長い説明だが、少しも苦じゃなかった。むしろもっと訊きたい。

「じゃあ、ここの住民は働かなくてもいいってことですか?」
「一部の第三次産業は必要ですよ。物があってもそれを売らなければなりませんし、性接待なども必要でしょうしね。……私には理解できませんが」
「じゃあ、蜂蜜はあっても、それを作る養蜂場なんてここにはないんですね?」
「その通りです。この低級魔界でも花が咲いて蜜蜂は飛んでいますが、ここの半悪魔にとってそれは花であり蜜蜂でしかありません。そこから何も作りだす必要はないのです」

 何という存在なんだろう。ハーフ・インキュバス、ハーフ・サキュバスとは……。

 そしてこの僕はハーフ・インキュバスの王子。
 僕が将来的に彼らを率いる立場になるんだとしたら、何をすればいいんだ?
 彼らにはあまりにも不遇すぎる。箱庭で飼われる小動物のようだ。

「彼らの一部には今の現状を不服に思う者もいます。例えば、ミュルさんのように……」
「そうそう。ミュルさん、一体何をしたんですか? 今は反省して真面目に働いてるみたいだけど」
「果たしてそうでしょうか?」
 
 花子さんはゆっくり立ち上がり、遠くを見つめた。

「どうやら私達はハメられたみたいです。無機物と違って平気で”裏切り”を選択する……だから嫌いなんです。生き物というヤツは」



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