イルカノスミカ

よん

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金曜日

水着で金曜日 5

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 緊張で言葉が出てこない。
 え、ワッシーってこんな声だっけ?
 何しろ電話したの初めてだから声のカンジが全然違って聞こえる。
 体育祭の応援練習もしたし、ちょっとハスキー。

『名前、訊いていいか?』

 電話の相手が言う。

「……そ、そっちこそ誰よ?」
『そっちが電話したんだろ。先に名乗るのが礼儀だ』
「アンタが考えてる通りだと思うけど?」
『オレが思ってる相手ってのは、おそらくヘンなところからこの電話をしてる』
「ヘンだよ。フツー、こんな時間こんなところから電話しない」

 フフッと安堵の笑いが洩れる。
 間違いない。
 アイツ、あたしだと確信した。

『木札、なかなかいい作戦だったろ?』
「よくないよ、馬鹿。もう少しでキヅラガワに気づかれるところだったんだからね」
『え、マジで? そりゃヤバイな』
「冗談だよ。機転利かしてうまくごまかせたから」

 安心したのか、相手はフウーッと息を吐いた。すごい音。

『賭けだったんだ。でも、これしかオマエと連絡取る方法思いつかなくてさ』
「すごいね。あたしなんて何も浮かばなかったよ。だからもうあきらめてたの」
『オレだって苦労したんだぜ。なかなかガード固かったからさ。特に今日。オマエの周り、どの時間も女いっぱいいたもんな?』
「だね。でも、昨日のお昼は一人だったよ」
『嘘? どこにいた?』
「図書室」
『はぁ? オメエ、馬鹿じゃねーの? そんなとこにオレが行くわけねーじゃんかよ! で、何読んでたんだ?』
「本じゃないよ。CD。ショパン聴いてたんだ」
『ショパン? へー、何でまた?』
「ミユキ先生が『いいよ』って勧めてくれたから。実際よかったし」

 ふーん、とどうでもよさそうな相槌。クラシックなんて興味なさそう。

「ねえ、今何してた?」
『宿題。これがまた厄介なんだ』
「え、そんなのあったっけ?」
『オマエ、音楽選択してないだろ。作曲だぞ、作曲! 作曲して十一月にみんなの前に出てアコギ弾かなきゃなんないんだ』
「マジでぇ? それってすごいじゃん!」
『別にすごかねーよ。何もメロディ浮かばないんだ。……何かいいのない?』

 え、あたしに訊くか?

「じゃ、ショパンは?」
『うーん、興味ないな。一応、参考までに訊くけど、どんなメロディ?』
「えーっとね……口で表せないんだけど、とにかく名曲だよ」
『いくら名曲でも意味ねえわ。口で表せるヤツくれよ。弾き語りだから歌詞も考えなきゃならないんだ』
「じゃあ……レリゴーレリゴーとかは?」
『アナ霰かあ。ちょっとイメージ違うんだよな。もっと渋いヤツ。……オレ、クラフトンが好きでアコギやってみようって思ったし』
「だったらショパンの段階でソレ言えって。もうさ、まんまクラフトンでよくね?」
『まんまってのはマズイだろ。第一、難しくて弾けねえわ。コードだってそんな知らねーし』
「だったらレリゴーレリゴーをクラフトン風に歌えば?」
『どんなだよ! もういい。オマエに相談したオレが馬鹿だった』

 あたしの笑いにつられてワッシーも笑ってる。
 やっぱコイツとは相性いい。
 すぐにいつもの自分に戻れた。表面上は、だけど。

『ところでさ、晩飯ちゃんと食ったのか?』

 ワッシーの質問にあたしは「んんん」と答える。

「アイス食べただけだよ。……アンタは? もう食欲戻った?」
『少しはな。てか、オマエいくら何でもアイスだけじゃヤバイだろ?』
「だって、お金ないんだもん」
『それにしたって、コンビニのおにぎりくらい買えるだろ?』
「所持金十七円じゃそんな贅沢できないよ。買えて、せいぜい駄菓子くらい」
『……マジでか? 極貧じゃんか。オマエ、よくそれで家出する気になったな?』
「しょうがないじゃん。そもそも、計画的な家出じゃなかったし。あらかじめわかってたら、もっとお金残してたよ」

 ワッシー、しまったなあと声を洩らす。

「何が?」
『……いや、事前にわかってたら別なモン用意したのに』
「別なモン?」
『ああ。……瀬戸、小窓開けてみ?』
「小窓?」

 月明かりで電気をつけなくても小窓は確認できる。
 ただ、その数が多すぎる。

「どこの?」
『火曜日、オマエがノゾキやってた場所だ』
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでよ! そっちなんかあたしのパンツ見たクセに!」
『そんなモン覚えてねーよ。白地にピンクのボーダーだっけ? ケツんとこにとぼけたクマがいた』
「ぎゃあああああああああああぁ――ッ! ガッツリ覚えてんじゃないのさッ! アンタ、この代償は大きいからねッ!」
『何そんなに怒ってんだよ。お詫びにオレがブリーフ見せたら気がすむのか? よかったら今から写メ送るぜ?』
「ヘンタイ! で、今から小窓開けるけど……ん、何かあった。……巾着? コレってさ、もしかしてシューズ袋?」
『そう、オレのだ。中身、オマエにやる』
「中身って……アンタの臭そうなシューズ袋にあたしが手を突っ込むの? ソレ何の罰ゲームよ?」
『安心しろ。中身は食べ物だ』
「食えるかッ!」
『人の親切を無駄にすんなよ。オレ、わざわざソレ取りにいったん家まで戻ったんだぜ?』
「食べ物差し入れするならシューズ袋に入れるなって! マジ信じらんない!」

 そうは言いつつも、食べ物だと聞いて少し期待してしまう。
 おなかペコペコだしね。
 さっきのキヅラガワのレアチーズ大福の話聞いて空腹度は更に増したし。
 背に腹はかえられない。

「……まあ、ワッシーの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。じゃあ、今から勇気出して手ぇ突っ込んでみる」
『グッドラック』
「その前に訊きたいんだけどさ、アンタ水虫とかソッチ系大丈夫だよね?」
『今んとこ大丈夫だよ。オレの親父はすげえグチュグチュだけどな』
「その情報いらないし! てか、アンタあたしに食べさせる気あんの?」
『意識しすぎなんだよ。そのシューズ袋、全然使ってねーから』
「早く言えって!」

 それって信用していいんだろうか……。
 躊躇しながらも、空きっ腹がいよいよ限界になってきた。
 覚悟を決めたあたしは思いきって腕を伸ばす。

 三本の鉄格子が邪魔で一気に取れない。
 中のモノをまず一個掴む。
 それをケータイディスプレイの明かりで確認。

「……水ようかん?」
『そうだよ。お中元の残り。ウチじゃ誰も食べないからさ』
「アンタね! コレ食べさせる前にどーして水虫の話なんかしたのよ! 水虫と水ようかんて、水水で連想しちゃうじゃん!」
『オレじゃねーよ! オメエが最初に言ったんだ!』
「でも、グチュグチュって言ったのワッシー!」
『やめろッ! 今からオレもその水ようかん食おうとしてんだぞ!』

 言えば言うほど深みにはまる。黙っとこう。
 正直、水ようかんなんてそんなに好きじゃないけど、ワッシーの好意には感謝だし、それに今のあたしは無性におなかが空いてる。

 でも、どうやって食べるんだろ。……指でホジホジ?
 あ、缶の容器に透明の小さなスプーンがついてる。よかった。

「じゃ、ありがたくいただくね?」
『おう。オレも』

 大丈夫。
 足の臭いなんかしない。グチュグチュもしない。
 ケータイを耳と左肩ではさんでフタを開けたあたしは、自分にそれを言い聞かせるようにして水ようかんを食べた。

 え……!

「美味しい。意外!」
『ホントだ。うめぇぞ!』

 あたしはあっという間に一つ平らげた。
 全然イケる。
 むしろ足んない。
 正直、レアチーズ大福より劣ると思ってたけど全然そんなことない。和菓子最強!
 シューズ袋に手を突っ込んで二つ目に取りかかる。

「……ねえ、おかわりしちゃうよ?」
『どうぞ。そっちには全部で九個入れたからな』

 さすがに全部は無理だ。
 でも、二つ目もペロリ。
 とりあえず、おなかは落ち着いた。
 残る水ようかんと空になったシューズ袋を柔道場内に入れる。
 確かにこの紺色のシューズ袋は日が落ちれば目立たなくて、誰かに見つかる可能性は極めて低い。ナイスなチョイスだったかも。

「ワッシー、ありがとう。おかげで眠れそうだよ」
『マジで? 本当に眠れるか?』

 ワッシーの疑念に自問してみる。

「……いや、やっぱ無理かな。今すぐにでも眠りたいよ。クタクタだもん。だけどね……」

 無言のワッシー。
 もう十分だ。ここで引いとこう。
 いや、十分じゃないけど、ここまでしてくれたワッシーには大感謝。
 あたしの悩みにこれ以上は彼を巻き込みたくない。

「ワッシーはもう寝る? ここまででいいよ。電話番号と水ようかん、ありがとう。ホントに助かっちゃった。紙テープ、はがして処分しとくから」
『待て待て、寝るには早すぎんだろ。それに明日は休みだし部活もねーしな。瀬戸さえよければもっと喋ってもいいぜ?』
「マジ?」

 嬉しすぎるその一言。
 甘えたい……けど。

「でも、他にやることあるでしょ? 作曲とか受験勉強とかさ?」
『作曲は十一月まで。受験勉強は一年後と決めてるから』
「呑気だね。そんなこと言ってるとあっという間だよ?」
『だとしても一日くらい何やったって何も変わんねえよ。……それに、瀬戸とこうして話せるのは今しかないような気がするからな』
「え……」

 思わず声が小さくなる。

「そ、そんなことないよ。アンタの番号、ケータイに登録していいんでしょ?」
『いいよ。オレも登録するし』
「だったらいつでも話せるじゃん」


?』


 あ……

 重い!

 今のズシッときた。
 そうなんだ。
 だから、ワッシーはリスクを冒してまでもあたしに電話番号を教えてくれたんだ。
 だったら、あたしはそろそろ本音を喋らなきゃならない。
 いつまでも馬鹿な話で気をまぎらわせてる場合じゃない。
 今度はあたしが勇気を出す番。

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