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四六篇
双子
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「あ、ごめんなさい。"初恋"はちょっと盛り過ぎかも……」
舌の根も乾かぬうちに前言撤回する爽子。
「冷静に考えたら、幼稚園の時も小学生の時も中学生の時も、好きな男子は必ずいたような」
「光栄だよ。僕もその他大勢に含まれて」
「何ソレ?」
ムッとした爽子は冷ややかな視線を無遠慮に浴びせてくる。
次彦は寧ろ安心した。
「いや、皮肉とかじゃなくてさ。正直、僕はキミに好かれる要素なんて何もないから、少し肩の荷が下りたかなって」
「言っときますけど、次彦さんに惹かれた理由って見た目とかじゃないですよ? あたし、そんな軽くない」
その発言にかなり傷ついた次彦、そして"見た目とかじゃない"僕。
「あれ、どうしてテンション下がってんです?」
「それって遠回しにブサイクって宣告してるようなもんだからね。だからって、それ自体は否定しないけれど」
爽子は何も返さない。
少し卑屈になった次彦に呆れているのだろうか。
やがて、俯きながらポツリ。
「そんな軽い女じゃないですから」
「聞いたよ、それ。でもね、一般的に言ったら、キミはいささか積極的過ぎるように思えるな。普通、見ず知らずの男に対していきなりそんなに喋られる女の子ってそうそういないよ」
「信じてくんないかもだけど、あたし、男の人が苦手なんです。だから、今は女子高通ってます」
次彦はたっぷり間を取ってから言う。
「うん、信じられない」
「ですよね? 確かに好きな男子はこれまで何人かいました。でも、その子達とはろくに話せなかった。片想いだけで十分だったし、そこから先に進みたいとも思えなかった。そういう意味では次彦さんが初めてなんです。こうやってごく自然な入り方でお喋りできたのは。だから自分でも驚いてるんです」
「何故、僕にだけ?」
今度は爽子がじっくりと時間をかけて言葉を選んでいる。
「……うまく表現できないけど、多分それは次彦さんがとても透明だから」
「透明?」
「はい。そうとしか言い表せない。……あの、ちょっと失礼なこと言っていいですか?」
次彦と同様、別車両に座るこの僕も面食らった。
けれど、不快な気持ちは何故だか湧かなかった。
「いいよ」
「悪い意味じゃないからそこは誤解しないでほしいんですけど……次彦さんって、どことなく世捨て人っぽいです」
「出家願望は今のところない」
「……何か違うんだよな」
爽子は両目をギュッと閉じ首を傾げる。
「あたしが伝えたいのはそんなんじゃなくて、つまりその……何だろ……俗っぽくない?」
「学校をサボってQueenに会うため大阪へ向かっている人間は、十分に俗っぽいと僕は考える」
「でも、あたしは次彦さんの横にいて不思議な安らぎを感じるの。次彦さん、何かが欠けてる。でも、その欠けてる箇所に、あたしがスッポリ納まることができるっていうか……うーん、これじゃわかんないよね?」
この時、次彦は自分の秘密を打ち明けそうになる。
欠けてる何かを。
その衝動的行動を止めるよう、僕はすぐさま命令した。
次彦は僕に向かって言う。
――凄いよ、このコ。僕がまともじゃないことを無意識にせよ既に見抜いている。一彦、今すぐにでもキミがここに座るべきだ。
――いや、それは違うな。あながち間違いじゃないようだ。そのコはいとも簡単に僕と次彦の違いを見抜けるだろう。具体的な理由は別として。
――見抜くとかじゃなくてさ。僕は透明じゃなくて空虚なだけだ。その空虚な人間が彼女に与えられる物など何もないよ。
――何も与える必要はない。下車したら永遠にサヨナラだからな。
「あたしの母も双子なんです」
突然、爽子が話題を転じる。いや、もしかして繋がっているのかもしれない。
「今更だけど、あたしなんかの自分語りって迷惑じゃないですか?」
「いや、別に構わない」
ただ少しばかり腹が減った次彦と僕。
悪いけど、こっちは先に弁当を食べさせてもらうよ。
僕はバックから東京駅で買った"品川貝づくし"とお茶を取り出した。
諦めた次彦は、爽子の打ち明け話に耳を傾ける。
「母とその姉……あたしにとっては伯母なんですけれど、二人はとても仲が良くて、お互い結婚して伯母が東京から京都に嫁いでも、二人は頻繁に会ってたんです。勿論、その子供であるあたしと四つ上のいとこも仲良しでした。そのいとこが今回、あたしを大阪城ホールのQueen公演に誘ってくれた人なんですけどね」
「うん」
「小さい頃はよくお風呂にも一緒に入って一緒の布団で寝たりして……それって、よくあることでしょ?」
「多分ね。経験はないけれど」
「で、あたしが五歳の時、いとこが母達のいる前で『さわちゃんと結婚したい』って言ったんですよ。あたしも当時は結婚がどんなものかわかんないから『あたしも!』って返したんだと思います。イマイチ覚えてないけれど」
「うん」
「でね、母達はすっごく喜んじゃって。……ねえ、どう思います?」
「いとこ同士の結婚ってこと?」
「はい」
「法的には問題ないからいいんじゃないかな。皇族や海外の君主なんていとこ婚は珍しくないし、確かアインシュタインやダーウィンも奥さんはいとこだったと思う」
それを受け、硬直の後に彼女は呟く。
「あたしは……ヤダ。あたしといとこってparallel cousinに当たるんですよ?」
「平行いとこ――つまり、親同士が同性ってことだね」
「そう。地域によっては平行いとこ婚は近過ぎるって理由で禁止されてるくらいです。まして、二人は双子だし。でも、あたし以外はそんなのお構いなしで……」
「嫌なら拒否すればいい。そんな昔の口約束、もはや無効だよ」
「でも、その口約束、今も生きてるんです。あたし以外、みんなその気なの。……本当は母、ワザとあたし一人を伯母の元にやろうとしたんじゃないかって。あたしといとこをより親密にさせようとして」
何だかややこしくなってきた。
次彦、やっぱりこれ以上の関与はよした方がいい。
「あたしがヘンに拒絶するのも、それはそれで悪い気がして……。だってみんな、適度な距離感はちゃんと保ってるんですよ。そこらへんがズルいんです。何だかあたしだけが一方的に意識してるようで……それで、あたしは男の人が苦手になっちゃって……」
「一応、僕も男なんだけどな。オスという意味で」
「ですよねー。さっき、あたしの胸元チラ見したし」
――バレてるっ!
「……悪いけれど、僕にできることは何もなさそうだ。キミのお母さんや伯母さんやいとこに反感を買う真似はしたくないし」
「それはわかってます。どう考えても、次彦さんはリチャード・ギアみたいな王子様タイプじゃないし」
「リチャード・ギア?」
「『愛と青春の旅立ち』……観てないですか?」
次彦は無言で首を振る。
「どうせ『卒業』のダスティン・ホフマンみたいなものだろ?」
「全っ然違う。それって平行いとこ婚レベルじゃないし」
顔をしかめた爽子を想像してほくそ笑んだ。
最低最悪のドロドロな親子丼
僕は貝を食べながら心の中でそう呟く。
The Sound of Silence
サイモン&ガーファンクル。
映画も音楽も全てが病的だ。
勿論、Queenの楽曲にもその要素が皆無とは言えないけれど。
舌の根も乾かぬうちに前言撤回する爽子。
「冷静に考えたら、幼稚園の時も小学生の時も中学生の時も、好きな男子は必ずいたような」
「光栄だよ。僕もその他大勢に含まれて」
「何ソレ?」
ムッとした爽子は冷ややかな視線を無遠慮に浴びせてくる。
次彦は寧ろ安心した。
「いや、皮肉とかじゃなくてさ。正直、僕はキミに好かれる要素なんて何もないから、少し肩の荷が下りたかなって」
「言っときますけど、次彦さんに惹かれた理由って見た目とかじゃないですよ? あたし、そんな軽くない」
その発言にかなり傷ついた次彦、そして"見た目とかじゃない"僕。
「あれ、どうしてテンション下がってんです?」
「それって遠回しにブサイクって宣告してるようなもんだからね。だからって、それ自体は否定しないけれど」
爽子は何も返さない。
少し卑屈になった次彦に呆れているのだろうか。
やがて、俯きながらポツリ。
「そんな軽い女じゃないですから」
「聞いたよ、それ。でもね、一般的に言ったら、キミはいささか積極的過ぎるように思えるな。普通、見ず知らずの男に対していきなりそんなに喋られる女の子ってそうそういないよ」
「信じてくんないかもだけど、あたし、男の人が苦手なんです。だから、今は女子高通ってます」
次彦はたっぷり間を取ってから言う。
「うん、信じられない」
「ですよね? 確かに好きな男子はこれまで何人かいました。でも、その子達とはろくに話せなかった。片想いだけで十分だったし、そこから先に進みたいとも思えなかった。そういう意味では次彦さんが初めてなんです。こうやってごく自然な入り方でお喋りできたのは。だから自分でも驚いてるんです」
「何故、僕にだけ?」
今度は爽子がじっくりと時間をかけて言葉を選んでいる。
「……うまく表現できないけど、多分それは次彦さんがとても透明だから」
「透明?」
「はい。そうとしか言い表せない。……あの、ちょっと失礼なこと言っていいですか?」
次彦と同様、別車両に座るこの僕も面食らった。
けれど、不快な気持ちは何故だか湧かなかった。
「いいよ」
「悪い意味じゃないからそこは誤解しないでほしいんですけど……次彦さんって、どことなく世捨て人っぽいです」
「出家願望は今のところない」
「……何か違うんだよな」
爽子は両目をギュッと閉じ首を傾げる。
「あたしが伝えたいのはそんなんじゃなくて、つまりその……何だろ……俗っぽくない?」
「学校をサボってQueenに会うため大阪へ向かっている人間は、十分に俗っぽいと僕は考える」
「でも、あたしは次彦さんの横にいて不思議な安らぎを感じるの。次彦さん、何かが欠けてる。でも、その欠けてる箇所に、あたしがスッポリ納まることができるっていうか……うーん、これじゃわかんないよね?」
この時、次彦は自分の秘密を打ち明けそうになる。
欠けてる何かを。
その衝動的行動を止めるよう、僕はすぐさま命令した。
次彦は僕に向かって言う。
――凄いよ、このコ。僕がまともじゃないことを無意識にせよ既に見抜いている。一彦、今すぐにでもキミがここに座るべきだ。
――いや、それは違うな。あながち間違いじゃないようだ。そのコはいとも簡単に僕と次彦の違いを見抜けるだろう。具体的な理由は別として。
――見抜くとかじゃなくてさ。僕は透明じゃなくて空虚なだけだ。その空虚な人間が彼女に与えられる物など何もないよ。
――何も与える必要はない。下車したら永遠にサヨナラだからな。
「あたしの母も双子なんです」
突然、爽子が話題を転じる。いや、もしかして繋がっているのかもしれない。
「今更だけど、あたしなんかの自分語りって迷惑じゃないですか?」
「いや、別に構わない」
ただ少しばかり腹が減った次彦と僕。
悪いけど、こっちは先に弁当を食べさせてもらうよ。
僕はバックから東京駅で買った"品川貝づくし"とお茶を取り出した。
諦めた次彦は、爽子の打ち明け話に耳を傾ける。
「母とその姉……あたしにとっては伯母なんですけれど、二人はとても仲が良くて、お互い結婚して伯母が東京から京都に嫁いでも、二人は頻繁に会ってたんです。勿論、その子供であるあたしと四つ上のいとこも仲良しでした。そのいとこが今回、あたしを大阪城ホールのQueen公演に誘ってくれた人なんですけどね」
「うん」
「小さい頃はよくお風呂にも一緒に入って一緒の布団で寝たりして……それって、よくあることでしょ?」
「多分ね。経験はないけれど」
「で、あたしが五歳の時、いとこが母達のいる前で『さわちゃんと結婚したい』って言ったんですよ。あたしも当時は結婚がどんなものかわかんないから『あたしも!』って返したんだと思います。イマイチ覚えてないけれど」
「うん」
「でね、母達はすっごく喜んじゃって。……ねえ、どう思います?」
「いとこ同士の結婚ってこと?」
「はい」
「法的には問題ないからいいんじゃないかな。皇族や海外の君主なんていとこ婚は珍しくないし、確かアインシュタインやダーウィンも奥さんはいとこだったと思う」
それを受け、硬直の後に彼女は呟く。
「あたしは……ヤダ。あたしといとこってparallel cousinに当たるんですよ?」
「平行いとこ――つまり、親同士が同性ってことだね」
「そう。地域によっては平行いとこ婚は近過ぎるって理由で禁止されてるくらいです。まして、二人は双子だし。でも、あたし以外はそんなのお構いなしで……」
「嫌なら拒否すればいい。そんな昔の口約束、もはや無効だよ」
「でも、その口約束、今も生きてるんです。あたし以外、みんなその気なの。……本当は母、ワザとあたし一人を伯母の元にやろうとしたんじゃないかって。あたしといとこをより親密にさせようとして」
何だかややこしくなってきた。
次彦、やっぱりこれ以上の関与はよした方がいい。
「あたしがヘンに拒絶するのも、それはそれで悪い気がして……。だってみんな、適度な距離感はちゃんと保ってるんですよ。そこらへんがズルいんです。何だかあたしだけが一方的に意識してるようで……それで、あたしは男の人が苦手になっちゃって……」
「一応、僕も男なんだけどな。オスという意味で」
「ですよねー。さっき、あたしの胸元チラ見したし」
――バレてるっ!
「……悪いけれど、僕にできることは何もなさそうだ。キミのお母さんや伯母さんやいとこに反感を買う真似はしたくないし」
「それはわかってます。どう考えても、次彦さんはリチャード・ギアみたいな王子様タイプじゃないし」
「リチャード・ギア?」
「『愛と青春の旅立ち』……観てないですか?」
次彦は無言で首を振る。
「どうせ『卒業』のダスティン・ホフマンみたいなものだろ?」
「全っ然違う。それって平行いとこ婚レベルじゃないし」
顔をしかめた爽子を想像してほくそ笑んだ。
最低最悪のドロドロな親子丼
僕は貝を食べながら心の中でそう呟く。
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