3 / 41
富山篇
フルーツ牛乳
しおりを挟むillustration 星影様
そういや、理玖の一つ上の彼氏――隆って名前だっけ?
その人、高校を卒業したら東京へ進学するって以前に理玖が愚痴っていた。しかも、わざわざ僕の部屋を訪れて。
もしそうだったら、二人は暫く離れ離れになる。
だから、今日に限って彼女は気合いを入れて早起きしたのかもしれない。
多分そうだろう。
ならば、お小遣いを叩いて髪をセットしたのも頷ける。
それに加えて、台所に来る前の誠が、寝惚けて姉の部屋にうっかり侵入して起こしてしまった線も捨てきれないが……。
そんなとりとめのない妄想を次から次にボンヤリと浮かべながら、僕はいつものコースを走り続けた。
おかげで周囲の景色や空模様、それに上空のアレも全く視界に映らなかった。
中学校の校門を潜った時、雨はいよいよバケツを引っくり返したような本降りになっていた。
合羽を着用していたとはいえ、二時間も走っていたらすっかり濡れ鼠だ。さすがにこれは気持ち悪い。
校内の個室トイレにこもって合羽とジャージとシャツと靴下を脱ぎ、汗と雨でベトベトの全身を入念にタオルで拭いてから制服に着替える。
走る際、合羽のフードを目深に被っていたけれど、それでも前髪はペッタリと額に付着してしまっている。僕はオシャレ男子じゃないから、ヘアースタイルはさほど気にならない。気にしててもソテツヘアーになってしまう残念な人もいるけれど。
そうそう、ソテツで思い出した。
理玖からもらったデオドラントスプレーを忘れるところだった。この瞬間こそ使いどころである。
確かに今の自分はとてつもなく臭い。
知らないうちに、僕は周囲にとてつもなく迷惑をかけていたんだな。もしかしたら、僕の知らないところで変な仇名をつけられているかもしれない。
ところで、これってどれくらい噴射したらいいんだろう?
加減がわからないので、これでもかと言わんばかり存分にかけておく。
何しろ、理玖曰く"壊滅的"だからね。多すぎて困ることはないだろう。
シトラスの香りに包まれた自分をクンクン嗅ぎながらトイレを出たところで、思わぬ出来事に遭遇する。
そこそこ美人な女の子が僕を出待ちしていた。
完全なる不意打ちである。安直な学園マンガみたいな展開だ。
「おはよう、高木くん。今朝も雨の中ご苦労様」
目鼻立ちは控えめながらとてもバランスよく配置されていて、万人受けしそうな顔だ。
とはいえ、僕はその万人には決して入らない。寧ろ警戒すらしてしまう。
この世に顔だけで安心する人間がいる限り、特殊詐欺の受け子に大事なクレジットカードを渡してしまう事件は絶対なくならない。
知らない女子から名前を呼ばれた上に労われてしまったが、この僕はそう簡単に騙されたりしない。
冴えない男子がそこそことはいえ、容姿の整った女子に声を掛けられるなんて出来過ぎている。詐欺だ。
単刀直入に訊いてみよう。
「受け子ですか?」
「……ウケ子???」
そこそこが頓狂な顔に変わった。リアクション的に詐欺ではないようだ。
ならば、これは幻。
そう、富山名物の蜃気楼に違いない。どうせ蜃気楼なら、爽子さんが出てくればいいのに。
そのまま無視して遣り過ごそうとしたら、「ちょいちょいちょい!」とポニーテールのそこそこに腕を激しく掴まれた。そればかりか、爪が深く食い込んでいる。
「……やってくれるね? いきなり"ウコ子"とかヘンな名前で呼んだかと思えば、こんな性格チョーイイ美少女をシカトなんてさ」
蜃気楼が喋った。随分と意識高い系の蜃気楼だ。
そして、解放された腕には爪の跡がクッキリと。
「シカトじゃないよ。僕のことじゃないと思ってた」
「はあ? 今ここにあたしとキミしかいないよね? しかもあたし、"高木くん"って名指しして言ったんだけどな。キミの名字って高木で合ってるしょ?」
「うん、まあ」
「あ! そっかぁ。もしかして、テレてんの?」
「そこそこね」
「何か微妙なニュアンスで悪意を感じるんだけど、気のせいかな。まあいいわ。ハイ、コレあげる」
そう言って手渡されたのは、卵色の液体……フルーツ牛乳(瓶)だ。
しかも御丁寧にキャップまで開けて。
と、絶妙なタイミングで予鈴が鳴る。
「じゃ、また明日、ここで」
揺れる謎のポニーテール、ヒラヒラと手を振って用は済んだと言わんばかり満足げに退散していく。
……明日、ここで?
思いがけないプレゼントに躊躇する僕。
ちょうど喉も乾いていたし、好意自体はありがたいけれども、それでも素直に喜べない自分がいる。
それを貰う理由が見当たらないからだ。
おまけに、何故ゆえフルーツ牛乳(瓶)?
こういう場合、スポーツドリンク(缶)とかミネラルウォーター(ペットボトル)とか……それが普通じゃないのか?
お風呂上がりじゃないんだから、などと愚痴をこぼしている余裕はない。
早く教室に行かなきゃ。
一気に飲み干したところで、また新たな問題が発生。
この瓶、どこに捨てたらいいんだろう?
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

びるどあっぷ ふり〜と!
高鉢 健太
SF
オンライン海戦ゲームをやっていて自称神さまを名乗る老人に過去へと飛ばされてしまった。
どうやらふと頭に浮かんだとおりに戦前海軍の艦艇設計に関わることになってしまったらしい。
ライバルはあの譲らない有名人。そんな場所で満足いく艦艇ツリーを構築して現世へと戻ることが今の使命となった訳だが、歴史を弄ると予期せぬアクシデントも起こるもので、史実に存在しなかった事態が起こって歴史自体も大幅改変不可避の情勢。これ、本当に帰れるんだよね?
※すでになろうで完結済みの小説です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
グレーゾーンディサイプルズ
WTF
SF
ある日親友を惨殺されたかもしれないと連絡がある。
遺体は無く肉片すら見つからず血溜まりと複数の飛沫痕だけが遺されていた。
明らかな致死量の血液量と状況証拠から生存は絶望的であった。
月日は流れ特務捜査官となったエレンは日々の職務の中、1番憎い犯人が残した断片を探し、追い詰めて親友であり幼馴染がまだこの世に存在していると証明することを使命とし職務を全うする。
公開分シナリオは全てベータ版です
挿絵は自前

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる