1 / 7
ゴーグル
しおりを挟む
ここは……何処?
いつの間にか伏せ寝していた少女は、ずれた赤の眼鏡を直しながら周囲を見回した。
いつも通っている地元の図書館に似ているようで、微妙に雰囲気が違っている。
図書館……そう、わたしは勉強していたんだった。
鼻根部が痛い。鼻パッドがかなり食い込んでいる。
何度も指先でそれを撫でながら記憶の糸を辿ってみる。
今日は確か学校が休み……英語と物理の復習に時間を割こうと、わたしは早起きをして家を出た。場所を確保するのが大変だから。
でも、机の上にある見開きページは英語でもなければ日本語でもない。
そして、右の隅っこにはクラシカルな航空機の写真が掲載されている。
Macchi M.C.202
「稲妻、70年ぶりだな。懐かしい」
――ッ!?
驚いて振り返ると、すぐ近くには軍服を着用した若い西洋人の男が本を覗き込んでいた。
「私はかつて、これに乗っていたんだよ。イタリア王立空軍の撃墜王として名を馳せていた」
「イタリア人……ですか?」
「そうだよ。でもキミは率直な疑問を抱いている。『どうして日本語を喋っているの?』とね。答えは明瞭だ。ここはキミの夢の中だからさ」
「え? あ、あの……」
「心配いらない。すぐに御暇するよ。だが、その前に私の問い掛けに答えてほしい。……キミは将来、何をしたいんだ?」
「…………」
言葉に詰まる。
唐突な質問ではあったにせよ、それはこれまで何度も自問自答していたものと同じだった。
答えたい。
でも、答えられない。何のための受験勉強だろう……。
自分自身のことなのに、それがどうしても出てこないのだ。
「何も見えないかね?」
少女はコクリと頷き、そのまま項垂れる。鼻根部の痛みなどとうに忘れてしまっている。
「キミの眼鏡はいつも曇っている。だから何も見えないんだ」
男はそう言うと、机の上に使い古されたゴーグルを置いた。
「コイツをキミにあげよう。普段はこれを首にぶら下げるといい」
「え……」
「私はそのために70年の歳月を経て地上へと降りてきたんだ。だが、早くも次のフライトの時間が来てしまった。行かなきゃならない」
「ま、待ってください! 行かないで!」
少女は慌てて椅子から立ち上がり、去ろうとする男の袖をはっしと掴んだ。
「わたしはどうすればいいんですか? わたしは……」
「黙って、可愛い人」
少女の言葉を遮った男は、机に置いたばかりのゴーグルを首に掛けてやると、潤む瞳を見つめながら優しく微笑んだ。
「Stupenda! 素晴らしく似合ってるよ。コイツをその曇った眼鏡の代わりに掛ければ、どんな積乱雲に突入しても視界は良好だ。……だがね」
男はウインクして更にこう続けた。
「その曇った眼鏡でしか見えない景色も存在するんだよ。ゴーグルはあくまでお守りとして持っておくんだ。……いいね? Addio!」
やがて、少女の目が覚める。
その首にぶら下がるは――ゴーグル!
少女は赤の眼鏡を外して涙を拭った。
「視界……良好どころか最悪だよ、もう! いきなり現れたと思ったら『永遠にサヨナラ』って……あんまりじゃない! AddioじゃなくArrivederciって言ってよ!」
ほんの一瞬だった……。
撃墜されちゃったじゃない。
あのキザなエース・パイロットに。
いつの間にか伏せ寝していた少女は、ずれた赤の眼鏡を直しながら周囲を見回した。
いつも通っている地元の図書館に似ているようで、微妙に雰囲気が違っている。
図書館……そう、わたしは勉強していたんだった。
鼻根部が痛い。鼻パッドがかなり食い込んでいる。
何度も指先でそれを撫でながら記憶の糸を辿ってみる。
今日は確か学校が休み……英語と物理の復習に時間を割こうと、わたしは早起きをして家を出た。場所を確保するのが大変だから。
でも、机の上にある見開きページは英語でもなければ日本語でもない。
そして、右の隅っこにはクラシカルな航空機の写真が掲載されている。
Macchi M.C.202
「稲妻、70年ぶりだな。懐かしい」
――ッ!?
驚いて振り返ると、すぐ近くには軍服を着用した若い西洋人の男が本を覗き込んでいた。
「私はかつて、これに乗っていたんだよ。イタリア王立空軍の撃墜王として名を馳せていた」
「イタリア人……ですか?」
「そうだよ。でもキミは率直な疑問を抱いている。『どうして日本語を喋っているの?』とね。答えは明瞭だ。ここはキミの夢の中だからさ」
「え? あ、あの……」
「心配いらない。すぐに御暇するよ。だが、その前に私の問い掛けに答えてほしい。……キミは将来、何をしたいんだ?」
「…………」
言葉に詰まる。
唐突な質問ではあったにせよ、それはこれまで何度も自問自答していたものと同じだった。
答えたい。
でも、答えられない。何のための受験勉強だろう……。
自分自身のことなのに、それがどうしても出てこないのだ。
「何も見えないかね?」
少女はコクリと頷き、そのまま項垂れる。鼻根部の痛みなどとうに忘れてしまっている。
「キミの眼鏡はいつも曇っている。だから何も見えないんだ」
男はそう言うと、机の上に使い古されたゴーグルを置いた。
「コイツをキミにあげよう。普段はこれを首にぶら下げるといい」
「え……」
「私はそのために70年の歳月を経て地上へと降りてきたんだ。だが、早くも次のフライトの時間が来てしまった。行かなきゃならない」
「ま、待ってください! 行かないで!」
少女は慌てて椅子から立ち上がり、去ろうとする男の袖をはっしと掴んだ。
「わたしはどうすればいいんですか? わたしは……」
「黙って、可愛い人」
少女の言葉を遮った男は、机に置いたばかりのゴーグルを首に掛けてやると、潤む瞳を見つめながら優しく微笑んだ。
「Stupenda! 素晴らしく似合ってるよ。コイツをその曇った眼鏡の代わりに掛ければ、どんな積乱雲に突入しても視界は良好だ。……だがね」
男はウインクして更にこう続けた。
「その曇った眼鏡でしか見えない景色も存在するんだよ。ゴーグルはあくまでお守りとして持っておくんだ。……いいね? Addio!」
やがて、少女の目が覚める。
その首にぶら下がるは――ゴーグル!
少女は赤の眼鏡を外して涙を拭った。
「視界……良好どころか最悪だよ、もう! いきなり現れたと思ったら『永遠にサヨナラ』って……あんまりじゃない! AddioじゃなくArrivederciって言ってよ!」
ほんの一瞬だった……。
撃墜されちゃったじゃない。
あのキザなエース・パイロットに。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

声劇・シチュボ台本たち
ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。
声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。
使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります)
自作発言・過度な改変は許可していません。


体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。


男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる