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偽
しおりを挟む冬至――1年で最も夜が長いこの日、日本人は厄除けと称して保存のきく南瓜を食べる習慣がある。
そこに場違いな南瓜が1つ。
クリスマスを彩る鮮やかなイルミネーション、奇抜な仮装を施した少女がブツブツ呟きながら賑わう夜の大都会を徘徊している。
羽毛にも似た花弁雪が舞う寒空の下、少女は四肢や胸元までもが露わな南瓜を模したオレンジ色のチャールストン・ドレスを纏っている。
無地ではなく、そこにはジャック・オー・ランタンの不気味な笑顔とHALLOWEENの大きな文字がデザインされている。
それだけではない。
大きなツバの魔女帽をかぶり、スラリと伸びた手足にはぐるぐると包帯まで巻く徹底ぶり。季節感を完全に度外視した2ヵ月遅れのその出で立ちに、師走の街行く人々は怪訝な表情を見せたり、露骨に「馬鹿じゃねえの?」と冷たく罵ったりした。
それでも少女は単身で雑踏の一部で在り続ける。
単身?
いや、そうではない。
少女は決して意味なく独り言を繰り返しているのではなかった。
「ペローさん、ペローさん。12時まであとどれくらい?」
「まだ2時間以上あるよ。それまで魔法は解けないさ」
そう答えたのは、帽子のツバに乗っかる1羽の白鶺鴒。”白”とあるが、全身が白いわけではなく黒と灰が混ざった尾の長い留鳥である。良く見ると、首にはさりげなくオレンジ色のタイを結んでいる。
スクランブル交差点のど真ん中、少女は突然歩みを止める。
「ペローさん、ペローさん。12時まであとどれくらい?」
「まだ1時間以上あるよ。それまで魔法は解けないさ」
少女は意を決して訊いてみる。
「魔法が解けたら、あたしはどうなるの?」
シンデレラの作者と同じ名前――ペローさんと呼ばれた白鶺鴒の能天気な声とは裏腹、少女のその問いは僅かに震えている。
「おやおや、どうした? 寒いのかい……などと訊くのは愚問だね。その格好だもの。恰好……郭公……僕は白鶺鴒」
「寒さなんて我慢できるわ。質問に答えて」
「おや、今のは笑うところだったのに流されちゃった。いいから歩きなよ。時間は刻一刻と迫っているんだ」
ところが少女はそれに耳を傾けず、膝に手を置きとうとうシクシク泣き始めた。
「ペローさん、ペローさん、あたし死にたくない……」
「だったら急ぎなよ。信号は既に点滅しているよ」
「車に轢かれなくても、どうせあたしは死んじゃうんでしょう?」
「”Trick or treat!”……今宵はキミだけのハロウィンだよ。みんなに注目を浴びたかったんだよね? キミは今まさに注目の的なんだよ。この状況を楽しんでくれなきゃ、僕がここにいる意味はなくなってしまう」
「無理よ! あたしが知りたいのは”Dead or alive!”なの。楽しむ余裕なんてないんだから!」
「……だったら、今すぐシンデレラ・タイムを解いてやってもいいんだよ。アイドル崩れの翔子クン?」
帽子のツバから少女の左肩に移った白鶺鴒が耳元で恫喝する。
アイドル……崩れ?
――――ッ!!!!!!!!!
少女――翔子は何かを思い出したようにその場にしゃがみ込む。
10月31日……わたしはちょうどここに立っていた。
そうだ、あたしは……アイドルを目指し上京して、何度もオーディションに落ち続けて……それで絶望したあたしは大勢の人に見られるようハロウィンの日に渋谷で……
「ペローさん、ペローさん、ありがとう。やっとわかった。あたし、もうとっくに……馬鹿だ、あたし……何で……何で死んじゃったんだろう……」
「おやおや。何のことかな、アイドルの卵、翔子クン?」
え……
惚けた白鶺鴒が北へ向かって飛び去っていく。
晩秋の近づく夜空に、花弁雪にも似た羽毛が舞う。
ハロウィン一色に染まるスクランブル交差点……後悔の涙を流していた翔子はワケもわからず、正面から歩いてきたゾンビや猫耳メイドからハイタッチを受けていた。
ハロウィンと冬至
南瓜で繋がる幻影一夜……そのどちらかは小鳥が描いた巧妙な偽りである。
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