短編集 wholesale(十把一絡げ)

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子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・蛸(←今ココ)・申・酉・戌・亥

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 伝聞するところ、双六すごろくは一昔前のお正月定番ゲームだった。
 何しろ僕は高校一年生……平成の世しか知らない。ゲームと言えば、やっぱスマホだよね。

 成績ガタ落ちしたからというベタな理由でそのスマホを没収されてしまった僕は、この正月休みをどう過ごせばいいのかわからない。
 何たって、友達との唯一の連絡手段も断たれたんだし。

「あたちがいるじゃない」

 落ち込む僕を慰めてくれるのは、年の瀬からずっといる姪の乙女おとめ
 結婚して栃木の苺農家に嫁いだ姉貴が、繁忙期にもかかわらず娘を連れて帰省しているということは、つまりアレだ……出戻り。近々正式に離婚するらしい。
 道理で毎年来てたお歳暮"とちをとめ"が今回来ないワケだ。冬の楽しみが一つ減ってしまった。

 その姉貴は両親と一緒に階下で酒を飲みながら"箱根山駅伝"を観ている。親子揃って呑気なもんだ。
 嘆息する僕の丹前をグイグイ引っ張るのは、ピンク一色のモコモコ家着に身を包む乙女だ。目がクリッとしてて可愛い。

「ねえ、しょーくん。あたちとあそんで」

 ロリコン野郎にはとても聞かせられない発言に、さっきから眉を曇らせていた僕はますますブルーになる。何が哀しくて、正月早々ガキのおりをしなきゃなんない?
 彼女なんて贅沢は言わない。せめて、今年こそは同世代の女友達が欲しい。
 一緒に初詣に行っておみくじ引いてさ、何て書いてあったー?とか聞き合ってさ、教えなーいとかさ………

 現実逃避しても仕方ないな。
 
 姪っ子だって甥っ子よりはマシだ。
 十年後には女友達を紹介してくれるかもしれないから、今のうちに手懐てなずけておいても損はない。これも未来への投資だと思えば……。

「いいよ。何して遊ぼう?」

「コレ」


 ここで冒頭へと繋がる。
 僕は今、乙女とたった二人きりで双六をやろうとしている。
 クソつまらんのは人数の問題じゃない。双六のクオリティが低すぎるからだ。
 A1サイズのパルテノン神殿が写ったカレンダーの裏にボールペンで書かれたいびつなマス目……手作りにしてもひどすぎる出来だ。

「誰が作ったの?」

「とーたん。おわかれのときくれた」

 ひどい上にヘビーすぎる。

 姉貴に捨てられたそのとーさんは今頃、真岡もおかの平屋で年老いた両親とどのように新年を迎えているのだろうか。これまた酒飲んで駅伝観てたら、いよいよ大人のタフさ加減に敬服せざるを得ない。
 と同時に、一気に暗然たる気持ちになった。こいつは新春はるから縁起が悪い。

 気を取り直してやるか、双六!

 クオリティが低すぎる義兄(もうじき赤の他人になるけど)作のこの双六は一風変わっている。
 マス目の文字が紙テープで貼られた何かの切れっぱしで覆われてある。
 貼ると言っても一カ所なのでめくれば容易に盤に書かれた文字は読めるワケだが、何故そのような煩わしいシステムを採用したのかわからない。

 意味などないのか……。

 単にもったいつけたかっただけかも知れないな。
 でも、変わっているのは盤だけじゃない。
 厚紙製の六面ダイスは二つあって、一つは着色すらされてない凸凹な手のひらサイズ。ピンクに塗られたもう一つはどうやら乙女専用らしく、よく見れば全面『5』しか書いてない。
 まさかと思って僕のを見たら、『3』と『4』と『6』がそれぞれ二つずつ。
 ゴールまでのマス目は全部で20。乙女は四回ダイスを振ったら自動でゴールできる。
 一方、この僕の勝ちは始めから用意されていない。よくて同じ振り数で引き分け――つまりは『4』と『6』を二回ずつ出すしかない(20ジャストでゴール成立。オーバーは無効。再度ゴールを目指さなければならない……その時点で既に負けだけど)。

 つまり、一度でも『3』を出せば僕の負けだし、三連続で『4』か『6』を出しても終わり……何ともヤラセ臭全開の双六だ。
 まあ、ガキンチョ相手に端から本気モードになる積もりもないけれど、ここまであからさまだと少しムカついてくる。
 そこまでして愛娘を勝たせたいのか。たかが双六にくだらない。
 それよりも、もっと大事な物を父親として与えてやれって思うのは少し生意気かな?

 圧倒的不利な状況の中、僕の一振りから偏愛双六がスタートする(ちなみに駒までは用意されてなかったので、僕は消しゴム、乙女はポケットから取り出した苺の髪留めを使う)。
 
 いっそ、いきなり『3』出てくれ! そうすりゃ早く終わる。

 僕の願いは現実となった。

『3』だ! こいつは新春はるから縁起がいい!

「あ~あ、乙女。終わっちゃったよ」

「めくって」

「ん?」

「かみ、めくらなきゃだめなの」

「……ああ、一応な」

 馬鹿らしいと思いつつ指示に従うと……

【1マスすすむ】

 そう書いてあった。
 何だこりゃ? コレって結局『4』出したのと同じじゃないか。

「もっかいめくるの」

「わかってるよ」

 ウザイと思いつつ4マス目を捲ると……

【ハッピーニューイヤー! 今年は蛸年たこどしです。あなたはゲーム終了まで蛸年のイメージキャラクター『たこるくん』になりきってください】

「……………」

 まさかと思って、6マス目をめくってみる。

【あけおめ! 今年は蛸年だべよ。アンタはゲームさ終わるまで蛸年のイメージキャラクター『タコチュー』になりきってくろな】

 最初からシナリオ決まってんじゃねーか。どこが双六だ?

「しょーくん、タコやって」

 邪気のない顔でせがまれてもね。

「イヤだよ。そこまで付き合ってらんない」

 僕が拒否ると、乙女の笑顔がスローモーションで崩れていく。
 今にも泣き出しそうだったので、とっさに口を突き出してタコの口真似をしてみた。
 それに乙女は満足した様子。破顔一笑のままに『5』しか出ないピンクの六面ダイスを振った。

「『5』がでた」

「そりゃそうだろ」

 僕のツッコミもスルーし、嬉しそうに覆われた紙を捲る。

【散歩してたら超ラッキー! タコの翔太君からお年玉をもらう】

 オイ、双六製作者! 個人名って、もはや僕を狙い撃ちしてるじゃんか!

「しょーくん! おとしだま、ちょーだい!」

「わかったわかった。でも僕だってまだもらう立場なんだぞ。……だから10円でいい?」

「うん、いい」

 乙女は両手を伸ばし、くれくれとせがむ。

 ダメ元でケチってみたら意外と受け入れられた。100円くらいならあげてもよかったんだけど、できることなら少ない方がいいに決まってる。
 財布から取り出した銅貨一枚を姪っ子にあげ、僕は機嫌良く二回目を振る。……また『3』だ。

「どうせ、ゲームを継続させるため進ませるんだろ?」

 7マス目を捲ると、果たして書いてあった。

【2マスすすむ】

「すごい! どーしてわかるの? それと、オクチ、タコさん!」

 チェックが細かいって。
 タコ口に戻した僕は消しゴムを進ませ、9マス目の紙を捲った。
 
 そして絶句……。

【タコの足は8本です。翔太君は1本の腕でしかお年玉をあげてませんね? タコ失格、なりきってください。残り7回、きちんとお年玉をあげましょう】

 意味わかんねえ! どんな理屈だっての! タコが8本足だからって、そのうちの1本だけでお年玉あげてもいーじゃんか。そもそも、タコがお年玉あげるって設定からして無理あるだろ。

「しょーくん、おとしだま!」

 乙女、この結果がわかってたから10円で引き下がったんだな。
 7回お年玉をあげるとして硬貨が6枚しかない。最後は千円……ねえッ! よりによって万札しかねーじゃんか!

 それは僕が元旦にもらったばかりのお年玉だ。
 まさか、こんな形で手放す羽目になるとは……えらい散財だ。ロクな年じゃねーな、蛸年ってのは!

 しょうがない。

 この場は素直に応じるとして、後で姉貴に請求してやる!

 ホクホク顔の乙女はピンクのダイスを振る。……振る意味ないだろ。

「『5』」

 10マス目の指示、そこには無理難題が書いてある。

【書き初めタイム! タコと化した翔太君の口から墨が出ます。さあ、二人で書き初めを楽しみましょう!】

 奇人変人か! ムチャぶりにもほどがあるぞ、義兄!

「しょーくん、すみだして」

「タコの口真似しただけで墨なんか出せねーよ!」

 僕の口はタコじゃなく、不平不満が積もり積もって自然と尖っている。

 どこまで付き合えばいいんだろ?
 高校の選択芸術がたまたま書道なので道具一式は揃ってるものの、墨汁を口に含む荒技だけは避けたい。
 
 それにしてもこの双六、癪だけどよく考えて作られてある。
 
 乙女の振るダイスの出目は素数の『5』、僕が振る『3』と『4』と『6』のダイスじゃ、10マス目とゴールである20マス目以外は通常5の倍数に止まらない仕様となっている。
 逆もまたしかり。10マス目、僕がそこに止まったところで乙女は何の被害も被らないしさ。

 もしかして、出目とは関係なく僕が15マス目に止まってもそうなのか? もう完全に遊ばれてんな、この親子に。
 
「すみ! すみ! タコさんのすみ!」

 乙女はすっかり乗り気で、そのクリッとした目を輝かせている。
 この期待はちょっと裏切れない。

「わかった。ちょっと準備してくるから待ってろ」

 筆とすずりと半紙と文鎮をセッティングし終え、僕は姪っ子を部屋に残し階段を下りた。
 
 ん、イビキ?
 
 居間に顔を覗かせると、両親と姉貴、映りっぱなしの駅伝もそのままにコタツで眠っていた。朝から飲み過ぎだって。

 特に我が子をほったらかしにして豪快に爆睡してやがる姉貴……無性に腹立つわ! とりあえずイビキが耳障りだ!

 鬱憤晴らしとばかり、その鼻孔におせちの黒豆を詰め込んでから軽やかな足取りで台所に移動。
 コーラをおもいっきり口に含んで二階に戻ると、そのまま硯の中にコーラ風墨を吐き出した。

「さあ、乙女。何でも好きな字を書いていいぞ」

「あたち、じがかけないの」

 ……双六、再開。

 ダイスは『4』。紙を捲ると……

【アクシデント発生! 翔太君の駒がここに止まれば一回休み。その心は――置くとパスoctopus

 くだらない親父ギャグをかぶせてきた上に、これで引き分けの権利すら失った。つまり双六はこれにて終了!

 ところがそんなことなどお構いなし、乙女はピンクのダイスで三度目の『5』を出して紅茶のティーバッグをつまみ上げるかの如く、当り前のように覆われた紙を捲った。

【大変です。乙女はタコ坊主に抱きつかれました。タコ坊主の吸盤は強烈でなかなか離れられません】

 さっき、僕が『6』を出したらここ――15マス目に止まってたんだ。

 でもさすがは狡猾な義兄……主語が最初から定められてるから、どのみち結果は一緒じゃんか。しかも何故かタコに『坊主』が付いてんぞ! 

「しょーくん、だいて」

「キミの父さんは僕を幼女趣味の道に走らせたいのかな?」

「おねがい。ぎゅうーっとして」

「……?」

 乙女は真剣な眼差しで僕を見上げ、両手を広げて抱かれるのを待っている。

「乙女……」

 その懇願する表情に僕は全てを悟った。

 そう、乙女はまだ4歳にもなってない。

 父親と離れ離れになって寂しくない筈はないんだ。

 我が家に来てあまりに天真爛漫に振る舞うので、僕は半ば呆れてさえいたが実はそうじゃなかった。乙女は幼いながらも気丈な素振りで堪えていただけだ。

 僕はそっと乙女を抱き寄せる。タコ口を解除するのも忘れて……。

「真岡に帰りたい?」

 乙女は頷きかけたものの、それについてはとうとう返答しなかった。

「まだおわってない」

「ん?」

「すごろく」

 勝敗は決まってるんだ。この期に及んでまだ……
 けれど、乙女は最後のダイスを振った。『5』しか出ないピンクのダイスを。
 僕に抱きついたまま、小さな右手が苺の髪留めをゴールさせる。
 それと同時に、乙女は再び僕の腰に両手を回した。

「僕が捲ろうか?」

 コクリと頷く乙女。

 ヤバイな。

 そこに書かれた最後の指示に、僕の涙腺までもがウルウルきそうになった。


「とーたん、なんてかいたの?」


 僕は頭の中でそれをまとめ、要約して告げる。


「安心していいよ。出荷が一段落する春が過ぎたら、一番大事な苺を収穫しにここへ来るんだって。だから、それまで『タコ坊主の翔太君と一緒にいてくれ』ってさ」


「おとーたん……おとーたん……お、お、お、おとーたあああああぁん……」


 乙女は堰を切ったようにわんわん泣き出した。

 大人は残酷だ。

 夫婦間に何があったかは知らないけれど、どんな理由であれ子供に罪はない。
 僕はちょうど、大人と子供の狭間にいる。

 確かに僕はまだ未成年だけれど、この一瞬――奇妙な双六を経験して一気に大人へと近づいた気がする。自主的ではないにせよ、お年玉だって初めてあげる立場になった。このコにとって僕は間違いなく大人なんだ。
 
 よしよしと姪っ子の小さな頭を撫でながら、僕は苺の髪留めをつけてやる。
 少なくとも、桜が散るその先まではまだ申年は訪れない。
 僕と乙女の二人にとって……2016年は蛸年だ。
 僕なりに、この吸盤で愛しい姪っ子を守ってやろう。
 
 春か。

 できることなら苺だけじゃなく、黒豆の方も回収してくれないかな。


 階下から僕を呼ぶ怒号が聞こえる。


 やっと目覚めたか、黒豆姉貴め。
 とっとと頭下げて真岡へ帰れよ!

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