イルカノスミカ

よん

文字の大きさ
上 下
24 / 30
金曜日

水着で金曜日 5

しおりを挟む
 緊張で言葉が出てこない。
 え、ワッシーってこんな声だっけ?
 何しろ電話したの初めてだから声のカンジが全然違って聞こえる。
 体育祭の応援練習もしたし、ちょっとハスキー。

『名前、訊いていいか?』

 電話の相手が言う。

「……そ、そっちこそ誰よ?」
『そっちが電話したんだろ。先に名乗るのが礼儀だ』
「アンタが考えてる通りだと思うけど?」
『オレが思ってる相手ってのは、おそらくヘンなところからこの電話をしてる』
「ヘンだよ。フツー、こんな時間こんなところから電話しない」

 フフッと安堵の笑いが洩れる。
 間違いない。
 アイツ、あたしだと確信した。

『木札、なかなかいい作戦だったろ?』
「よくないよ、馬鹿。もう少しでキヅラガワに気づかれるところだったんだからね」
『え、マジで? そりゃヤバイな』
「冗談だよ。機転利かしてうまくごまかせたから」

 安心したのか、相手はフウーッと息を吐いた。すごい音。

『賭けだったんだ。でも、これしかオマエと連絡取る方法思いつかなくてさ』
「すごいね。あたしなんて何も浮かばなかったよ。だからもうあきらめてたの」
『オレだって苦労したんだぜ。なかなかガード固かったからさ。特に今日。オマエの周り、どの時間も女いっぱいいたもんな?』
「だね。でも、昨日のお昼は一人だったよ」
『嘘? どこにいた?』
「図書室」
『はぁ? オメエ、馬鹿じゃねーの? そんなとこにオレが行くわけねーじゃんかよ! で、何読んでたんだ?』
「本じゃないよ。CD。ショパン聴いてたんだ」
『ショパン? へー、何でまた?』
「ミユキ先生が『いいよ』って勧めてくれたから。実際よかったし」

 ふーん、とどうでもよさそうな相槌。クラシックなんて興味なさそう。

「ねえ、今何してた?」
『宿題。これがまた厄介なんだ』
「え、そんなのあったっけ?」
『オマエ、音楽選択してないだろ。作曲だぞ、作曲! 作曲して十一月にみんなの前に出てアコギ弾かなきゃなんないんだ』
「マジでぇ? それってすごいじゃん!」
『別にすごかねーよ。何もメロディ浮かばないんだ。……何かいいのない?』

 え、あたしに訊くか?

「じゃ、ショパンは?」
『うーん、興味ないな。一応、参考までに訊くけど、どんなメロディ?』
「えーっとね……口で表せないんだけど、とにかく名曲だよ」
『いくら名曲でも意味ねえわ。口で表せるヤツくれよ。弾き語りだから歌詞も考えなきゃならないんだ』
「じゃあ……レリゴーレリゴーとかは?」
『アナ霰かあ。ちょっとイメージ違うんだよな。もっと渋いヤツ。……オレ、クラフトンが好きでアコギやってみようって思ったし』
「だったらショパンの段階でソレ言えって。もうさ、まんまクラフトンでよくね?」
『まんまってのはマズイだろ。第一、難しくて弾けねえわ。コードだってそんな知らねーし』
「だったらレリゴーレリゴーをクラフトン風に歌えば?」
『どんなだよ! もういい。オマエに相談したオレが馬鹿だった』

 あたしの笑いにつられてワッシーも笑ってる。
 やっぱコイツとは相性いい。
 すぐにいつもの自分に戻れた。表面上は、だけど。

『ところでさ、晩飯ちゃんと食ったのか?』

 ワッシーの質問にあたしは「んんん」と答える。

「アイス食べただけだよ。……アンタは? もう食欲戻った?」
『少しはな。てか、オマエいくら何でもアイスだけじゃヤバイだろ?』
「だって、お金ないんだもん」
『それにしたって、コンビニのおにぎりくらい買えるだろ?』
「所持金十七円じゃそんな贅沢できないよ。買えて、せいぜい駄菓子くらい」
『……マジでか? 極貧じゃんか。オマエ、よくそれで家出する気になったな?』
「しょうがないじゃん。そもそも、計画的な家出じゃなかったし。あらかじめわかってたら、もっとお金残してたよ」

 ワッシー、しまったなあと声を洩らす。

「何が?」
『……いや、事前にわかってたら別なモン用意したのに』
「別なモン?」
『ああ。……瀬戸、小窓開けてみ?』
「小窓?」

 月明かりで電気をつけなくても小窓は確認できる。
 ただ、その数が多すぎる。

「どこの?」
『火曜日、オマエがノゾキやってた場所だ』
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでよ! そっちなんかあたしのパンツ見たクセに!」
『そんなモン覚えてねーよ。白地にピンクのボーダーだっけ? ケツんとこにとぼけたクマがいた』
「ぎゃあああああああああああぁ――ッ! ガッツリ覚えてんじゃないのさッ! アンタ、この代償は大きいからねッ!」
『何そんなに怒ってんだよ。お詫びにオレがブリーフ見せたら気がすむのか? よかったら今から写メ送るぜ?』
「ヘンタイ! で、今から小窓開けるけど……ん、何かあった。……巾着? コレってさ、もしかしてシューズ袋?」
『そう、オレのだ。中身、オマエにやる』
「中身って……アンタの臭そうなシューズ袋にあたしが手を突っ込むの? ソレ何の罰ゲームよ?」
『安心しろ。中身は食べ物だ』
「食えるかッ!」
『人の親切を無駄にすんなよ。オレ、わざわざソレ取りにいったん家まで戻ったんだぜ?』
「食べ物差し入れするならシューズ袋に入れるなって! マジ信じらんない!」

 そうは言いつつも、食べ物だと聞いて少し期待してしまう。
 おなかペコペコだしね。
 さっきのキヅラガワのレアチーズ大福の話聞いて空腹度は更に増したし。
 背に腹はかえられない。

「……まあ、ワッシーの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。じゃあ、今から勇気出して手ぇ突っ込んでみる」
『グッドラック』
「その前に訊きたいんだけどさ、アンタ水虫とかソッチ系大丈夫だよね?」
『今んとこ大丈夫だよ。オレの親父はすげえグチュグチュだけどな』
「その情報いらないし! てか、アンタあたしに食べさせる気あんの?」
『意識しすぎなんだよ。そのシューズ袋、全然使ってねーから』
「早く言えって!」

 それって信用していいんだろうか……。
 躊躇しながらも、空きっ腹がいよいよ限界になってきた。
 覚悟を決めたあたしは思いきって腕を伸ばす。

 三本の鉄格子が邪魔で一気に取れない。
 中のモノをまず一個掴む。
 それをケータイディスプレイの明かりで確認。

「……水ようかん?」
『そうだよ。お中元の残り。ウチじゃ誰も食べないからさ』
「アンタね! コレ食べさせる前にどーして水虫の話なんかしたのよ! 水虫と水ようかんて、水水で連想しちゃうじゃん!」
『オレじゃねーよ! オメエが最初に言ったんだ!』
「でも、グチュグチュって言ったのワッシー!」
『やめろッ! 今からオレもその水ようかん食おうとしてんだぞ!』

 言えば言うほど深みにはまる。黙っとこう。
 正直、水ようかんなんてそんなに好きじゃないけど、ワッシーの好意には感謝だし、それに今のあたしは無性におなかが空いてる。

 でも、どうやって食べるんだろ。……指でホジホジ?
 あ、缶の容器に透明の小さなスプーンがついてる。よかった。

「じゃ、ありがたくいただくね?」
『おう。オレも』

 大丈夫。
 足の臭いなんかしない。グチュグチュもしない。
 ケータイを耳と左肩ではさんでフタを開けたあたしは、自分にそれを言い聞かせるようにして水ようかんを食べた。

 え……!

「美味しい。意外!」
『ホントだ。うめぇぞ!』

 あたしはあっという間に一つ平らげた。
 全然イケる。
 むしろ足んない。
 正直、レアチーズ大福より劣ると思ってたけど全然そんなことない。和菓子最強!
 シューズ袋に手を突っ込んで二つ目に取りかかる。

「……ねえ、おかわりしちゃうよ?」
『どうぞ。そっちには全部で九個入れたからな』

 さすがに全部は無理だ。
 でも、二つ目もペロリ。
 とりあえず、おなかは落ち着いた。
 残る水ようかんと空になったシューズ袋を柔道場内に入れる。
 確かにこの紺色のシューズ袋は日が落ちれば目立たなくて、誰かに見つかる可能性は極めて低い。ナイスなチョイスだったかも。

「ワッシー、ありがとう。おかげで眠れそうだよ」
『マジで? 本当に眠れるか?』

 ワッシーの疑念に自問してみる。

「……いや、やっぱ無理かな。今すぐにでも眠りたいよ。クタクタだもん。だけどね……」

 無言のワッシー。
 もう十分だ。ここで引いとこう。
 いや、十分じゃないけど、ここまでしてくれたワッシーには大感謝。
 あたしの悩みにこれ以上は彼を巻き込みたくない。

「ワッシーはもう寝る? ここまででいいよ。電話番号と水ようかん、ありがとう。ホントに助かっちゃった。紙テープ、はがして処分しとくから」
『待て待て、寝るには早すぎんだろ。それに明日は休みだし部活もねーしな。瀬戸さえよければもっと喋ってもいいぜ?』
「マジ?」

 嬉しすぎるその一言。
 甘えたい……けど。

「でも、他にやることあるでしょ? 作曲とか受験勉強とかさ?」
『作曲は十一月まで。受験勉強は一年後と決めてるから』
「呑気だね。そんなこと言ってるとあっという間だよ?」
『だとしても一日くらい何やったって何も変わんねえよ。……それに、瀬戸とこうして話せるのは今しかないような気がするからな』
「え……」

 思わず声が小さくなる。

「そ、そんなことないよ。アンタの番号、ケータイに登録していいんでしょ?」
『いいよ。オレも登録するし』
「だったらいつでも話せるじゃん」


?』


 あ……

 重い!

 今のズシッときた。
 そうなんだ。
 だから、ワッシーはリスクを冒してまでもあたしに電話番号を教えてくれたんだ。
 だったら、あたしはそろそろ本音を喋らなきゃならない。
 いつまでも馬鹿な話で気をまぎらわせてる場合じゃない。
 今度はあたしが勇気を出す番。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俯く俺たちに告ぐ

青春
【第13回ドリーム小説大賞優秀賞受賞しました。有難う御座います!】 仕事に悩む翔には、唯一頼りにしている八代先輩がいた。 ある朝聞いたのは八代先輩の訃報。しかし、葬式の帰り、自分の部屋には八代先輩(幽霊)が! 幽霊になっても頼もしい先輩とともに、仕事を次々に突っ走り前を向くまでの青春社会人ストーリー。

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

処理中です...