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森の蝉時雨
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鬱蒼と生い茂る午後の森、妹と二人で小径を歩く。
そこを抜ければ、伯母夫婦から離れて隠居生活を送る祖父の家へと通じる。
祖父は今、幾つだろう。
ずっとずっと昔から、祖父は見た目が変わらない気がする。
それこそ、私と妹がお年玉をもらっていたあの頃から……。
大人になった妹――加南子はすっかり美人さんだ。
容姿のみならず、頭はいいしオシャレだし社交的だし、本当に非の打ち所がない。
私は相変わらず地味な眼鏡女。
三十路近くになっても親元に残り、適当にバイトして帰宅後はBL小説を読み漁る日々。
他にはこれといってやることもなければ、行くところもない。
夏の予定なんて当然真っ白。
「お盆休み、二人で田舎とこ帰らない? 久々におじいちゃんにも会いたいし」
いきなり何で?
あなた、どうせ予定いっぱい詰まってるんでしょ?
私もやることあるんだからほっといて。
ダラダラ過ごすという大切な予定がね。
だけども私はいつも流されるまま。
「うん」とも「いや」とも言えずに、旅支度を急き立てられて……。
帰省先の伯母夫婦宅から一歩も出ない私を、妹は今"引率者"として祖父の家へ導いている。
「スイカがあんから食べにだぁで」
祖父から誘われたのは、たまたま電話に出た私だった。
行きたくないよ……朝シャンを済ませたばかりの加南子にそう告げたら、有無を言わさず手を引っ張られて現在に至る。
森の中は真夏と思えないくらい涼しい。
時期がよければ葉擦れの音がしてとても癒される。……時期がよければ。
耳をつんざく蝉時雨。
ああ、いやだいやだ。
五月の蠅と書いて『五月蝿い』?
私なら八月の蝉で『八月蝉い』と書くよ。
突如、立ちどまった加南子が「おねえちゃん」と私を呼ぶ。
蝉の鳴き声で殆どその声が掻き消されてしまっていたけれど、口の動きでわかる。
「……何?」
「私、結婚するの」
不思議とこのタイミングで、蝉達は一斉に鳴くのをやめてしまった。
鳴いて……。今鳴いて。
「まだ誰にも言ってないの。一番最初におねえちゃんに報告したかったんだ」
「そう……」
おめでとうの一言がなかなか出てこない。
何だろう、この感情。
嫉妬じゃなく……これってまさかの喪失感?
加南子ロス――私はもうじき大事な妹を手放すことになる。
「ここから先へは一人で行って。私はもう……おねえちゃんを近くで支えてあげられないから」
何で? 鳴いてる……じゃなく、泣いてる。
加南子……。
おねえちゃんの人生、このままじゃダメだよ!
そう言いたかったんだね、ずっと。
私、どうして黙ってるの?
加南子の姉として私が一番やらなきゃならないこと……それは泣いてる妹を安心させて嫁がせることでしょ。
だったら何か言わなきゃ。
何か……。
気の利いた言葉なんていらないんだから。
「……か、加南子!」
どもった。
でも私らしい。
「おねえちゃん、大丈夫だから。だから、そっちこそ先に行って」
そう、次のステージに……。
ポツンと佇む妹に向かって、私は続ける。
「早くお父さん達に報告しなきゃなんないし、結婚の準備とかもいろいろあるんでしょ? ……おじいちゃんのスイカ、私一人で食べちゃうけどいいよね?」
加南子、ポカンとしてる。
ここはスイカじゃなかったか。
「安心してよ。こんな私でも頑張れば……相当頑張んなきゃだけど、そうしたらそのうち大勢の男から言い寄られるようになるんだから。加南子の姉だもん。女を磨けば私だってプロポ……」
その刹那、さっきまでやんでいた大音量の蝉時雨が再び私達を襲った。
もぅ、タイミング悪い。
あれ、そう言えば蝉って雄だけが鳴くんだよね?
それも求愛目的で。
加南子も同じことを考えていたみたい。
クスっと笑顔で涙を拭う。
悪いどころかバッチリだったんだ。
ナイスタイミング!
私、蝉にプロポーズされちゃった。
そこを抜ければ、伯母夫婦から離れて隠居生活を送る祖父の家へと通じる。
祖父は今、幾つだろう。
ずっとずっと昔から、祖父は見た目が変わらない気がする。
それこそ、私と妹がお年玉をもらっていたあの頃から……。
大人になった妹――加南子はすっかり美人さんだ。
容姿のみならず、頭はいいしオシャレだし社交的だし、本当に非の打ち所がない。
私は相変わらず地味な眼鏡女。
三十路近くになっても親元に残り、適当にバイトして帰宅後はBL小説を読み漁る日々。
他にはこれといってやることもなければ、行くところもない。
夏の予定なんて当然真っ白。
「お盆休み、二人で田舎とこ帰らない? 久々におじいちゃんにも会いたいし」
いきなり何で?
あなた、どうせ予定いっぱい詰まってるんでしょ?
私もやることあるんだからほっといて。
ダラダラ過ごすという大切な予定がね。
だけども私はいつも流されるまま。
「うん」とも「いや」とも言えずに、旅支度を急き立てられて……。
帰省先の伯母夫婦宅から一歩も出ない私を、妹は今"引率者"として祖父の家へ導いている。
「スイカがあんから食べにだぁで」
祖父から誘われたのは、たまたま電話に出た私だった。
行きたくないよ……朝シャンを済ませたばかりの加南子にそう告げたら、有無を言わさず手を引っ張られて現在に至る。
森の中は真夏と思えないくらい涼しい。
時期がよければ葉擦れの音がしてとても癒される。……時期がよければ。
耳をつんざく蝉時雨。
ああ、いやだいやだ。
五月の蠅と書いて『五月蝿い』?
私なら八月の蝉で『八月蝉い』と書くよ。
突如、立ちどまった加南子が「おねえちゃん」と私を呼ぶ。
蝉の鳴き声で殆どその声が掻き消されてしまっていたけれど、口の動きでわかる。
「……何?」
「私、結婚するの」
不思議とこのタイミングで、蝉達は一斉に鳴くのをやめてしまった。
鳴いて……。今鳴いて。
「まだ誰にも言ってないの。一番最初におねえちゃんに報告したかったんだ」
「そう……」
おめでとうの一言がなかなか出てこない。
何だろう、この感情。
嫉妬じゃなく……これってまさかの喪失感?
加南子ロス――私はもうじき大事な妹を手放すことになる。
「ここから先へは一人で行って。私はもう……おねえちゃんを近くで支えてあげられないから」
何で? 鳴いてる……じゃなく、泣いてる。
加南子……。
おねえちゃんの人生、このままじゃダメだよ!
そう言いたかったんだね、ずっと。
私、どうして黙ってるの?
加南子の姉として私が一番やらなきゃならないこと……それは泣いてる妹を安心させて嫁がせることでしょ。
だったら何か言わなきゃ。
何か……。
気の利いた言葉なんていらないんだから。
「……か、加南子!」
どもった。
でも私らしい。
「おねえちゃん、大丈夫だから。だから、そっちこそ先に行って」
そう、次のステージに……。
ポツンと佇む妹に向かって、私は続ける。
「早くお父さん達に報告しなきゃなんないし、結婚の準備とかもいろいろあるんでしょ? ……おじいちゃんのスイカ、私一人で食べちゃうけどいいよね?」
加南子、ポカンとしてる。
ここはスイカじゃなかったか。
「安心してよ。こんな私でも頑張れば……相当頑張んなきゃだけど、そうしたらそのうち大勢の男から言い寄られるようになるんだから。加南子の姉だもん。女を磨けば私だってプロポ……」
その刹那、さっきまでやんでいた大音量の蝉時雨が再び私達を襲った。
もぅ、タイミング悪い。
あれ、そう言えば蝉って雄だけが鳴くんだよね?
それも求愛目的で。
加南子も同じことを考えていたみたい。
クスっと笑顔で涙を拭う。
悪いどころかバッチリだったんだ。
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