人を咥えて竜が舞う

よん

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第5章

テフスペリア大森林 12

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 フィルクは無言のままに"生死の境界"を下流に沿って歩いて行く。
 必然、四人も彼の後に続くしかない。
 重たい沈黙がのしかかる。
 こうした間を嫌うヒエンは堪らずに質問を浴びせる。

「なあ、フィルクさん。ウチらはどこに向かってるんや? それと、ウチらの目的はあのロング・ボウを葉人族に返しに来ただけやない。ここらへんにおるカタリウムについて教えてくれへん?」

 立ち止まったフィルクはヒエンに優しい眼差しを投げかける。

「何、ほんの先にある岩穴だよ。昔、対岸の我々を監視しようと何人かの盗賊がそこに潜んでいたのだが、少々目障りなので彼らには先程のようにバーストしてもらった。これからそこでゆっくり腰を落ち着けようと考えている。……ところで、あなた方の名前は?」

「ウチはヒエン・ヤマト。島の道場で捕縄術を教えてる」
「そしてオレはユージン・ナガロック。傭兵としては既にレジェンドの域に達している逸材中の逸材だ」
「自分で言うなッ! 恥ずかしいやっちゃな」
「モォはモブラン・ミゼーラフにゃ」
「モブランは知ってるよ。私が付けた名前なのだから」

 自分になついている童女のハンチング帽を撫でながら、フィルクは質問者のヒエンを見る。

「さて。ヒエンさんはカタリウムをどうするつもりかな?」

 ゴクリと生唾を呑み込んだヒエンは、黒帯から一束の麻縄を抜き取って相手に見せる。

「コレと同じ物をカタリウムで作りたい」
「して、その目的とは?」
「カタリウムの縄で海トカゲを生け捕りにするんや」
「……? 失礼。私はギタイナから人間の言葉を一通り習ったが『ウミトカゲ』が何なのかが理解できない」

 そこにユージンが口をはさむ。

「そのギタイナと同郷のオレが教えてやるよ。シーリザードのことだ」
「ああ、シーリザードね」

 合点がいったフィルクは頷きながら答える。

「残念ながらそれは不可能だな。カタリウムで縄は作れない」

 アッサリ否定したフィルクに四人は驚愕する。

「な、何でや?」

 フィルクの優しい目つきが一転、研ぎ澄まされたナイフの如く鋭くなる。

「私がそれを許可しないからだ」



     *


 岩穴の中にはもう盗賊の屍骸はなかった。
 獣や微生物が彼らをきれいに処分して僅かに衣服の一部が残っている程度だった。
 骨すら残っていないことから、それはよほど昔の出来事なのだろう。

 昨日の朝から丸一日何も食していない三人は空腹で疲れ果てていた。
 ユージンが岩穴の手前で火を熾す。
 ダストの仕留めた水鳥とヒエンが手掴みで捕まえた魚、更に枝に刺したチーズを焚き火で焼いてそれを三人で食べた。
 フィルクの隣を独占しているモブランは相変わらず見たことのない奇抜な果実のみを食べ、フィルクに至っては水さえ飲まなかった。
 ヒエンは魚の塩焼きを齧りながら、中の岩壁にもたれかかって瞑想しているフィルクを繁々と見つめている。

(アイツ、どういうつもりやろ? ギタイナの眼鏡の話でまたダストがモブランと微妙な距離置き始めてもうたやんけ。ウチらに協力する気あるんか邪魔してんのかさっぱりわからん。カタリウムの件も一筋縄ではいかんみたいやし……)

 フィルクに「許可しない」と言われた時、ヒエンは思わず喧嘩腰で詰め寄るところだったが、それを察したユージンに止められていた。
 穏健派のダストならわかるが、自分と同じ血の気の多いタイプの人間に制止されるとは思わなかった。
 キャラにそぐわないユージンの行動のおかげでヒエンの怒りはすぐに収まったが、それが再燃するかどうかはこの食事の後の会話にかかっている。

「……おい、どうだ? アイツを信用できるか?」

 兜を外したユージン、モモ肉の骨を豪快にバキバキ食べながらヒエンの隣に座って訊いた。

「あぁン?」
「今のオメエ、すごい目で睨んでたぜ」
「ただの観察や。失礼やな」

 ヒエンは不快そうに顔をゆがめる。

「なあ、頼むからもうちょい小さい声で喋れや」
「一緒だ。どうせヒソヒソ声で喋っても相手に伝わってんだからよ」
「そういう問題ちゃうやろ。聞こえるにしても、わざわざデカい声で話すのはマナーがなさすぎる」
「マナー?」

 ユージンはあからさまに軽蔑の眼差しでヒエンを見る。

「『フィルクさん』『ヒエンさん』『ダスト君』そして『モブラン』……」
「何が言いたいんや?」
「ヒエンよ。ダストの時にも言ったがオレはな、対等な関係が築けねぇヤツとは行動したくねぇんだ。遠慮や上下関係は時として裏切りを生むからな」

 ユージンの目つきがあの時と同じように真剣になっている。

「全てを捨てて人間側へ渡ったフィルクをオレは信頼に足るヤツだと思ってる。ヒソヒソ話なんざクソクラエだぜ。そんな何の役にも立たねぇ壁をテメエで作ってるから、お互い息苦しい喋り方しかできねぇんだ。……モブランだけだぜ。心底、あの葉人族を受け入れてるのは」

 突然立ち上がったユージンは瞑想中のフィルクに向かって叫ぶ。

「おい、オメエもオメエだ! 聞いてんだろ、フィルク! 空腹のオレ達を気づかって飯の間はそこで黙ってるつもりだろうが、一人でそんなとこに座って何が『交流をはかる』だ! 今後もそんな態度取り続けるなら、オメエはこっちに来た意味なんぞ全くねぇぞ!」


 瞑想を解いたフィルク、おもむろに口を開く。

「尤もな意見だ。私にも異論はないよ、ユージン・ナガロック」

 その返答に満足したユージンは早くも相好を崩す。

「おほッ! 上等だ! じゃあ、オメエもこっちに来てオレ達と一緒に飯食えよ。そうすりゃ、すぐにでもオレ達は打ち解け合える。……畜生、酒を酌み交わせねぇのが残念だぜ」
「お気づかいなく。こうして森林浴していること自体、私には食事なのだ。そして残念ながら、そちらには行けそうにない」
「……え?」 

 フィルクは黙って焚き火の炎を凝視してみせる。
 極めて意味ありげに……。
 どうやら葉人族の体質状、火は苦手ということらしい。
 ならば、種属の弱点を自ら喋るわけにもいかない。
 以前、対岸からここにいた盗賊団の様子がわかったくらいだから、今現在の自分達の言動も葉人族の観察対象だと十分に考えられ、加えて攻撃の射程圏内でもある。

「ユージン、そしてヒエンよ。少なくともここにいる限り、私は葉人族として優等生でいなければならない。彼らと袂を分かったから尚更そうだ。……この意味がわかってもらえるだろうか?」
「わかったぜ」
「……ウチも」

 ヒエンは食べかけの魚を持ったままユージンの横に立った。
 この男の言う通りだ。
 ヒエンは自ら壁を打ち破ることに決めた。

「ほんなら、ウチらがそっちに行ってもええか?」

 フィルクは「勿論」とようやく表情を和らげた。

「おおきに。――おい、オマエも来い!」

 先に食事を済ませ一人隅っこでショート・ボウの手入れをしていたダストを、ヒエンが手招きして呼ぶ。
 明らかに母の眼鏡のことで動揺しているのがわかる。
 ダストは拗ねた幼児みたいに「僕はいい」と背を向けてしまった。

「ユージン、先に行っといて」

 何かを悟ったように安らかな表情を浮かべたヒエンは一人、ダストの元へと移動する。

「昔のオカンのこと聞きたくないんか?」
「……複雑なんだ。今更だけど、何も知らない方がいいような気がしてきた。それでも、僕はやっぱり真実を受け入れるべきだと思う?」

 ダストは逆に質問で返してきた。

「ウチには何とも言えん。ウチも自分の出生の秘密を聞いた直後は後悔したし」
「出生の秘密って?」
「ウチのは別に大したことあらへん。そやけど、これだけは言える。オマエはオカンに愛されてここまで生きてきたんや。そのオカンが生まれたオマエに"フィルク"て名前つけたんは、それだけの魅力があの葉人族にあるからやで」

 フィルクの視線を感じたダスト、その隣に座っているモブランも眼鏡の奥の瞳から少年をまっすぐ捉えていた。
 純粋な目だ。
 一点の濁りもない。

(僕は何に嫉妬しているんだろう? あの眼鏡は以前、母さんが所有していたとしても、今はモブランの物じゃないか。まして、モブランはアレを外すワケには絶対にいかない……)

 自分の未熟さが恥ずかしくなったダスト、すぐに立ち上がってヒエンに「ごめん」と詫びた。

「ヒエン、少しずつだけど僕は強い大人になるから待ってて。五歳差なんて関係ないくらい……頑張るよ!」

 顔を赤らめたダスト、迎えに来たヒエンを置いてそそくさと先に行ってしまう。

「頑張りや」

 五歳年上のヒエンは、そんな純真無垢な少年に少しだけ免疫がついた。

 そして、溜息。

(待つほどの価値がこのウチにあるとは思えんけどな。それに五年後はもう……)
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