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第2章  説明が足んない

説明が足んない 6

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 化学者だった父さん――岩清水衆三郎は、夢魔を退散させる新薬開発のプロジェクトに参加してた。
 けれども意見の対立で学会から孤立して途方に暮れていたところに、夢魔のプリンセス――咲柚さんと出会った。
 というより、強姦されてしまった。……肉食女子と草食男子の典型だな。
  
 その後の経緯はわからない。
 どうして父さんはそのまま人間界に残れたのかは咲柚さんが話してくれないので知るすべもないが、結果として夫婦二人三脚でリップアーマーを開発・商品化に成功した。
 そのリップアーマーの製造法はリップアーマー社の一部の人間を除き、世界中の頭脳を擁してもいまだ誰にも解明できてない。
 
 僕にはその理由がわかった。
 まさか、その成分の一つに処女のニオイが含まれてるなんて……まず識者達の着眼点からして間違ってるんだ。
 更に猫助曰く、二人の人間が材料を探しに魔界へ足を運んでるという。
 リップアーマーの原材料が魔界にあるならば、人間界しか知らない人間がどんな血眼に成分分析したところで一生わかる筈がない。
 どうしてもリップアーマーの模造品を作りたければ、サキュバスの咲柚さんに大金払って頭を下げてお願いするしかないだろう。……絶対に聞き出せないだろうけどさ。

「これがリップアーマー軟膏部の原型にゃん」

 怪しい黒の装置から猫助が取り出したレンガのような大きさの半透明の物体。
 僕も持たせてもらう。……予想以上にズッシリ重い。

「一回の生産でこの塊が100個できるにゃん。これを群馬と滋賀にそれぞれ送れば、後は工場の人にバトンニャッチにゃんよ」
「コレ一個で大体、何本分のリップアーマーができるんだろう?」
「わかんにゃいけど、大量にできるにゃん。まずこれをお湯で溶かし更に水で希釈して増やすにゃんからボロ儲けにゃんよ」

 つまり、群馬・滋賀の各工場ではお湯と水しか使わないのか。
 そりゃ一本100円(税別)でも利益が出る筈だ。
 
「しかも、軟膏部の成分の一つが処女のニオイとか……そんなの無限に手に入るじゃないか」
「タダの処女じゃダメにゃんよ。むしろ、夢魔にとって処女のニオイは大好物で、オスメス区別なくクンカクンカするにゃん」
「あ、そうか! だからキミなんだ?」

 ニャハハと笑う猫助。

「気づいてたにゃんか。にゃすがハーフ・インキュバス。……そうにゃんよ。あたしは猫にしか性欲が湧かにゃいにゃん。いつか、イケニャン見つけてワイハーで結婚式するにゃんにゃん!」

 惜しいな。こんなかわいいのに……。せめて手描きのヒゲは消せよ。
 まあ、性癖なんて人それぞれだけどさ。

「じゃあ、残り二人もやっぱ、人じゃないモノを愛の対象にしてるってこと?」
「モチにゃん」

 猫助、拳のまま招き猫ポーズで頷く。……ちょっとイラっときた。

「出荷にはまだまだ余裕あるにゃんが、材料を切らして次の生産が止まっちゃったにゃんよ。どうにゃん? 拓海様も今からあたしと魔界に行こうにゃん? つーか、行くしかにゃいけど」
「え、何で僕が……?」
「だって拓海様、魔界のプリンスにゃんよ?」

 それを聞いたところで、僕はたいして驚かない。

「まあ、咲柚さんの息子だから結果的にそうなるんだろうけどさ。……別にいいよ、そんなの。それより宿題やんなきゃ」

 急に意識が現実へと返る。2000円の上積みが期待できなくなったからだ。
 いくら僕がCEOの嫡男だからって、お抱えの秘密のメンバーがこんなベラベラと製造過程を喋るんだ。どうやら咲柚さんから口止めされてないらしい。

「ほら、拓海様?」
「イヤだ。何度誘われてもそんなとこ絶対に行かないから」
「もう来てるにゃん」
「……え?」
「この地下室、魔界の入口にゃんよ? しかも、ここから出れにゃいし」


 顔面蒼白で振り返る。

 
 扉には既にドアノブがない。
 ならば刑事ドラマみたいに体当たりで扉を破壊して……そう思ってたら、その扉もスーッと消えてしまった。何と絶妙なタイミング。
 更にはずっと手にしてた鍵までも煙のように消えてた。

 ショックで、僕はティッシュと節分豆の袋を床に落っことす。

 後戻りはできない。



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