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富山篇

魚満市民バス

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 魚満総合公園内にあるミラージュパークは雪国北陸に位置する遊園地なので、冬期休園が基本である。
 今年の営業は3月16日から。
 オープンまでまだ十日以上もあるのに、カメダ珈琲店を出た彼女は半ば強引に僕をそこへと導いて行く。
 毎日走っている僕にはたいした距離ではないが、一般的な女子中学生である彼女は迷わず魚満市民バスへの乗車を選択した。
 さすがにバス代くらいは自腹を切る。僕が稼いだお金じゃないけれど。

 それにしても、状況がさっぱり飲み込めない。
 最後の晩餐とはどういうことだ?
 僕達がじきに死ぬのであれば、それをもたらすものはおそらく上空を支配しているあの臍帯バケモノなのだろうが、仮にそうであったとして、どうしてそれを彼女が知っているのだろう。

 4:10 p.m.

 後部座席を陣取った僕達は無言のまま、目的地へと近づいている。バスがどれだけ進もうと、やっぱりアイツから逃れることはできない。迎えに来たんだ。


 


 車内ガラガラのバスに揺られながら、僕は長年お世話になった高木家の人々を思い浮かべている。
 いくら僕が無感動な人間だからとはいえ、このままお別れなんて嫌だ。
 何もわざわざ彼女の要求通り共に行動し、その曖昧過ぎる告白に義理立てする必要もない。このまま次の停留所で降り、いつものようにジョギングしながら帰宅することも可能なのだ。
 しかしながら、僕の腰は鉛のように重くなかなか座席から離れられないでいる。
 言ってしまえば、それは暗示のようなものだが、限りなく深層部を刺激している気がする。
 帰宅先に求める答えはない。寧ろ、僕を守護する虚構だけがそこに存在している。
 僕は真相を欲している。
 何も知らされず何の目的も持たぬまま生きていくことに、果たして意味などあるだろうか?
 ならば、この決断は正しい。担任の耳障りなあの声が聞こえてきそうだ。
 感傷に浸っていても先へは進めない、と。

「檜希さん」

 隣席のひとはポカンとこっちを見ていたが、すぐに顔がほころんだ。
 
「……どうしたの、急に?」
「先に進んだだけだよ」
「素っ気なさは相変わらず。でもすっごく嬉しい!」
「だったら、これ以上焦らさないでほしい。キミは何者だ?」
「あー、また戻っちゃった。でも、いいや。あのさ、別に焦らしてるわけじゃないんだからね。事態が込み入り過ぎてどこから説明していいのかわかんないだけ。あたしだって心細いんだよ? 早くフミヒコに知ってもらいたいの。あたしが知ってる全てのこと」
「じゃ、撤回する。キミは焦らしていない」
「檜希」
「撤回して訂正もする。檜希さんは焦らしていない」
「あれー、おっかしいなぁ。まだ伝わんないみたい」

 僕は溜息をついて再訂正。

「檜希は焦らしていない。……あのさ、今は焦らしてるだろ?」
「バレた」

 ペロッと舌を出してポニーテールを揺らす檜希。何だろう、この余裕。

「本当に心細いの?」
「勿論。学校で言ったでしょ。『笑わないとやってられない』って。……ほら」

 そこでいきなり彼女は僕の手を握ってきた。……震えてる?

「ガクブルってるでしょ。こっちも必死なんだからね、正気を保つのも。お願いだからわかってよ?」
「悪かった」

 僕はその震えに蓋をした。
 彼女は更に手を重ねてくる。


 Teo Torriatte (Let Us Cling Together) 


「フミヒコの手、おっきい。ありがとう。ちょっとしたら落ち着くと思う。だからお願い。ミラージュパークに着くまでこのままこうしてて……」

 それは困る、とは言えない。傍から見たら、完全にバカップルだ。
 意識すると赤面しそうなので、目を逸らして訊いてみる。

「それなんだけどさ。営業もしてないミラージュパークに入れるものなの?」
「さぁね。物理的には可能かな」

 侵入。

「そこまでやる目的は何だろう?」
「この街から巻き添えの死人を一人も出さないため。営業してないからこそ、あたしはそこを選んだの。……どう、この考え方って超カッコよくない?」
「死ぬのは僕達だけでいい」
「そゆこと。……どうせなら、キス直前がいいなぁ。だとしたら、あれに乗るしかなくない?」

 まさかである。
 僕と檜希は大観覧車ジャイアントホイールに乗る。担任の言う通りになった。
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