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四六篇
0系新幹線
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今日は水曜日。
僕達は高校をサボって、今は国鉄の東京駅にいる。平日の昼間ということもあってそれほどの混雑はない。
1985年5月15日
"The Works Tour"のラストを飾る大阪城ホール。
もしかしたら、Queenの来日はこれで最後になるかもしれない。
四人が大阪の地で何らかの重大発表をするかも……。
そんな不吉な予感がしたから、東京人でありながら僕達は二度の武道館と代々木公演をあえてスルーした。
絶対に大阪に行くべきだと、僕が主張する。
彼らのメッセージを直接耳にしないと、僕達は一生後悔するだろうから。
弟がそれに異論を唱えるなどあり得ない。
僕と弟は表裏一体。
僕達は呪いの十字架を永遠に背負って生きていかなくてはならないのだ。
そんな僕達を救ってくれたのがQueenの音楽だ。
僕達は彼らの曲に心酔し涙した。彼らの全てが僕達にとっては血であり骨となった。
ところが、フレディが髭を生やし己の肉体美を露わにし始めた頃から、彼等の人気に陰りが見えた。
先に行われた武道館も満員にはならなかった。生放送の音楽番組で急遽告知したくらい動員は芳しくなかった。
その背景にはフレディの同性愛発覚、イギリスのミュージシャン組合が禁止していた南アフリカ(人種隔離政策施行国)でのライブ決行、それに伴う国連からのブラックリスト入り、南米ツアーでの女装事件等々……メンバー間の不仲説もあって、Queenは完全に終わりつつあるバンドだったのだ。
けれども、それが何だと言うのだろう?
フレディ・マーキュリーは僕達にとって永遠にヒーローだ。
自分を偽ることなく自由に生きている。ゲイだろうがバイセクシャルだろうが、それをオープンにしたところで彼が放つ輝きは少しも薄れていないどころか、その眩しさは更に神々しさを増している。
その生き様こそがロックの真髄ではないのか?
哀しいかな、僕達にはそれができない。
僕も次彦もゲイではないけれど、それ以上に公にできない秘密を胸に隠して生き続けなければいけない。
だからこそ、世間の評判などものともしないフレディに共感できるのだ。
東京から新大阪まで僕達は離れて座ることを選び、それぞれ別の車両のチケットを購入していた。
僕達はブライアンとロジャーのように不仲ではないけれど、あまりにも容姿が似過ぎているが故に隣り合うことを好まない。品定めの視線が脅威だからだ。何しろ、僕達は世界で一番のパーフェクトな一卵性双生児なんだ。
新大阪駅までのウォークマンはコイントスの結果、僕が権利を得た。帰りは弟だ。
二人の間に限れば、じゃんけんだと物事は永遠に決まらない。相手の手の内がわかるから。
じゃあな、の挨拶で僕達は各々の車両に乗り込んだ。
道中、僕はQueenの3rdアルバム『Sheer Heart Attack』に耳を傾ける。
オートリバース機能は大変有難い。おかげで、46分テープに録音したカセットテープをいちいち取り出す手間が省ける。
Killer Queen
勿論、弟もまさに今、僕の耳と脳を通じてこの曲を聴いている。
故にウォークマンは一台しか必要ない。
たった二曲目の途中で品川駅に到着。
隣にはまだ誰も乗ってこないけれど、後ろの車両――つまり、次彦の隣には誰が座ったのかが手に取るようにわかる。
次彦が緊張している。
相手が同世代の女の子だからだ。
……同世代?
学校はどうしたんだ? 高校生の僕達が首を捻るのもおかしいけれど。
女の子はすぐに次彦の読んでいる音楽雑誌に気がついた。
声こそ出さなかったが、口の形が「あっ」で止まっている。
Queenの特集記事に目を通していた次彦は失礼なくらい長時間、女の子の唇に見とれていた。
――馬鹿! 今すぐ目を離せ!
瞬時に僕の命令が弟に伝わる。
けれども、弟はわかっていて彼女の魅力に抵抗できなかった。
当然、女の子は弟の馬鹿面に気づいた。
クスリと笑って謝ったのは彼女の方。釘付けの視線がここで漸く自由を得る。
「ごめんなさい。勝手に覗いちゃったりして」
頭を下げた瞬間、チラリと胸元が見える。
これで更に弟は何も言えなくなった。この僕までもが赤くなる。
「もしかして、今から大阪ですか?」
弟はただただ頷くのみ。
「偶然ですね。あたしもQueenのために来阪するんです……って、学校サボっちゃってますけど」
「あ……ぼ、ぼ、僕もです!」
――次彦、声が上擦ってるって。
――で、でも、ものすごく可愛いんだよ、このコ! 一彦だって絶対に興奮するから。
――もうしてるさ。こっちまで勃起してる。
――エ、エロい目で見るなって!
――見てるのはそっちの目。こっちの冷ややかな目は羽田を離陸したボーイング747に向いてるよ。誰かのせいで僕の股間がジャンボジェット機になってるけどね。
「あたしだけじゃないんだ。安心しました」
こっちの気も知らず、女の子はホッと胸を撫で下ろす仕草。なかなかの弾力だ。
ここは次彦一人で切り抜けてもらおう。……薄情者だって? 僕から言わせれば、そっちこそ果報者だよ。
「到着まで少しお喋りしてもいいですか? 一人で新幹線に乗るの初めてで不安なんです」
「い、いいよ」
「わー、よかったぁ! 不安もあるけれど、ちょっぴり罪悪感もあったの。学校サボったの生まれて初めてだから。あ、でも、親公認ですよ?」
「だったら、気にすることないんじゃないかな。こっちは無断だし」
女の子は息を呑み、目を丸くして次彦を凝視する。
「意外! もしかして、不良さんですか?」
「ち、違うよ! 親とはあまり喋らないだけ。一応、学校にはちゃんと連絡したから。『体調が悪い』って」
彼女は両手で口を隠して笑う。
「ですよねぇ。だって、見た目からして超真面目そうなんだもの。おまけに、あたしなんかにどもってるし」
「ど、ど、どもってないし!」
言ってる傍からどもりまくってんじゃないかよ。
もはや、僕はウォークマンが何の曲を流しているかもわからない。
この僕達からQueenを打ち消すなんてとんでもないな、この女の子。
彼女は男殺しの女王様……まさにキラークイーン!
「あたし、皆川って言います。新大阪駅までよろしく」
「ぼ、僕は……た、高木です。こちらこそ」
新大阪駅まで、か。
そのリアルで限定的な発言は次彦をかなりガッカリさせた。
勿論、この僕も。
僕達は高校をサボって、今は国鉄の東京駅にいる。平日の昼間ということもあってそれほどの混雑はない。
1985年5月15日
"The Works Tour"のラストを飾る大阪城ホール。
もしかしたら、Queenの来日はこれで最後になるかもしれない。
四人が大阪の地で何らかの重大発表をするかも……。
そんな不吉な予感がしたから、東京人でありながら僕達は二度の武道館と代々木公演をあえてスルーした。
絶対に大阪に行くべきだと、僕が主張する。
彼らのメッセージを直接耳にしないと、僕達は一生後悔するだろうから。
弟がそれに異論を唱えるなどあり得ない。
僕と弟は表裏一体。
僕達は呪いの十字架を永遠に背負って生きていかなくてはならないのだ。
そんな僕達を救ってくれたのがQueenの音楽だ。
僕達は彼らの曲に心酔し涙した。彼らの全てが僕達にとっては血であり骨となった。
ところが、フレディが髭を生やし己の肉体美を露わにし始めた頃から、彼等の人気に陰りが見えた。
先に行われた武道館も満員にはならなかった。生放送の音楽番組で急遽告知したくらい動員は芳しくなかった。
その背景にはフレディの同性愛発覚、イギリスのミュージシャン組合が禁止していた南アフリカ(人種隔離政策施行国)でのライブ決行、それに伴う国連からのブラックリスト入り、南米ツアーでの女装事件等々……メンバー間の不仲説もあって、Queenは完全に終わりつつあるバンドだったのだ。
けれども、それが何だと言うのだろう?
フレディ・マーキュリーは僕達にとって永遠にヒーローだ。
自分を偽ることなく自由に生きている。ゲイだろうがバイセクシャルだろうが、それをオープンにしたところで彼が放つ輝きは少しも薄れていないどころか、その眩しさは更に神々しさを増している。
その生き様こそがロックの真髄ではないのか?
哀しいかな、僕達にはそれができない。
僕も次彦もゲイではないけれど、それ以上に公にできない秘密を胸に隠して生き続けなければいけない。
だからこそ、世間の評判などものともしないフレディに共感できるのだ。
東京から新大阪まで僕達は離れて座ることを選び、それぞれ別の車両のチケットを購入していた。
僕達はブライアンとロジャーのように不仲ではないけれど、あまりにも容姿が似過ぎているが故に隣り合うことを好まない。品定めの視線が脅威だからだ。何しろ、僕達は世界で一番のパーフェクトな一卵性双生児なんだ。
新大阪駅までのウォークマンはコイントスの結果、僕が権利を得た。帰りは弟だ。
二人の間に限れば、じゃんけんだと物事は永遠に決まらない。相手の手の内がわかるから。
じゃあな、の挨拶で僕達は各々の車両に乗り込んだ。
道中、僕はQueenの3rdアルバム『Sheer Heart Attack』に耳を傾ける。
オートリバース機能は大変有難い。おかげで、46分テープに録音したカセットテープをいちいち取り出す手間が省ける。
Killer Queen
勿論、弟もまさに今、僕の耳と脳を通じてこの曲を聴いている。
故にウォークマンは一台しか必要ない。
たった二曲目の途中で品川駅に到着。
隣にはまだ誰も乗ってこないけれど、後ろの車両――つまり、次彦の隣には誰が座ったのかが手に取るようにわかる。
次彦が緊張している。
相手が同世代の女の子だからだ。
……同世代?
学校はどうしたんだ? 高校生の僕達が首を捻るのもおかしいけれど。
女の子はすぐに次彦の読んでいる音楽雑誌に気がついた。
声こそ出さなかったが、口の形が「あっ」で止まっている。
Queenの特集記事に目を通していた次彦は失礼なくらい長時間、女の子の唇に見とれていた。
――馬鹿! 今すぐ目を離せ!
瞬時に僕の命令が弟に伝わる。
けれども、弟はわかっていて彼女の魅力に抵抗できなかった。
当然、女の子は弟の馬鹿面に気づいた。
クスリと笑って謝ったのは彼女の方。釘付けの視線がここで漸く自由を得る。
「ごめんなさい。勝手に覗いちゃったりして」
頭を下げた瞬間、チラリと胸元が見える。
これで更に弟は何も言えなくなった。この僕までもが赤くなる。
「もしかして、今から大阪ですか?」
弟はただただ頷くのみ。
「偶然ですね。あたしもQueenのために来阪するんです……って、学校サボっちゃってますけど」
「あ……ぼ、ぼ、僕もです!」
――次彦、声が上擦ってるって。
――で、でも、ものすごく可愛いんだよ、このコ! 一彦だって絶対に興奮するから。
――もうしてるさ。こっちまで勃起してる。
――エ、エロい目で見るなって!
――見てるのはそっちの目。こっちの冷ややかな目は羽田を離陸したボーイング747に向いてるよ。誰かのせいで僕の股間がジャンボジェット機になってるけどね。
「あたしだけじゃないんだ。安心しました」
こっちの気も知らず、女の子はホッと胸を撫で下ろす仕草。なかなかの弾力だ。
ここは次彦一人で切り抜けてもらおう。……薄情者だって? 僕から言わせれば、そっちこそ果報者だよ。
「到着まで少しお喋りしてもいいですか? 一人で新幹線に乗るの初めてで不安なんです」
「い、いいよ」
「わー、よかったぁ! 不安もあるけれど、ちょっぴり罪悪感もあったの。学校サボったの生まれて初めてだから。あ、でも、親公認ですよ?」
「だったら、気にすることないんじゃないかな。こっちは無断だし」
女の子は息を呑み、目を丸くして次彦を凝視する。
「意外! もしかして、不良さんですか?」
「ち、違うよ! 親とはあまり喋らないだけ。一応、学校にはちゃんと連絡したから。『体調が悪い』って」
彼女は両手で口を隠して笑う。
「ですよねぇ。だって、見た目からして超真面目そうなんだもの。おまけに、あたしなんかにどもってるし」
「ど、ど、どもってないし!」
言ってる傍からどもりまくってんじゃないかよ。
もはや、僕はウォークマンが何の曲を流しているかもわからない。
この僕達からQueenを打ち消すなんてとんでもないな、この女の子。
彼女は男殺しの女王様……まさにキラークイーン!
「あたし、皆川って言います。新大阪駅までよろしく」
「ぼ、僕は……た、高木です。こちらこそ」
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勿論、この僕も。
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