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第6章
チルの会議 1
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捕縛されたシーリザードは、それから三日後に主城の地下牢へと収容された。
チル臣長の計画を後から知らされたジョーイ皇子とデスプラン宰相は、不浄な生き物を主城に置くことに嫌悪感を示しただけでなく、これからシーリザードを人間に変えようと試みる傍若無人な彼女の態度にも激怒した。
「あの女はオレを何だと思っておるのだ? 次期国王の意向を差し置いて勝手に事を推し進めるとは何事かッ!」
主城内の居館。
煌びやかな赤いガウンをまとったジョーイ皇子は虚ろな濁った目に血色の悪い肌、不快に見える口髭を生やした五十手前の冴えない男だった。
病床に就いている現国王かつ聖生神の面影は全くないが、正真正銘、彼はその嫡男である。
本来ならば、シバルウ十六世の年齢からして聖生神の務めに専念し国王の地位は息子に譲ればよいのだが、そうできないところがこの王国最大の悩みだった。
「今回ばかりはチル様も度が過ぎましたな」
ジョーイ皇子に同調するのは法衣姿の老人、デスプラン宰相。
禿頭に丸眼鏡、白く長い顎鬚を生やした老人は分厚い法律書をめくりながら口をモゴモゴさせる。
「我がシバルウ王国の法律によりますれば『国王が病に臥せた場合、次期国王が臨時的に全ての権限を掌握する』と定められておりまする。……皇子、今ならあなた様が国王に成り代わってあの女の横暴を罰することができますぞ」
「そうしたいところだがな。"臨時国王"になれても"臨時聖生神"にはなれない。そして、あの女は親父が寵愛する巫女頭だ。オレが手を出せないことを知って、あの女が好き勝手に振る舞っているのはオマエにもわかっているだろ? 死に損ないの親父が息をして小便を垂らし続けている限り、このオレはオマエに愚痴をこぼす日々を送るしかないのさ」
諦念のジョーイ皇子は卑屈に笑い、グラスのワインを一気に飲み干した。
宰相は丸眼鏡を触りながら上目遣いで主君を見る。
「されど、王国の秩序を乱すチル様はもはや巫女ではありますまい。自由奔放に客人を招き、礼拝堂にも顔を出さず、白以外のお召し物ばかり身につけておられる。……これでは他の巫女達が不満を抱くのも無理からぬこと。皇子自らの力でチル様を排除なさったところで、誰一人として異を唱える者などありますまい」
「無理だ。オレにはできん」
ジョーイ皇子はアッサリ辞退する。
彼は起きて喋ることもできない父親をいまだに恐れている。
それでいて、少しも父親を敬愛していない。
この年齢まで独り身なのも父親のせいにしている情けない男だ。
この人物は天下を牛耳る器ではない……それを一番わかっているのは、常に側に仕えるデスプラン宰相自身である。
いずれ国王に即位し聖生神として推尊される未来のシバルウ十七世、傀儡としてこれほどの適任者はいない。
実質的に政治の実権を握ろうとしているデスプランからすれば、主が愚かであればあるほど都合よく操れる。
馬鹿息子が政治に介入しないのは目に見えている。
この男は税収の仕組みさえわかっていないし、わかろうともしない。
土台無理な話なのだ。
酒と女と適当な賛辞さえ与えておけばそれでいい。
だが、クーデターを起こす野心などこの老人にはない。
三百年続いたシバルウ王朝を守るのは自分しかいないのだという使命感が、デスプランをここまで奮い立たせているのだった。
「確かにまだ機運は熱しておりませんな」
宰相は法律書を閉じて退室の準備をする。
「この後、チル様は必ずや何かを仕掛けてくるはずでございます。シーリザードの正体が人間だと証明したその先に何を企んでおるのか……それを見極めてからでも遅くはございませんな。ただし!」
デスプランは眼鏡の奥を光らせる。
「その際には必ず、皇子に決断をして頂かなければなりませんぞ」
ジョーイ皇子はワインを手酌し、それを飲み干してから力なく返す。
「わかっておるわ」
チル臣長の計画を後から知らされたジョーイ皇子とデスプラン宰相は、不浄な生き物を主城に置くことに嫌悪感を示しただけでなく、これからシーリザードを人間に変えようと試みる傍若無人な彼女の態度にも激怒した。
「あの女はオレを何だと思っておるのだ? 次期国王の意向を差し置いて勝手に事を推し進めるとは何事かッ!」
主城内の居館。
煌びやかな赤いガウンをまとったジョーイ皇子は虚ろな濁った目に血色の悪い肌、不快に見える口髭を生やした五十手前の冴えない男だった。
病床に就いている現国王かつ聖生神の面影は全くないが、正真正銘、彼はその嫡男である。
本来ならば、シバルウ十六世の年齢からして聖生神の務めに専念し国王の地位は息子に譲ればよいのだが、そうできないところがこの王国最大の悩みだった。
「今回ばかりはチル様も度が過ぎましたな」
ジョーイ皇子に同調するのは法衣姿の老人、デスプラン宰相。
禿頭に丸眼鏡、白く長い顎鬚を生やした老人は分厚い法律書をめくりながら口をモゴモゴさせる。
「我がシバルウ王国の法律によりますれば『国王が病に臥せた場合、次期国王が臨時的に全ての権限を掌握する』と定められておりまする。……皇子、今ならあなた様が国王に成り代わってあの女の横暴を罰することができますぞ」
「そうしたいところだがな。"臨時国王"になれても"臨時聖生神"にはなれない。そして、あの女は親父が寵愛する巫女頭だ。オレが手を出せないことを知って、あの女が好き勝手に振る舞っているのはオマエにもわかっているだろ? 死に損ないの親父が息をして小便を垂らし続けている限り、このオレはオマエに愚痴をこぼす日々を送るしかないのさ」
諦念のジョーイ皇子は卑屈に笑い、グラスのワインを一気に飲み干した。
宰相は丸眼鏡を触りながら上目遣いで主君を見る。
「されど、王国の秩序を乱すチル様はもはや巫女ではありますまい。自由奔放に客人を招き、礼拝堂にも顔を出さず、白以外のお召し物ばかり身につけておられる。……これでは他の巫女達が不満を抱くのも無理からぬこと。皇子自らの力でチル様を排除なさったところで、誰一人として異を唱える者などありますまい」
「無理だ。オレにはできん」
ジョーイ皇子はアッサリ辞退する。
彼は起きて喋ることもできない父親をいまだに恐れている。
それでいて、少しも父親を敬愛していない。
この年齢まで独り身なのも父親のせいにしている情けない男だ。
この人物は天下を牛耳る器ではない……それを一番わかっているのは、常に側に仕えるデスプラン宰相自身である。
いずれ国王に即位し聖生神として推尊される未来のシバルウ十七世、傀儡としてこれほどの適任者はいない。
実質的に政治の実権を握ろうとしているデスプランからすれば、主が愚かであればあるほど都合よく操れる。
馬鹿息子が政治に介入しないのは目に見えている。
この男は税収の仕組みさえわかっていないし、わかろうともしない。
土台無理な話なのだ。
酒と女と適当な賛辞さえ与えておけばそれでいい。
だが、クーデターを起こす野心などこの老人にはない。
三百年続いたシバルウ王朝を守るのは自分しかいないのだという使命感が、デスプランをここまで奮い立たせているのだった。
「確かにまだ機運は熱しておりませんな」
宰相は法律書を閉じて退室の準備をする。
「この後、チル様は必ずや何かを仕掛けてくるはずでございます。シーリザードの正体が人間だと証明したその先に何を企んでおるのか……それを見極めてからでも遅くはございませんな。ただし!」
デスプランは眼鏡の奥を光らせる。
「その際には必ず、皇子に決断をして頂かなければなりませんぞ」
ジョーイ皇子はワインを手酌し、それを飲み干してから力なく返す。
「わかっておるわ」
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