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臍帯篇

ベーコンレタスバーガー

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「そう言えば、不思議とおなか空かないね?」

 檜希の言う通りだった。
 僕と彼女がここに回収された時刻から、少なくとも十時間は経っている筈なのに。
 ただ、ニュアンス的には食欲がわかないと言うよりは、食欲を忘れていると表現した方が正しいような気がする。
 檜希にそれを思い出させたのは、僕の隣のゲルが鼻をクンクンさせたからだ。

「ここに入ってずっと気になってたんだが、何か強烈に濃い匂いが漂うな。名古屋的な何か……」

 タオル代わりに提供した(つり目に拒絶されたけど)ランチクロスを解いたからだろう。確かにさっきより匂う。

「ゲルの嗅覚は極めて正しい。バックの中ここから匂ってるんだ」
「だろうな」
「あたしもあるよ。最後の晩餐、今から一緒に食べる? おなかは空いてないけど、このまま放置じゃどのみち腐っちゃうもん」
「気持ちはありがたいけど、味噌の漬け物なら食わないぞ」
「ブー、ハズレ! 乙女の最後の晩餐にソレチョイスだったら渋すぎるし。もっとテンション上がるやつだから」
「いや、それでも遠慮しとくわ。まず、匂いが受け付けない」
「何さ、食わず嫌い! あたしだって育ちは東京なんだからね! でも、中身大丈夫かな? スマホが水没してダメになってるとしたら、赤味噌カツサンドも状態的にかなりヤバくない?」
「待て、赤味噌カツサンドだと? オマエらの土地って、パンに赤味噌つけて食う習慣あんのかよ?」
「パンというより、どっちかと言えばトンカツの方だと思う。ちなみに、僕も赤味噌カツサンドは食べたことがない」
「フミまで! 言っとくけど、カメダの人気メニューだよ。文句言う前に食べてみたら? 食べられる状態だったらの話だけど」

 檜希に続いて、僕もターポリンのバックパックから弁当箱を取り出そうとした時だ。
 中に潜んでいたシロクと再び目が合った。

 動きが止まった僕に、異変を感じた二人がバックの中を覗き見る。

「うわ、何だこりゃ?」
「蛙の木彫りだってさ。何度見てもキモいわ」


 ……違う。


 コレは木彫りなんかじゃない。
 そして、コレをカバンに入れたのはイタズラ目的の理玖ではない。

 今にしてそれがハッキリとわかる。
 コイツは……。その理由まではわからないが。


「……フミ、どうかした?」

 檜希が心配そうな顔で僕を凝視している。

 言うべきだろうか。

 考えてみれば、僕達はここまでずっと仮説ばかりで話を進めている。
 非日常的な現象の真っ只中にいる僕達にしてみれば致し方ないことではあるが、それを幾度も繰り返せば真実から離れてしまう確率も当然ながら高くなる。樹海に迷う遭難者になりかねない。

 高木一彦が僕にシロクを持たせた。

 間違いないけれど、あくまでそれは僕の直感に過ぎない。
 はたまた、それは高木ツインズの驚異的なシンクロニシティによるものだろうが、だとしてもその先はまだ説明できないことの方が多い。

「ごめん。ちょっと間を置かせてほしい。それより、カツサンド食べないか?」
「……うん、そうだね」

 お互い弁当箱を開けて、各々匂いを嗅ぐ。
 大丈夫だ。
 腐ってもないし、濡れてもいない。
 そりゃそうだろう。考えてみれば、僕達の髪や衣服も乾いたままなんだし。
 ならば、スマホの電池が切れた理由がワルトン膠質によるものではないとして、果たしてそれは何故なのか?
 僕達の会話が関東組に筒抜けだったり、臍動脈だか臍静脈のどちらかの血管が彼らを僕達の拠点まで導いたりと、何から何まで"へその緒ジャンクション"にとって都合よくでき過ぎている……。
 
 まあいいさ。どうせ答えなんか用意されていないんだ。
 全ての決定権は神視点の"へその緒ジャンクション"側が握っている。僕達の存在など彼のパーツに過ぎない。
 これ以上、臍帯内に於ける一連の不可解な出来事をあれこれ考えても無駄である。
 回収(吸収)完了までの猶予期間に僕達ができることと言えば、せいぜい喋って食べて慰め合うことくらいだ。

「ほら」

 そう結論付けた僕が弁当箱を差し出すと、ゲルは躊躇しながらも一切れ手に取った。

「まさか、最後の晩餐が生まれて初めて見る物とは……」
「お互い様だよ」
「何ソレ? 二人して遠回しにあたしを責めてんの? ソレ選んだのあたしだし!」

 また怒った。
 どうしてだろう? 檜希は元来こんな性格なんだろうけど、それにしても急激に怒りっぽくなったような気がする。

「別に責めてるわけじゃないよ。そんな風に解釈しないでくれ」
「あー、何か知らないけど超ムカつく! フミ!」
「……何?」
「さっき、フミってばいいこと言った。『ちょっと間を置かせてほしい』って。今のあたしがまさにソレだから! ちょっと外の空気吸って来るわ! どうぞ、お二人さんごゆっくり!」

 そう言って、檜希は弁当箱を手にズカズカとゴンドラの基地ベースから出て行った。
 途中、慌ててクルリと引き返したが、ゴンドラには戻らずそのままスルーして逆方向へと行ってしまった。
 多分、ナイフの突き刺さった亡骸に脅えたのだろう。顔面蒼白だったし。
 彼女には悪いけれど、そのコミカルな動きに少し和んだ。
 
 でも、それもほんの一瞬。

 重苦しい雰囲気の中、先にゲルが赤味噌カツサンドをパクついた。

「意外とイケるな、コレ」
「……そうか?」
「ベーコンレタスバーガーよりは劣るけどな」

 僕は彼につられてそれを食べる。

「本当だ。食欲はないけれど、とても美味しく感じる」
「ベーコンレタスバーガーよりは?」
「ごめん。それ食べたことない」
「え、マジかよ? 俺は逆にファストフードが中心だから、こんなもんばっか食ってる。さすがに赤味噌カツサンドは初めてだけどな。よくこんレアなの最後の晩餐に選んだもんだ」

 それをチョイスした当人はたった今、ここから出て行った。

「檜希も一緒にここで食べればいいのに、どうして出て行ったんだろう?」

 ゲルは呆れた表情で僕を直視する。

「決まってるじゃないか。俺のせいだよ」

 ゲルのせい?

「どうしてそうなる?」
「言ったろ。俺はお邪魔虫だって。あの子は嫉妬したんだよ」

 嫉妬……

「そうだとしても、わからないな。この構図なら、嫉妬するのは僕かゲルだろ? どうして檜希が……」

 そこまで言って、僕は息を呑んだ。


 I Want To Break Free


 一瞬、髭のフレディが女装して歌ったあの曲が頭によぎる。

「あの子はすぐにわかってたよ。逆に、フミはかなり鈍感なんだね」

 ゆっくりとゲルの手が肩に触れてくる。
  
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