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臍帯篇
ニワトリ・ウズラ
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ホヤ人間……それが僕達の正体?
俄かには信じがたい。信じられる筈もない。
一時代前の二流大学弱小映研が拵えたチープな三流SF短編映画だって、もう少しマシな設定と脚本を用意するだろう。
この僕達の一体何処にホヤ要素………
「――っ!! へその緒か?」
「そだよ。この流れならそれしかないじゃん」
妙に落ち着き払った檜希の不敵で皮肉な笑み。
さっきの予告通り、それはもはや笑顔と呼べるものじゃなかった。どちらかと言えば絶望を帯びた硬直に近い。
「意外だね。あのフミが呆けてる。あたし達が真っ当なへその緒を持たないのは、ずっと以前からわかってたでしょ?」
「そりゃそうだけれど……」
「何よ、不満なの?」
「聊か説明に丁寧さが欠ける」
「じゃあ、敬語で言ってあげる」
そうじゃないだろ、と指摘する前に……。
「あたし達の正体は、ホヤの細胞で作られた"人工臍帯"を否応なしに与えられ、結果的に誕生してしまったホヤ人間なんです」
そう通達した檜希だけれども、彼女は実際ホヤが何なのかを知らなかった。
けれども、その特殊な生態については熟知しているに違いない。そうでなければ、"ホヤ人間"を漠然としたイメージでしか捉えられていない筈だ。
そして、彼女は自身のホヤ人間としての異常性を十分に認識している。
「つまり、ホヤ人間である僕達は"キメラ"――異質同体なんだね」
「そういうこと」
「知ってるかい? キメラは例外なく短命なんだよ」
「そうね。あたし達は研究室のフラスコから飛び出した羸弱なホムンクルス程度の存在……即死こそしないけれど」
「今にして漸くわかったよ。キミが言ってた『あたし達は人間じゃない』って意味が。でも、その目的は? まさか、旧厚成省は当初からホヤ人間を生み出そうとしていたわけではないだろう?」
「当然」
檜希が冷ややかに呟いた。
「そんなもの、一体この世の何の役に立つって言うのよ?」
「"そんなもの"か……。あんまり耳馴染みのいいものじゃないな」
「そう?」
「自覚ある? 今の僕達の存在こそ、まさにそんなものなんだから」
「なら、もっと追い討ちかけてあげる。あたし達は旧厚成省が編み出した最大の失敗作の人造人間なんだよ。これは自虐じゃなく紛れもない事実なの」
失敗作ときたか……。
らしくないと思いつつ、僕は少しムキになって知識をひけらかす。
「今から約三十年前、フランス人教授の実験によってとあるキメラが誕生した。ウズラの脳を持ったニワトリだよ。そいつはウズラのように鳴くけれど、ニワトリの免疫システムがその成長とともにウズラの脳を持った自己を拒絶するんだ。この力のおかげで僕達は侵入した病原菌を体外へと排除できるけれども、キメラにとって自己否定は死を意味する。ニワトリにとってウズラの脳は病原菌と一緒だと見做されるからね」
「だから、何?」
心なしか、今の檜希が冷たく感じる。
彼女自身も不安なのだ。
つっけんどんな口調がその表れだとするならば、僕にはそれを咎める権利など微塵もない。喋らせているのはこっちなのだから。
「"失敗作"は不愉快な表現だと言いたいんだ。失敗した過程までは定かじゃないけれど、その失敗したのは旧厚成省の人間であって、少なくとも僕達やニワトリ・ウズラは致命的な失敗なんてしてないよ」
「だから、あたし達の存在そのものが失敗なんだってば。失敗だけならまだいい。誤算だらけで、彼らの聖域なきルール無用の挑戦は神様をも怒らせた。それが空飛ぶ巨大な臍帯を誕生させたの。……実はずっと以前に一度だけ、臍帯は東京上空に現れたらしいわ。それを目撃したのはごく少数……つまり、あたし達のあたし達」
あたし達のあたし達
どうも檜希の話は要領を得ない。
……いや、実はそれを認めたくないだけかもしれないな。
僕達がホヤ人間だとするならば、当然ながらホヤの変態メカニズムも継承しているだろうから。
例えば、成体の"固着生活"とか。
しかしながら、頭に浮かんだ憶測に目を背けたがっている僕の逃避性を考慮しても、檜希は極度に説明が下手だ。
それとも事態がそれだけ複雑に入り組んでいるのだろうか。
もしも後者ならば、僕は辛抱強くそれを待たなければならない。
「どうだろう? ここはいちいち質問するよりも、キミの話を黙って聞いていれば事はもっとスムーズに運ぶような気がする」
この提案で、檜希は力がスッと抜けたようだ。
強張っていた表情が少しずつ緩んできたのがわかる。
「そうかも。わかりにくくてごめんね。でも、そうしてくれると助かるな。あたしにはフミヒコより時間的なアドバンテージがあって、そのおかげで一応はこうして事実を受け入れてはいるけれど、いろいろツッコミ入れられたらやっぱ混乱しちゃうからさ」
「いいよ。聞き手に徹する。だから、マイペースで話してくれ。幸い、今の僕達には時間がタップリあるんだ」
「わかった。何しろ、今のあたし達は"観念"のみだからね」
「あくまで仮説だよ、それは」
檜希は頷いて、頭の中に納めてある物事を順序よく並べてから淡々と語り出した。
キメラとは無縁の立山連峰に暮らす平和な雷鳥のことを考えながら、僕はその奇妙で長い話に耳を傾ける。
I'm Going Slightly Mad
狂気への序曲――僕は臍帯によって日常から物理的に遮断された。
そして今、檜希が語る真実によって精神破壊が始まろうとしている。
俄かには信じがたい。信じられる筈もない。
一時代前の二流大学弱小映研が拵えたチープな三流SF短編映画だって、もう少しマシな設定と脚本を用意するだろう。
この僕達の一体何処にホヤ要素………
「――っ!! へその緒か?」
「そだよ。この流れならそれしかないじゃん」
妙に落ち着き払った檜希の不敵で皮肉な笑み。
さっきの予告通り、それはもはや笑顔と呼べるものじゃなかった。どちらかと言えば絶望を帯びた硬直に近い。
「意外だね。あのフミが呆けてる。あたし達が真っ当なへその緒を持たないのは、ずっと以前からわかってたでしょ?」
「そりゃそうだけれど……」
「何よ、不満なの?」
「聊か説明に丁寧さが欠ける」
「じゃあ、敬語で言ってあげる」
そうじゃないだろ、と指摘する前に……。
「あたし達の正体は、ホヤの細胞で作られた"人工臍帯"を否応なしに与えられ、結果的に誕生してしまったホヤ人間なんです」
そう通達した檜希だけれども、彼女は実際ホヤが何なのかを知らなかった。
けれども、その特殊な生態については熟知しているに違いない。そうでなければ、"ホヤ人間"を漠然としたイメージでしか捉えられていない筈だ。
そして、彼女は自身のホヤ人間としての異常性を十分に認識している。
「つまり、ホヤ人間である僕達は"キメラ"――異質同体なんだね」
「そういうこと」
「知ってるかい? キメラは例外なく短命なんだよ」
「そうね。あたし達は研究室のフラスコから飛び出した羸弱なホムンクルス程度の存在……即死こそしないけれど」
「今にして漸くわかったよ。キミが言ってた『あたし達は人間じゃない』って意味が。でも、その目的は? まさか、旧厚成省は当初からホヤ人間を生み出そうとしていたわけではないだろう?」
「当然」
檜希が冷ややかに呟いた。
「そんなもの、一体この世の何の役に立つって言うのよ?」
「"そんなもの"か……。あんまり耳馴染みのいいものじゃないな」
「そう?」
「自覚ある? 今の僕達の存在こそ、まさにそんなものなんだから」
「なら、もっと追い討ちかけてあげる。あたし達は旧厚成省が編み出した最大の失敗作の人造人間なんだよ。これは自虐じゃなく紛れもない事実なの」
失敗作ときたか……。
らしくないと思いつつ、僕は少しムキになって知識をひけらかす。
「今から約三十年前、フランス人教授の実験によってとあるキメラが誕生した。ウズラの脳を持ったニワトリだよ。そいつはウズラのように鳴くけれど、ニワトリの免疫システムがその成長とともにウズラの脳を持った自己を拒絶するんだ。この力のおかげで僕達は侵入した病原菌を体外へと排除できるけれども、キメラにとって自己否定は死を意味する。ニワトリにとってウズラの脳は病原菌と一緒だと見做されるからね」
「だから、何?」
心なしか、今の檜希が冷たく感じる。
彼女自身も不安なのだ。
つっけんどんな口調がその表れだとするならば、僕にはそれを咎める権利など微塵もない。喋らせているのはこっちなのだから。
「"失敗作"は不愉快な表現だと言いたいんだ。失敗した過程までは定かじゃないけれど、その失敗したのは旧厚成省の人間であって、少なくとも僕達やニワトリ・ウズラは致命的な失敗なんてしてないよ」
「だから、あたし達の存在そのものが失敗なんだってば。失敗だけならまだいい。誤算だらけで、彼らの聖域なきルール無用の挑戦は神様をも怒らせた。それが空飛ぶ巨大な臍帯を誕生させたの。……実はずっと以前に一度だけ、臍帯は東京上空に現れたらしいわ。それを目撃したのはごく少数……つまり、あたし達のあたし達」
あたし達のあたし達
どうも檜希の話は要領を得ない。
……いや、実はそれを認めたくないだけかもしれないな。
僕達がホヤ人間だとするならば、当然ながらホヤの変態メカニズムも継承しているだろうから。
例えば、成体の"固着生活"とか。
しかしながら、頭に浮かんだ憶測に目を背けたがっている僕の逃避性を考慮しても、檜希は極度に説明が下手だ。
それとも事態がそれだけ複雑に入り組んでいるのだろうか。
もしも後者ならば、僕は辛抱強くそれを待たなければならない。
「どうだろう? ここはいちいち質問するよりも、キミの話を黙って聞いていれば事はもっとスムーズに運ぶような気がする」
この提案で、檜希は力がスッと抜けたようだ。
強張っていた表情が少しずつ緩んできたのがわかる。
「そうかも。わかりにくくてごめんね。でも、そうしてくれると助かるな。あたしにはフミヒコより時間的なアドバンテージがあって、そのおかげで一応はこうして事実を受け入れてはいるけれど、いろいろツッコミ入れられたらやっぱ混乱しちゃうからさ」
「いいよ。聞き手に徹する。だから、マイペースで話してくれ。幸い、今の僕達には時間がタップリあるんだ」
「わかった。何しろ、今のあたし達は"観念"のみだからね」
「あくまで仮説だよ、それは」
檜希は頷いて、頭の中に納めてある物事を順序よく並べてから淡々と語り出した。
キメラとは無縁の立山連峰に暮らす平和な雷鳥のことを考えながら、僕はその奇妙で長い話に耳を傾ける。
I'm Going Slightly Mad
狂気への序曲――僕は臍帯によって日常から物理的に遮断された。
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