へその緒JCT

よん

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富山篇

蟻塚

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 南米アマゾン――ブラジルとベネズエラの国境付近に、今も三万人弱の先住民が住んでいる。
 彼らは現代文明から隔離された狩猟採集民であり、独自の死生観を一万年以上も保ち続けている。
 驚くほど性に解放的で、初潮を迎えた女子はその時点でほぼ妊娠するが、出産した嬰児はその時点で精霊と見做され、まだ人間ではない。
 彼らには中絶という概念(或いは技術)がないため、不要とあらばいとも簡単に嬰児の首の骨を折って殺してしまう。これは殺人ではなく、精霊として神にお返しする正式な儀式なのだという。
 息を引き取った嬰児は、へその緒がついたままバナナの葉に包まれて白蟻の巣へと放り込まれる。
 その後、蟻塚ごと焼き払い神に報告をしてシャーマニズムの儀式は終了する。

 僕はこの世にそういう部族が実際あることを図書館で知った。
 しかし、それ以前に僕はそれと同じような夢を見続けていたのだ。

 夢の中での僕はへその緒がついた嬰児だ。母親に抱かれている。
 けれども、そこにいる母親の顔はいつも不鮮明で、磨りガラスの向こう側に映るようにしか見えない。
 赤ん坊であるにも拘わらず、そこにいる僕は今の僕だ。
 僕は母親と一本のへその緒で繋がっている。
 磨りガラスの向こうで、母親の口元が歪んだような気がした。不安な気持ちと説明のつかない既視感……僕はこれから彼女に殺されることがわかっている。

 ゴキリという鈍い音、痛みは一瞬。
 僕は死んだ。

 けれども、意識は変わらずはっきりしている。
 母親が僕と繋がっているへその緒を無感動に引き千切った。
 そこでいきなり場面は暗転、無数の何かが僕の体をキチキチと音を立てながら蝕んでいる。
 それが白蟻か何かはわからない。肝臓を大鷲に啄まれ続けるプロメテウスのように、ただただ、チクチクという地味な痛みが際限なく襲ってくる。
 母親はへその緒とともに舞台から去っていく。
 けれども、僕は精霊にもむくろにもならず、ひたすら謎の生命体に肉や臓器を齧られ続ける食材として存在している……。


 僕にとって、高木家は蟻塚に等しい。
 彼らには感謝こそすれ、怨恨の情が一切ないにも関わらず、だ。

 僕は蟻塚から逃げなければならない。
 毎日そうしながらも、無力な十四歳の居場所は結局ここしかない。
 感情に任せて行動を起こしてしまえばどうなるか、僕は賢いのでそれを容易に想像できる。

 だから意図的に汗をかき、毎日洗練された状態でここへ戻って来るんだ。

 高木家の模範的長男として。
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